午睡
香草のきいた羊肉の串焼きに、ケシの実をまぶしたパン、豆と野菜の煮込み。テーブルの上に並ぶのは、どれも温かい家庭料理ばかりだ。
「いつ来てもここのメシは美味いなぁ、毎日こんなものが食べられたら幸せですよ」
金髪の青年は心底嬉しそうに言い、次々と平らげていく。
「そう言って下さると嬉しいわ。うちの子は食が細いものだから、作り甲斐がなくて。さ、スープのおかわりはいかが?」
年配の婦人がにこやかに言い、給仕に手で合図をする。高貴の者は男女とも、たしなみとして料理をすることがままあるが、彼女の場合は純然たる親心らしい。その向かいで、銀髪の青年がむっつりと大食漢を睨みつけた。
「少しは遠慮したらどうだ」
「おまえこそ、こんなにうまいんだから少しは嬉しそうに食えよ」
まるで堪えた風もなく言い返し、青年――アテュスは、にやりとした。自分がいなければ恐らく、相手はもっと違った表情で食卓についているであろうと承知の上で。
揶揄された銀髪の青年、ヤルスは、眉を寄せただけで何とも応じず、黙々と料理を口に運ぶ。席に着いている他の面々は、苦笑を噛み殺して食事を続けた。
約一名を除いて和やかな昼食が済むと、ヤルスはアテュスと共に自室に戻った。絨毯の上にクッションを重ね、上体だけ起こして寝そべった姿勢でくつろぐ。本来乾燥したティリスでの風習だが、帝都でもすっかり浸透しているのだ。
アテュスもすっかり満足した様子で、ごろんと横になる。ヤルスは書類を床に広げながら、冷たい目を向けた。
「まるで野良猫だな。ふらりとやって来たかと思えば図々しく上がり込んで、好きなだけがつがつ食べて、挙句に寝る。しかも猫よりよほど場所をふさぐ。迷惑この上ない」
毒舌にもアテュスは怯まなかった。それこそ猫のように目を細め、にやにやしている。しているだけで、言い返さない。それがヤルスには扱いにくかった。
論争になれば完膚なきまでに相手を叩きのめすことができても、何も言い返されず、しかもこっちの言葉を柳に風と受け流されては、どうしようもない。ならばこちらも無視すれば良いのだろうが、そうすると、向こうから構いに来る。ちょうど今、ごそごそとヤルスの手元の書類をのぞき込んできたように。
「昼休みぐらいのんびりすればいいのに。家に帰ってまで仕事かい」
「あいにく暇ではないのでな」
「宰相閣下はご多忙でいらっしゃる……予算計画の時期は特に、と。お? 今年は福祉に回す予算が増えそうな気配か」
「見るな」
ぺっ、とにべもなくヤルスは書類を取り上げた。アテュスはあの事件の後、じきに近衛隊の班長に昇格したのだが、まだ到底、高度な政治にかかわれる立場ではない。
アテュスはちょっと口を尖らせたものの、たいして気にしていない風情で、今度はごろんと仰向けに寝転がった。ヤルスのすぐそばだ。あまり至近距離に他人を寄せつけたくないヤルスは、迷惑そうな顔をして起き上がった。
寝そべるのは諦めて胡座をかいたヤルスに、アテュスは天井を見上げたまま、ぽつりと言った。
「……あいつ、どうしてるかな」
「……」
ヤルスは答えなかった。書類のひとつ、ターケ・ラウシールからの会計報告と今年の予算についての要望書を見るともなく眺め、沈黙する。
窓の外には青空が広がり、心地よい風がカーテンを揺らして吹き抜けてゆく。
気が付くとヤルスは、その青空に記憶の中の人物を思い浮かべていた。青い髪の、同じ孤独を抱えた魔術師。今頃、元の時代に戻って何をしているだろう。受験がどうとか言っていたが、無事に乗り切れたのだろうか。
そんなことを考えていると、彼の表情は自然と穏やかなものになっていた。
アテュスは寝転がったままそれを見上げ、相手に気付かれない程度に笑みを浮かべる。それから彼は大欠伸をして、目を閉じた。
「時間になったら、起こしてくれよ」
ヤルスの返事はなく、風だけがささやきを残してゆく。遠く鳥の声を聞きながら、アテュスは眠りに落ちていった。
部屋に食後の茶を運んで来た召使は、入り口のところで足を止めた。
ぐっすり眠り込んでいるアテュスの横で、ヤルスは窓に寄りかかって物思いに耽っている。その面に浮かぶ、すこし寂しげでいて温かく優しい微笑。
穏やかな空気をそのままに、召使は足音を忍ばせて引き返したのだった。
(終)
余談:当然アテュスは起こしてもらえなくて遅刻しましたとさ。




