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コックが歩けば噂がおどる

作者: 水無月氷雨、百瀬華音

船長シリーズです。

「ここ……か?」


 村正は口元を引きつらせた。


 普段ならあまり船を下りたりはしないのだが、今日は少し違う。船長の誕生日プレゼントを買いにきたのだ。こういったことには疎いものだからと、わざわざシーナに書いてもらった地図を手にし、恨めしげに窓から店内を見つめる。


 せっかくここまで来たのに今さら『止めた』などと思える性格なら幾分楽なのだろう。そうではない自分が憎い。いくら船長がつまみ食いの常習犯だからといってプレゼントの一つもない、などということが出来るような薄情者でもないのだ。


 躊躇する理由はただ一つ。


「何もこんな店でなくても……」


 問題はそれなのだ。確かに客層は学生中心らしく、お手ごろ価格であろうことが想像できる。リーズナブルなお店、という第一条件はクリアだ。港からそう遠い場所でもなく、第二条件も満たす。


 ただ、女の子が好きそうな店だというだけで。


 ただ、女性客獲得のためにかなりファンシ−な概観であるというだけで。


 店内はパステルカラーで統一されていて、特にピンクがふんだんに使われている。壁には飴玉やハート型のチョコレートを詰められた透明なパイプが『Welcome』と形作っていた。窓にはレースのカーテン、レジはオルゴール箱のようにも見え、店員は童話に出てくるような小人の格好をしていた。


 そして何よりも。女性客がひたすら多い。時おり男女の二人組が入店していく。しかし、男性のみでの入店というのは見受けられない。


「どうしろっつーんだよ……。やったら恥ずかしいじゃねぇか」


 ほとんどの男性が敬遠する理由に、村正もしっかり当てはまっていた。


 誕生日プレゼントを買うためには多少の恥はかき捨てなければならないのだ。とはいってもそう簡単に割り切れはしない。店の前の噴水に腰を掛ける。妙にカップルが目につくが気にしない。寂しくなんかないぞと自分に言い聞かせる。


 しばらく店をぼんやり見つめていると、横にストンと誰かが座った。影を見る限り小柄な人物だが、体に似合わない大荷物を担いでいる様子だ。


「どうしたんですか? 村正さん」


 聞き覚えのある声にはっとして顔を上げる。


 目の前の人物は案の定。見慣れた制服に身を包み、縞模様のバンダナでそう短くはない髪をまとめている。船長よりも若干幼い感じはするが、まっすぐな瞳が誰にも引けをとらないような芯の強さを思わせた。


 船長の側近、というよりはお目付け役のルルだ。


「何でここに」

「それはこっちのセリフですよ。私はシーナちゃんオススメの店に来ただけですよ。で、村正さんはどうなんですか?」


 素直に言うのもなんだか恥ずかしかったが、嘘をつくのも居心地が悪く、ありのままを話した。すると、何がおかしかったのか分からないが、ルルに笑われてしまった。


「何がおかしいんだ」

「だってぇ。そんなの悩むことないじゃないですか」

「できないから悩むんだろ」


 頬杖をつくと、ぼそりとつぶやいた。


「恥ずかしいし」


 しっかり聞こえたらしく、ルルは噴出した。村正が、いい度胸してやがんな、などと思っている間も笑い続ける。しばらくすると峠を越えた様子で、コホンと咳払いをする。


「まぁ、女の人ばっかですもんね。でも……私がついてますよ?」


 ルルは意味深な笑みを浮かべた。


「は?」

「ですから、私と一緒に入店すれば恥ずかしくないでしょう?」


 しばらくあっけに取られていた村正だが、息を吐き出しながらゆっくりと確かめるように言った。 


「あのさぁ、お前はいいわけ? それで」

「何がです」

「あ――、そうじゃなくて――。もういっか」


 村正はブツブツとつぶやきながら立ち上がると、ルルの手をとった。


「ほら、付き合え。ちゃっちゃと買って、さっさと帰る!」

「はい。ところで荷物頼めます? 新しいシーツなんですけど」




 ルルのおかげもあって無事プレゼントを入手できた。村正は様子をみながら船に戻った。傍から見ればかなり怪しい。


「……何してるんですか」


 ルルは静かにたずねた。ルルの表情を見れば分かるが、目の前の“不審人物”をあからさまに警戒している。気づいているのかどうかはともかく、村正は声をひそめて理由を話す。


「あの船長のことだ。食料を持ってると知ったら襲い掛かってくるだろ」


 ルルは村正の言うとおりの光景を想像すると、ため息をつく。


「否定はしませんけど、そこまで警戒するとさすがに失礼ですよ。あぁそうだ。シーツ運んでくれてありがとうございました。持って行きますね」


 そう言って荷物を受け取るとさっさと行ってしまった。


 警戒するのも失礼だと思うが、せっかくのプレゼントを奪われるのも情けない話だ。警戒のレベルを少し落として歩き出した。


 犬並みの嗅覚を持ってるくせ、猿なみの頭しかないからなぁ、とか失礼なことを思っていると、後ろから声を掛けられた。


 一瞬、船長が現れたかと思って身構えたが、振り向くとそこには白い髪をした子供が立っていた。小さな体には似合わない大人びた表情からは、子供っぽい言葉が出てくるはずもない。


「なんじゃ。人が挨拶をしただけでそんなに驚きおって」

「……じーさんか」


 じーさんと呼ばれたこの少年は、名を仲達という。


 見た目こそ幼いが実年齢はとうの昔に還暦を迎えているとのことだ。若返りの薬なるものを開発して飲んだとか、悪魔を召喚して不老不死の妙薬を受け取ったとか、傭兵として戦場を駆け巡っていた頃に改造手術を受けたとか、怪しい噂がまことしやかに流れている。どれも信じがたい話ではあるが、古株の乗組員の話によれば、若返りの薬服用説が一番有力な説らしい。


 村正は、相手が船長でないことを知って一人安堵していた。仲達は少々ぞんざいに扱われたことに対し、小一時間ほど問い詰めたい気持ちになりはした。しかし、そんなことをしているほど暇人でもないので大きく深呼吸して感情を沈める。


「で、一体なんじゃ。その、袋は」


 幼さの残る顔立ちをしているとはいえ女には決して見えない村正。その手には不似合いな可愛らしいラッピングが施されている袋。傍から見れば異様以外の何物でもない。


「これといって浮いた話も聞かぬが……」

「違う違う。船長へのプレゼントだから」

「あやつに? 何かあるのか?」


 とりあえず恋人候補リストに船長の名はないらしい。


 すっとぼけた表情で尋ねた小老人に、村正はため息交じりに答えた。


「何って、船長の誕生日だよ」

「あぁ、そういえばそうじゃったな」


 仲達はポンと手を叩く。そうかそうか、と一人言を繰り返すところを見ると、きれいさっぱり忘れていたらしい。


「いやいや、歳をとると忘れっぽくていかん」


 あははと声を出して笑った。


「にしても、意外と言えば意外。船長と不仲じゃと聞いておったがな」

「仲悪いってわけでもねぇけど、良くもないか。毎日のように厨房荒らして回るからな。ゴキブリより性質が悪い。まぁ、少しは恩売っておけば被害も最小限になるかと思ってさ」

「餌付けでもするつもりか、おぬし」


 ふと“船長に懐かれるの図”が脳裏をよぎり、なんとなく食費の心配をしてしまった。


「あら、村正さん、お帰りなさい」


 振り返るとシーナが立っていた。落ち着いた色合いの服がよく似合っている。手には袋を抱えていた。


「おぉ、シーナではないか」


 村正に向ける憎たらしい表情とはうってかわって爽やかな笑顔を浮かべる。仲達にしてみれば孫と爺のふれあいと言ったところだろうが、傍から見ている限りではせいぜい姉と弟がいいところだ。それでも、容姿は子供なだけに、にこにこと愛嬌振りまいていれば可愛げがある。


「仲達さんもこんにちは。お二人が話してるのって、なんだか新鮮ですね」

「いつもは持ち場に引っ込んでるからな」


 食材の買出しは暇な船員に任せ暇な時には新作メニューを考えている村正と、生活用具が完備された医務室で引きこもって暮らしている仲達とでは接点が非常に少ない。食事の時でさえ仲達は研究にいそしんでいることが多く、シーナかルルあたりが食事を運んでいるくらいだ。そういった自由が許されているのも大雑把な船長のおかげである。


「それはそうと、シーナはそれをプレゼントするつもりか」


 仲達は袋を覗き込んで言った。


「えぇ。手作りの物が良いかなと思って。仲達さんは何か用意されました?」

「わしか?」


 仲達は押し黙ること数秒、口を開いた。


「何故用意せねばならんのだ。毎日が誕生日とばかりにはしゃいでおるというに、わざわざつけあがらせることもあるまいて」

「ひでぇな、じーさん。そんなことばっか言ってると、いつか仕返しされるぞ」

「そうか? まぁ、仕返しされるとしても、お主には勝てぬだろうがな」

「確かに負ける気はしないけど、こればっかりは勝ちを譲ってやるよ」


 お互い笑って、見た目に和やかな空気が流れていたが、目は笑っていない。


 空気を全く読めない、というよりは読むつもりのなかったシーナがすっとぼけた声で言った。


「お二人とも実は仲がよかったんですねぇ」


 シーナの周りだけ、胡蝶が優雅に舞っている。


 一人和むシーナに対して、二人は予想外の言葉に硬直していた。暗い表情を見せる両人に、シーナは何も分からないといった表情で、どうかしましたか、と尋ねる。


 仲達は仕切りなおすかのように咳払いをする。


「……まぁ、ここは若い二人に任せるとして、年寄りは退散するかの」

「やだ。仲達さんったら」


 シーナはわざとらしく照れてみせる。右手でバシバシと叩いたものだから、仲達は両手を振り上げて抗議した。そんな言葉も耳に入らないのか、シーナは気に留めるそぶりすら見せない。


「村正さんにはルルという“良い人”がいるんですよ」

「ルルとか? そういった趣味があったのか。人は見かけによらぬと言うが……」


 先ほどの怒りはどこへやら、仲達は口元に手を当て、値踏みするように村正を眺めた。にわかには信じがたいのか少し首をかしげて、そうかそうかと独り言を口にする。


 相変わらず微笑むシーナと妙に納得する仲達を前に、やっと思考の戻ってきた村正は声を張り上げた。


「ちょ、ちょっと待てシーナ。何がどうしてそうなるんだ」


 シーナの体を揺さぶってから、しまったと気づいたがもう遅い。慌てる様を見た仲達が、やはりそうなのか、とつぶやくのがはっきりと聞き取れた。


「だって、通称カップル通りの噴水の前で『付き合え』って言ったとか」

「直球勝負とは、なかなかやるではないか。男じゃの」

「じーさん本気にすんな!」


 嘆息する仲達に一喝いれると、シーナに向き直る。


「なんか誤解されただろうが! それに何だ、そのカップル通りってのは!」

「知らなかったんですか? あそこの噴水の前で告白すると二人は結ばれるという伝説があるんですよ。わざわざルルを待ち伏せて……」

「知るかっ! 第一あそこを紹介したのはお前だろう!」


 シーナは、村正に怒鳴りつけられてなお、涼しい顔をしている。にっこりと微笑むと、


「もう。冗談ですよ。ルルをそちらに行かせたのも私です」


 村正の怒りがおさまった――とはいっても表面上ではあるが――を見ると、だめだしと言わんばかりに発言する。


「事が成就しやすいように」

「そうとなると、シーナは二人の仲を取り持った恩人ということか。感謝こそすれ、非難する相手でもなかろうに」

「違うに決まってんだろ! って、さっきから言ってるつーのに、何納得してんだ、じーさん!」

「そういえば、女の子の好みが分からないから、ってルルに選んでもらったんですよね。駄目ですよ、ちゃんと調べておかないと」

「……船長へのプレゼントだと言っておったが、違うのか?」

「さぁ。プレゼントを買うから、とは聞いていたんですけど、詳しいことは」

「かもふらーじゅ、というやつか」

「シーナ!! さっきから一体何のつもりなんだ!」


 二人を相手にけんかして、だいぶかっかとしてきていた。仲達は、そんな村正を少々さめた目で見ると、至極落ち着いた様子で言い放った。


「分かっておるわい。わしも伊達に医者業やっておらんわ」


 村正がほぅと息をつくと、ころあいとばかりに満面の笑みを浮かべて言い放った。


「医者には守秘義務というのがあるでの、お主が幼女趣味があるなどとは誰にも言わん。それに、遠い昔のこととは言え、それなりに浮名を流したわしじゃ。“恋のいろは”ならいつでも教えてやるぞ」


「やっぱ分かってね――だろ!」


 叫ぶが速いか、逃げ出した船医は思いのほか足が速かった。一度後ろを振り向いて、ベッと舌を出して見せたあたり単なる嫌がらせのようだったが、してやられたのが癪だ。外見が子供なだけに余計腹が立つ。


「一体なんのつもりだ」


 村正はつぶやいた。無論独り言ではない。後ろで悪びれる様子もなく微笑んでいる女性に対する苦情である。


「事実を述べたまでです。村正さんだって、船長へのプレゼントを買うなんて一言も言ってくれなかったじゃにですか。それに、カップル通りの噴水前で、買い物に付き合ってくれ、って言ったのは確かに村正さんなんでしょう? まぁ、もともと男性が入店するには抵抗があるでしょうから、ルルにも同じお店を紹介したんですけど」


 さも当然とばかりに言い放つ。普段がしっかりしている分、今回のことも天然炸裂! とは思えない部分が多々ある。むしろ、用意周到に事のお膳立てをしてくれたあたり、故意に一部を伏せて言ったであろうことは明白であった。


「分かってんなら最初っからそう言え。わざわざ誤解を生むようなことを言うな」

「ふふふ、まんざらでもないでしょう?」

「わけねぇだろ。あんな乳臭いのに手を出すか」

「そうですか? 可愛いじゃないですか。歳の割りにはしっかりとしてますし、いいお嫁さんになりますよ」


 自分で言っておきながら何かひっかかりことがあったらしく、シーナはしばらく考え込んだ。


 どうせロクでも無いことを考えているに違いない。という村正の予想は大当たりだった。


「そうですね……純白のウエディングドレスでも似合うと思いますけど、白無垢も案外似合うかもしれませんよね」


 漫画ならばずっこけるところだ。村正にはツッコむ気力もなかった。それをいいことにシーナは話を膨らませていく。


「仲人さんは仲達さんにでもお願いして、折角ですから聖魔殿での船上ウエディングにしましょうよ。日取りは大安吉日で決定ですよね。あと、披露宴には新郎手作りのウエディングケーキというのはどうでしょうか。斬新で良いと思いません?」


 シーナはおふざけ半分に式のプランを提案しながら、割り当てられた部屋に一歩入る。


「ふざけんなって」

「――お似合い、ですよ?」


 村正が反論しようとした時にはすでに扉が閉じられていた。




「ったく、二人して……。特にシーナのやつ、何考えてんだ……」


 村正はブツブツとぼやきながら進んでいく。厨房ではなく、船長室に向かって。もちろん、あのファンシーな袋を携えて。


 しかし、何か変な感じがしないでもない。いつもいつもぞんざいにしか扱っていないからなぁ。今更プレゼントというのも変な気がする。


 悩んでいても埒があかない。プレゼントはもう用意してあるのだ。


 意を決して扉を軽くノックしたが、返答はなかった。先ほどのこともあって、少々忍耐の足りなくなっている村正は、乱暴に扉を叩いた。


「そうドンドン叩かなくったって聞こえてます」


 中から出てきた人物は、予想外の人物であった。ルルだ。バンダナを外していて印象が少し変わっているが間違いない。村正はそのルルの顔を覗き込んで首をひねった。


「何でここに」

「私がいて、何か不都合でもあるんですか?」


 少々トゲを含んだ口調で返事をすると、ポケットからバンダナを取り出して髪を束ねた。


「で、何の御用です?」

「いや、部屋間違えた、と思う」

「船長室は確かにここですよ。もっとも、」扉を全開にして部屋全体が見えるようにし、ふてくされた。「船長はいませんが」


「じゃあ何でルルはここにいるんだ」

「プレゼントを持ってきたんですよ。例のあれです」

「ほぅ、どれどれ」


 二人の間に割って入ってきたのは、船長その人であった。


「船長。ちょうどいいところに」

「で、プレゼントって?」

「……中に入れときました」


 船長はにまっと笑うと、村正の方に向き直る。


「で、村正は何でそんな可愛い袋持ってんの」

「あぁ、これか。これは……」


 今なら素直に渡せる。どこか安心していると、船長本人がその流れをぶち壊した。


 たったの一言で。


「あの噂って、本当だったのか」


 船長は答えを聞こうともせず、妙に納得した様子で何度も頷いた。


「は?」


 困惑する村正を見て確かめるように訊く。


「ルルにプロポーズしたんだって? 結婚を前提にしたお付き合い、ってやつ? で、彼女へのプレゼントってとこでしょ。ルルってそういうの好きそうだし」


「な、何言ってんだ」


 こんな短時間で、どこまで変な噂が広がっているのかと少なからず恐怖を覚えた。発信源からして背びれ尾びれのついた話ではあったが、今はもう足や角まで生えていそうだ。


 村正は、どこかおどおどとした態度が照れからきているもののように見えてしまうことには気づいていない。こういったことに興味がなさそうな村正だからこそ、そのギャップが興味をそそり、格好の餌食になってしまうのだろう。


 少し遅れて正気を取り戻したルルが叫けぶ。


「何言ってるんですか! そんなのあるわけないじゃない!」


 これも、普段が真面目なだけに、否定の言葉でさえ肯定の意味に思えてくる。結局、火に油を注いでいる以外にほかならない。


「照れなくてもいいって。お二人さん」


 にやり、と嫌な笑いを浮かべる。さすがに、村正も何を考えているのかを察して血の気が引く思いがした。


 船長はそんな二人を気にする様子もなく、芝居がかった様子で言った。


「たとえロリコンであろうと、はたまた意外なことにファンシー好きであっても、私は村正を見捨てたりしないし、ルルにも寿退社を勧めたりはしないさ。暖かく見守ってやる」


 船長は遠くを見ており、どこか感慨深げだった。


「……お幸せに、な」


 ご両人の肩に手が置かれたのを合図にして、


「違う!」


 と、二人は声を揃えて否定した。息がぴったりだ。


「一体どうして私と村正さんがそうなるんですか!」

「だって、プレゼント」


 船長がひょいと指差す先に視線が集まる。視線の先には当然、ラッピングされたプレゼント。


「あのな! これはお前への誕生日プレゼントなんだよ!」

「なんだ、お前への……って、私に? プレゼント?」


 虚をつかれた船長はすっとぼけた声を出す。誕生日の一週間ほど前から大々的にPRしていたのだが、まさか宿敵である村正からもらえるなどとは思っていなかった。ぽかんと口を開ける船長だったが、両の手はしっかりと上に向かって開かれていた。村正は半分呆れた様子で袋を載せる。


「あぁ。こういうの好きだろうと思ってな。ラッピングとか自分じゃできねぇし。恥ずかしかったんだぞ。ルルを連れて店入るの」


 横でルルが腕組みして大きく頷いた。


 しばらく呆けていた船長だったが、頭の中の整理がついたらしい。


「そういうわけか。さてと、中身中身」


 噂が本当ならもう少しばかりからかってやろうと思っていた船長は、あっさりと興味の対象を移した。もともとプレゼントの中身が気になっていたのだ。


 みなが見ているそばで包装を解いていく。丁寧にセロハンテープを剥がして、包装用の袋を折り目が増えないように気をつけながらたたんだ。


 包装紙の中身はクッキーだった。淡く色のついたガラス瓶に入っている。


「わ、クッキー」

「花より何とやらだからな。我らが船長さんの場合」

「まぁな。ってどういう意味じゃい!」

「そういう意味だろ」


 再び、どういう意味じゃい、ムッキー! とおなじみの奇声を上げつつ豪快にクッキーにかぶりついた。三枚ほど胃に収めた所で手を止める。


「ん? クッキーなら自分で作ればいいじゃん」


 村正はこの船きっての料理人である。把握する限りではコース料理はもちろん、精進料理、ゲテモノ料理もお手の物、デザートのレパートリーも豊富で、なによりうまい。こんな雑貨屋で売られているようなクッキーくらいなら買うまでもないはずなのだ。


「クッキーなら買わなくてもなんとかなるけど、工芸……とラッピングはずぶの素人だよ。けど、お前はそういうの好きだからな」

「まあね」


 二人で笑っていると、横からルルが船長につかみかかった。


「ところで船長、一体誰が変な噂を流したんですか」


 目が血走っている。本気だ。そう感じた船長は、一瞬ある想像してしまった。


「……死人が出そうだから言わない」

「ちょっ、どういう意味ですか、それ!」

「そういう意味だろ」


 村正のまねをして、ふんと鼻を鳴らす。ルルが食って掛かるが、船長は耳をふさいで話を聞こうとしない。船長に言っても無駄。そう感じたのか、怒りの矛先が村正へ向いたときだ。


「どうしたんですか?」


 ぽわぽわとした声の主は、噂の元凶と思しき人物だった。手には少し大きめの袋を持っている。黄色い袋の口は黄色いリボンで縛られていて、上からゴムの輪を通したバースデーカードが掛けられていた。色がついているとはいえ半透明であったおかげで、中身がマフラーであるらしいことは分かった。


「シーナはマフラーか。ってこれから春だぞ」

「来年にでもつけてくださいな。船長の好きな昇り龍なんですよ。――ところで、皆さんどうしたんですか?」

「もう、聞いてよ。誰だか知らないけど、私と村正さんが付き合ってるなんて噂してるんだよ! ひどいと思わない!?」


 ルルが憤慨するのをみて、シーナは顔色ひとつ変えずのん気な声を出す。


「あらぁ。違ったの。ルルにもいい人ができたんだなぁ、って影ながらお祝いしていたのに……」

「シーナちゃんまで! 本当に誰が噂流したのよ!」


 顔を赤くして悪くすれば泣き出しそうなルルの頭をなでながら、シーナは、本当に誰がしたのかしら、と友人を気遣うそぶりを見せる。柔和な笑顔は崩さない。


 そのすぐそばで、村正は若干顔を引きつらせながらシーナを見ていた。


「じゃあ船長、これから行かなきゃいけないところがあるので、また」

「ん? 何かあんの?」

「いえ、特に急ぐ用事でもないんですけど、折角のお休みですし、書庫の整理でもしようと思って」

「それって、シーナちゃん一人じゃ大変でしょ。手伝うよ」

「ありがと、ルル。それじゃあ失礼しますね、船長……、と村正さん」


 シーナは軽く礼をすると、パタパタと音を鳴らしながら書庫へと向かった。後を追うようにルルがついていく。


 いつになく殺気立ったルルから開放され、船長は長く息を吐いた。


「ったく、誰が変な噂たてるかな。ねえ、村正」

「え? あぁ、うん、誰だろうなぁ? はは」


 歯切れの悪い返事をしたものだから、船長もさすがにいぶかしんで疑惑の目で見る。村正は村正で、知らないものは知らないと白を切った。


「えっと……はっぴぃばぁすでいとぅーゆー。で合っておるかの」


 妙なイントネーションでたどたどしく祝辞を述べたのは、例のご老人だ。


「じっちゃん」

「って、何でここに」

「何でってコレを運んで来たに決まっておろう」


 コレ。真っ白なテディベアだ。仲達と同じくらいの大きさだ。なまじ横幅があるだけ仲達のほうが小さいかもしれない。


「じーさんよぉ、誕生日なんて祝ってやるか! とか言ってなかったっけ?」

「何を言っておる。わしからの贈り物ではないわ、ほれ」


 そういうとテディベアの首にかかっていたバースデーカードを開けてみせる。中には青い印字で、Happy Birthday to Youと書かれているだけのシンプルなものだ。右端に小さく、送り主の名が記されていた。


「誰からんだ?」

「友達からのだよ。なんでじっちゃんが持ってくるのかなぁ」

「頼まれておったのを思い出してな。すっかり忘れるところじゃったわ」

「じっちゃんさぁ、忘れるくらいなら引き受けんなって」

「良いではないか、こうやって渡せたのじゃし」


 また医務室にでも引きこもっておるわ。そう言うとさっさと帰ってしまった。


 二人で残されて、なんとなく居心地の悪さを感じた村正は、とりあえずの無難な話を持ち出す。


「なぁ、船長さん。今日はケーキを作ってあるんだが、今ならトッピングのリクエスト受け付けるぜ。チョコレートか、クマさんか、サンタさんか」


 これでも一応の気を利かせたつもりだ。


「アハ。子供じゃないのに。それにサンタって季節外れ。もうすぐ春だっての」


 そりゃ一歳年くったからなぁ、と先ほどの言葉を後悔し始めた。一応は乙女に対しての行動というものがあるわけだから、せめてお洒落な演出でも用意したほうが良かったか、などと考えをめぐらす。


 そこへ、船長はいつもの調子で言った。


「じゃあ、チョコレート。ほら、白いので“たんじょうびおめでとう”って書いてあるやつ」


 誕生日を迎えても船長は船長だ。何も変わらない。……少し変わって欲しい気もしないわけではないが。


「もっちろん、チョコは丸々貰うかんね」


 村正は笑顔で答える。


「はいよ。船長さん」





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