お題SS『段違い』
自サイトでの辞書ポンお題企画SSその2。
タイトルが微妙なのは、辞書を適当に開いて拾った単語だからです。
前半は『帝国復活』二部と三部の間のラガエ、後半は『青の魔術師』終盤。
乾いた音が立て続けに響く。カッ、カツコツカツン、ガン! その一音一音に、風を切る唸りが伴っている。
「腰を引くな! 左足が留守だぞ、そら!」
「あつっ!」
バシッ、と棒で腿を叩かれ、若い兵士が顔をしかめる。怯んで気を取られた隙に、容赦ない教官の棒が脇腹を打った。
「……っっ!!」
肋骨に響き、兵士は自分の棒を取り落とす。うずくまった兵士の前に立っているのは、外見だけで言えば体格も年齢も大差なく見える青年だった。が、力量の差は歴然だ。
「実戦でなくて良かったな」
その青年、すなわち万騎長アーロンは、見下すでもなくただ事実を述べる口調で言うと、次、と交代を告げた。
木陰で涼みながら教練風景を見物していたカゼスは、易々と相手の隙や癖を指摘し負かしてゆくアーロンの手際に、ほおっと嘆息するばかりだった。
先に切り上げたカワードが水を飲みに来たのを捕まえ、無邪気な感想を述べる。
「凄いですねぇ」
「うん? あぁ……なんだアーロンか」
一瞬嬉しそうな顔をしたカワードが、カゼスの視線の向いている先に気付き、苦笑いになる。慌ててカゼスが言い繕おうとすると、カワードは無用だと手を振って制した。生温い水を碗になみなみと注いで一気に飲み干し、ふうっ、と大きく息をつく。
「確かにな、奴の腕前は別格だ」
「ですよね。私、剣とか武道なんて全然縁がなくて、やったことはもちろん近くで見たこともなかったんですけど。それでも、ちょっと見慣れてくると、なんていうか……分かるものなんですねぇ」
うーむ、とカゼスは考え込む風情で、遠くのアーロンをじっと睨むように見つめる。カワードは目をしばたき、それから小さく失笑した。惚れた男に見とれていたのかと思えば、そういう色っぽい理由ではないようだ。カゼスらしいと言えばらしいが、少し友人が気の毒になる。
「奴の動きは無駄がないからな。努力もあろうが、やはり天性の勘の良さが大きかろうよ。俺など、努力すれども一向に力押しの癖が抜けん。まぁそれで充分に通用してはおるが」
珍しく素直に評価し、カワードは改めてアーロンを見やった。体格も戦い方も違うので単純に強さの比較は出来ないが、しかし、やはり彼の研ぎ澄まされた刃のような身のこなしには、羨望を抱かずにはおれない。癪に障る話だ。
と、二人の視線に気付いたのか、アーロンが教練を終えてこちらへやって来た。カゼスが水を渡しながら、お疲れ様です、と労う。
「やっぱりアーロンは段違いに強いなぁ、って話してたんですよ。私みたいな素人が見ても分かるなんて、よっぽど差があるってことですよね」
「…………」
アーロンは何とも言えない顔になり、水を飲みつつ疑わしげな目をカワードに向けた。それを予想していたカワードが、わざと意味ありげな笑いを浮かべる。
「本当ですって」
慌ててカゼスが割り込み、真顔で握り拳を作って続けた。
「どうやったらあんな格好良く動けるんですか!」
「っっ!」
ゴフッ、とアーロンがむせ、カワードが爆笑した。
「やっぱりカゼスさんは段違いですね」
「――え?」
しみじみとした声に、カゼスはふと物思いから醒めて振り向いた。部屋の机で、アーロンが付き添いがてら自分の書き物をしているところだった。
「出会ってから今まで、あなたが行った魔術を書き出してみたんですけど」
数枚の羊皮紙を持ち上げ、歴史を学ぶ青年はつくづくとその内容を見比べる。
「普通一般の魔術とは、まるで比べ物になりませんよ。僕は魔術師ではありませんから、具体的にどこがどう凄いのかは論じられませんけど……そんな素人にさえ、これは格が違うと分からせるんですからね。本当に凄い」
大真面目に感嘆され、カゼスはベッドに横たわったまま、青白い顔で苦笑した。かつてもう一人のアーロンに向けた賞賛を、今度は自分が受ける側になろうとは。
「凄くないですよ。全然」
謙遜ではなく本心から言い、声には出さず唇だけで続ける。
――あなたに比べたら。
彼が段違いに強かったのは、ひたむきな努力の成果だった。己は違う。持って生まれた力を場当たり的に使ってきた、その結果に過ぎない。自ら意識して上を目指し努力したわけではないのだ。そんなだから、この体たらく。
(おぬしが真似をする必要はない。無理をするな)
曖昧な声で諭され、ぽんと頭に手を置かれたことを思い出す。途端になぜだか安堵して、自然に瞼が下りてきた。
「カゼスさん?……寝たのかな」
遠慮がちに問いかける声が、もう遠い。
代わって届いた懐かしい声に包まれて、カゼスはゆっくり、深く穏やかな過去へと沈んでいった。
(終)




