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拾遺集  作者: 風羽洸海
その他SS
38/43

お題SS『段違い』

自サイトでの辞書ポンお題企画SSその2。

タイトルが微妙なのは、辞書を適当に開いて拾った単語だからです。

前半は『帝国復活』二部と三部の間のラガエ、後半は『青の魔術師』終盤。


 乾いた音が立て続けに響く。カッ、カツコツカツン、ガン! その一音一音に、風を切る唸りが伴っている。

「腰を引くな! 左足が留守だぞ、そら!」

「あつっ!」

 バシッ、と棒で腿を叩かれ、若い兵士が顔をしかめる。怯んで気を取られた隙に、容赦ない教官の棒が脇腹を打った。

「……っっ!!」

 肋骨に響き、兵士は自分の棒を取り落とす。うずくまった兵士の前に立っているのは、外見だけで言えば体格も年齢も大差なく見える青年だった。が、力量の差は歴然だ。

「実戦でなくて良かったな」

 その青年、すなわち万騎長アーロンは、見下すでもなくただ事実を述べる口調で言うと、次、と交代を告げた。

 木陰で涼みながら教練風景を見物していたカゼスは、易々と相手の隙や癖を指摘し負かしてゆくアーロンの手際に、ほおっと嘆息するばかりだった。

 先に切り上げたカワードが水を飲みに来たのを捕まえ、無邪気な感想を述べる。

「凄いですねぇ」

「うん? あぁ……なんだアーロンか」

 一瞬嬉しそうな顔をしたカワードが、カゼスの視線の向いている先に気付き、苦笑いになる。慌ててカゼスが言い繕おうとすると、カワードは無用だと手を振って制した。生温い水を碗になみなみと注いで一気に飲み干し、ふうっ、と大きく息をつく。

「確かにな、奴の腕前は別格だ」

「ですよね。私、剣とか武道なんて全然縁がなくて、やったことはもちろん近くで見たこともなかったんですけど。それでも、ちょっと見慣れてくると、なんていうか……分かるものなんですねぇ」

 うーむ、とカゼスは考え込む風情で、遠くのアーロンをじっと睨むように見つめる。カワードは目をしばたき、それから小さく失笑した。惚れた男に見とれていたのかと思えば、そういう色っぽい理由ではないようだ。カゼスらしいと言えばらしいが、少し友人が気の毒になる。

「奴の動きは無駄がないからな。努力もあろうが、やはり天性の勘の良さが大きかろうよ。俺など、努力すれども一向に力押しの癖が抜けん。まぁそれで充分に通用してはおるが」

 珍しく素直に評価し、カワードは改めてアーロンを見やった。体格も戦い方も違うので単純に強さの比較は出来ないが、しかし、やはり彼の研ぎ澄まされた刃のような身のこなしには、羨望を抱かずにはおれない。癪に障る話だ。

 と、二人の視線に気付いたのか、アーロンが教練を終えてこちらへやって来た。カゼスが水を渡しながら、お疲れ様です、と労う。

「やっぱりアーロンは段違いに強いなぁ、って話してたんですよ。私みたいな素人が見ても分かるなんて、よっぽど差があるってことですよね」

「…………」

 アーロンは何とも言えない顔になり、水を飲みつつ疑わしげな目をカワードに向けた。それを予想していたカワードが、わざと意味ありげな笑いを浮かべる。

「本当ですって」

 慌ててカゼスが割り込み、真顔で握り拳を作って続けた。

「どうやったらあんな格好良く動けるんですか!」

「っっ!」

 ゴフッ、とアーロンがむせ、カワードが爆笑した。



「やっぱりカゼスさんは段違いですね」

「――え?」

 しみじみとした声に、カゼスはふと物思いから醒めて振り向いた。部屋の机で、アーロンが付き添いがてら自分の書き物をしているところだった。

「出会ってから今まで、あなたが行った魔術を書き出してみたんですけど」

 数枚の羊皮紙を持ち上げ、歴史を学ぶ青年はつくづくとその内容を見比べる。

「普通一般の魔術とは、まるで比べ物になりませんよ。僕は魔術師ではありませんから、具体的にどこがどう凄いのかは論じられませんけど……そんな素人にさえ、これは格が違うと分からせるんですからね。本当に凄い」

 大真面目に感嘆され、カゼスはベッドに横たわったまま、青白い顔で苦笑した。かつてもう一人のアーロンに向けた賞賛を、今度は自分が受ける側になろうとは。

「凄くないですよ。全然」

 謙遜ではなく本心から言い、声には出さず唇だけで続ける。

 ――あなたに比べたら。

 彼が段違いに強かったのは、ひたむきな努力の成果だった。己は違う。持って生まれた力を場当たり的に使ってきた、その結果に過ぎない。自ら意識して上を目指し努力したわけではないのだ。そんなだから、この体たらく。

(おぬしが真似をする必要はない。無理をするな)

 曖昧な声で諭され、ぽんと頭に手を置かれたことを思い出す。途端になぜだか安堵して、自然に瞼が下りてきた。

「カゼスさん?……寝たのかな」

 遠慮がちに問いかける声が、もう遠い。

 代わって届いた懐かしい声に包まれて、カゼスはゆっくり、深く穏やかな過去へと沈んでいった。



(終)


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― 新着の感想 ―
[良い点] 他のかたを見て率直に感心することって多いのですが、こうやって見ると、言われる方は何とも言えない心地になるものですねぇ。 しかして、カゼスさんはやっぱりきちんと努力もしていると思うのです。周…
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