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3 青光の波動

大変遅くなりました!

 



 薄暗い部屋の中、それは光源を必要としないほどに、煌々と輝いていた。

「――何度見ても、感嘆せざるを得ないな……」

 クロスとアーフェルを左右に従え、導くルーミルを先頭にその部屋についたセリオは、思わずそう呟いた。

「えぇ。私でも、ここまでの大きさを誇るものとは、ずいぶん久しぶりにまみえました」

 セリオの言葉に、彼らの後ろをついて来ていたイズレンディアが、心底嬉しそうにその中性的な美貌をほころばせて返す。彼の隣で、優しい緑を輝かせながら浮かんでいたフェアラスが、すぅ――とセリオたちを追い越し、今度はルーミルの隣に並んだ。

 彼らの眼前にあるのは、言わずもがな、かの北の森の魔物、そしてイズレンディア暗殺事件へと繋がっていた一件の、原因そのもの。

 淡くも眩くその青光を放つ、巨大魔石である。

 ふわりと、ルーミルのそばにいたフェアラスが動く。その表情は、人間顔負けの歓喜に満ちており、くるくるとその巨体を物珍しそうにまわる姿に、クロスでさえ、その肩に止まってついてきた水の下級精霊と共に、普段は氷を思わせる瞳を温める始末。最も、この場において警戒を崩していないのは、職務上そうする義務のあるアーフェルを除いた全員なのだから、無理もない。王城の中の、さらに王城魔法使いたちの領域において、危険など存在しようがない、という安心もおおいにある。

「どうですか? フェアラス様!」

 こちらも負けず劣らずの好奇心をその蒼瞳に宿し、鮮やかな金の髪を揺らして問いかけるルーミル。その声に、やはりイズレンディアとよく似た、にっこりとした笑顔で振り返ったフェアラスは、一度深くうなずいた。それには、精霊の隣人たるエルフ族にのみ理解し得る、無音の精霊言語が含まれていた。

「うわぁ……! やっぱりこんなに大きなものは珍しいのですね!! すごいなぁ……」

 自らが敬愛する師匠の家族であるフェアラスの言葉に、より一層瞳を輝かせるルーミル。

 思わずアーフェルでさえもその剣のある表情を緩め、最早どこかの花園であるかのように和んだ場は、唐突に浮かんだフェアラスのイタズラ心によって、事態そのものが思わぬ方向へ転がることとなる。

『――』

 無言にて口元に笑みを浮かべたフェアラスが、巨大魔石へと、その左手を伸ばす。

「――! フェアラス!」

 一歩遅れてそれに気がついたイズレンディアが、珍しくも焦った表情で名を呼び、それにハッとした一同がフェアラスを視界に収めた時には、すでに遅かった。

 人型を取る精霊特有の真っ白な手が、その青い巨体にそっと触れた瞬間――真っ青な光輝が、全員の視界を埋め尽くす。

「!?」

 重なる驚愕の声に反して、それ以外の声は上がらない。

 青き清光は瞬く間に王城を過ぎ、王都を過ぎ、シルベリア王国の全ての領域内にまで届かせんばかりに広がって行った。

 それは、かの一件にて、邪教魔法使いたちの一斉攻撃を空中にて無力化した、イズレンディアの力に似ていた。

 純粋な、魔力の波動。決して、それ自体が害になることはあり得ない、優しい世界の力。

「……」

 わずかな沈黙ののち、初めにアーフェルがすっと瞳を開く。次いで、穏やかながらも小さなため息が一つ、彼の耳に届いた。

 ゆっくりと瞳を開くクロスと、おそるおそる瞳を開くセリオ、ルーミル。そして、何事もなかったかのような笑顔で、巨大魔石に寄り添って浮かぶフェアラス。

 それらを素早く確認したアーフェルの銀眼が最後に見たのは、最後尾にて軽く頭を抱えた、イズレンディアの姿。

「フェアラス……」

 呆れたような声音と瞳が、彼の心境を物語る。

「興味本位で魔石の魔力を解放してはいけません。皆さんが驚いているじゃないですか」

 呆れたような、咎めるような。そのような感情が見えるイズレンディアの言葉に、しかし緑の上級精霊は無邪気に笑う。

 それは、自然とともに生きる自由気ままな精霊らしい、純粋な喜びにあふれていた。

「――全く」

 このシルベリア王国に来てからもう幾日も経っているにもかかわらず、また新たな一面を見せたイズレンディアのその中性的な美貌には、どこか諦めに似た呆れが浮かんでいた。




 上級精霊の突然の来訪だけでも慌しくなっていた城内は、巨大魔石の部屋で行われたフェアラスのイタズラによって、最早軽く混乱と言ってもよいほどの状態となっていた。

 普段は冷静沈着な者が多い王城魔法使いの者たちでさえ、先ほどの魔力波は何だったのか? と城内の一角を賑わせている。

「これは……」

 いけませんね、と呟いたクロスの指示により、早急に混乱の沈静化がはかられたものの、城内の慌しさはその日の夜遅くまで続いた。


「ふーぅ……やっと落ち着きましたねー」

 王城魔法使いたちが過ごす区域の一角。コツコツと軽い靴音を立てながら、並び歩くルーミルとイズレンディア。二人は、先のルーミルの言葉に次いで、二人の頭上を浮遊しながらついて来るフェアラスへと、ほとんど同時に視線を向けた。

 片や困った上司を見るように、片やイタズラっ子に呆れる様に。困惑と苦笑をそれぞれ浮かばせた蒼と緑の視線に、しかし当のフェアラスは無邪気に笑うのみである。

「もー! フェアラス様! 楽しかったとは思いますけど、みなさん驚いていたのですから、少しは反省してください!」

 思わずそう抗議するルーミルの行為も、無理からぬことである。ただ、その存在的に考えるならば、フェアラスのことも一概に批判出来ないのが実情であった。

 精霊とは元来とても無邪気かつ好奇心旺盛で、楽しいことが大好きな性質の存在なのである。精霊たちが行うことに、決して悪意は無い。加えて、最も自然に近しき精霊たちが起こすその事柄が、世界にとって害になることもまた、ありえない。

 今回の一件、巨大魔石より放たれた魔力は、本当に純粋な、世界にたゆたう魔力と全く同じ性質のものだった。元より純粋魔力の色たる青光を放つ魔石その物が、世界に満ちる魔力の塊である以上、例外はほぼ皆無と言ってもいい。つまるところ、今回の件もまた、害になることが起こったわけではないのだ。創生の時代より世界に満ちる魔力と、同じ魔力が少しばかり(・・・・・)解き放たれただけであるのだから。

 ゆえに、今件の主犯者であるフェアラスへと静かな説教をしたクロスも、城内の困惑具合に王の顔で二度がないようたしなめたセリオさえも、それ以上のことを行うことは出来なかった。あえて言うならば、知性を持っているとその姿で示していた精霊の好奇心に対応し切れなかった彼ら自身の非もあったため、自身もまた反省すべきと考えたことも、フェアラスにお咎めが無かった理由の一つである。

 とにもかくにも、流石に二度目があってはたまらないと思ったのはエルフの二人も同じであった。そのため、ルーミルはセリオに続いて控えめながらもフェアラスに抗議し、イズレンディアはその様子を珍しい事ながら最早苦笑を隠すこともせず、時折うなずきさえしてフェアラスの反省を促した。……最も、それに効果があったかどうかは、現状を見る限りはなはだ疑問ではあるが。

 とは言え、騒ぎが収まってみれば静かなもの。すでに多くの者たちは眠りにつき、今頃はセリオやクロス、アーフェルも、それぞれまだすべきことは残っているだろうが、一応の休息をとっているはずである。

 慌しさの本質とは、夜空を渡る流星と同じ。その時には酷く周囲を賑わすが、時間にすれば驚くほど短い。その時が過ぎてしまえば、後の余韻はそう長くはなく、心に軌跡を残しつつも最後は沈静するだけである。決して早くない二人の歩調が、それを密やかに物語っていた。

 いまだルーミルはフェアラスへと〝反省してください〟と見て取れる視線を送っているが、それにもすでに険は無い。

 誰もが、喧騒は去ったと考えていた。……この時までは。

「――」

 ふと、イズレンディアの微笑みが深まる。それは、あまりにも自然すぎて、ルーミルですら見落とした動き。次いで、いつもの穏やかな声音が響く。

「明日は、にぎやかになりそうですね」

「にぎやか……?」

 蒼瞳をぱちりと瞬いてのルーミルの問いかけ。それに、ただ楽しそうに微笑んだイズレンディアは、それ以上言葉を紡ぐことなく歩を進める。

 三百年もの間離れていたとは言え、自らが敬愛する師匠のこと。その無言の微笑みが、この場では解答が紡がれぬことを意味していると悟ったルーミルは、残念、と内心思いながらも早々に追求を諦めた。

 夜も深け、すでに騒動も一応の沈下を見せた廊下では、穏やかな靴音しか響かない。二人のエルフの頭上にて寄り添う、緑の上級精霊の淡い輝きが、そこに優しさを加えていた。揃って無言となってなお、穏やかさを失わないのは、その生きた年数ゆえ。

 そうして続いた沈黙も、その足がイズレンディアの部屋の前へと着いたことで、終わりを迎えた。

「――では、お休みなさい、ルーミル君」

「はい! お休みなさい、お師匠様、フェアラス様!」

 そう、何事も無かったかのように振り返って言うイズレンディアに対し、ルーミルもまたいつも通りに返す。フェアラスはイズレンディアの側に居るらしく、揃って部屋へと入るのを見届けたルーミルは、自らもまた部屋に戻るべく歩みを再開する。

 道中、残ったままの疑問に一つ、小首をかしげるのにつれて、鮮やかな金の髪が揺れた。

 ――しかし、ルーミルに残されたその疑問は、翌朝すぐに氷解することとなる。


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