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拾遺集  作者: 風羽洸海
『帝国復活』以後
24/43

隼領主と鉤尻尾

隼殿ことシャーヒーンのあまりの報われなさがつらい、とのコメントを頂いたので、救済の後日談。


 うちの殿様は運がない。

 カルマナ領主シャーヒーンに対するその認識は、貴族から一般庶民まで領民にひろく共通のものであった。


 いわく。


 卑しい生まれ育ちだったのを先の領主ラームティンに取り立てられたのは良かったが、かと思えばそのあるじは二度も王に謀反を起こし、斬首され。

 反乱のさなか敵方の美姫に心を奪われ、彼女を守るために味方を裏切りまでしたのに、当の相手は彼などまったく眼中になく。

 おかげで処刑は免れたものの、裏切り者の汚名はそのままに荒廃困窮した故郷を治めるよう命じられて、敵意と侮蔑と反抗に囲まれ心安まらぬ毎日を送り。

 それでもなんとか農産業を立て直そうと地道に働き、ようやく成果があらわれてきたところへ、かつてない洪水が。

 そんな状況でろくに味方がいないものだから、普通なら土地の貴族豪族の娘と結婚して支援をとりつけるものだが、もはやどこの家も領主の不運に巻き込まれてはたまらんと、縁談のえの字もやってこない。

 

「まー、あの殿様がいる限り、カルマナが豊かになることなんかないだろうねぇ」


 さりとて領主の首をすげ替える力もない庶民たちは、上手くいかないことは何もかも領主のせい、と諦めて噂話に興じるのであった。

 巷のそういう評判を聞いていたから、ほんの十一歳でしかない浮浪児のサーム少年も、理解したのだ。

 ――こいつはカモれる、と。



 ことの起こりは一月ほど前。サームがねぐらにしている食堂の路地裏で、野良猫が仔を産んだ。

 なお「ねぐらにしている」とは文字通りの意味だ。住み込みで雇われているのではなく、時々店主が焦げ付いた鍋を裏口に放り出し、サームがそれを磨いて駄賃を得る、そのためサームが裏口のそばで古い麻袋をかぶって眠っても、追い払われることがない。

 その日暮らしではあったが、サームは自分を幸運だと思っていた。親と暮らしていた頃のほうが、毎日殴られるし食べ物もなかったが、ある日なんだかよくわからないままあっさり死んでくれて、以来自由の身である。だから、カラスにつつかれている子猫を助けるぐらいには心の余裕があったのだ。

 親猫ときょうだいは既に避難したらしく、見当たらなかった。サームは子猫の傷を洗い、懐に抱いて温めて守ってやった。

 幸い数日して子猫は回復したが、尻尾は曲がり、左の後ろ足は動かなくなっていた。


「おれと同じだなぁ、鉤尻尾」


 サームはあだ名をつけた猫を撫でてつぶやいた。彼も昔、親にめちゃくちゃに痛めつけられたせいで、左足が思うように動かないのだ。


「なんだサーム、おまえまだそんなの抱えてるのか」


 裏口から店主が現れ、焦げついた鍋を置きながら呆れ顔をする。サームは何度目になるか、しつこく食い下がった。


「なぁおっちゃん、こいつ……」

「ダメダメ。そんなんじゃ鼠も捕れやしねえだろ。うちにはもう三匹もいるんだ、役立たずを入れてやる余裕はねえよ」


 さっさと捨てちまえ、と言いながらも、店主は珍しく、客の食べ残しの骨を投げてよこした。まだ肉が少しついている。サームは笑顔で猫と分け合った。


 鉤尻尾が小さな舌で骨をきれいに舐め終えると、サームは猫を抱いたまま、鍋を掴んで表通りに出た。共用井戸で鍋を洗うためだ。

 ところがそこで、いつもと違う出来事が起きた。


 今まではサームの近くから離れなかった鉤尻尾が、不意に何かを嗅ぎ当てたのか、曲がった尻尾をぴこんと立てて歩き出したのだ。

 どこへ行くのかと目で追ったサームは、どきりとして反射的に縮こまった。


 食堂の表側、通りに並ぶテーブル席に、場違いな客がいる。着飾ってはいないが明らかに金持ちで、お供の兵士が一人ついているし、応対する店主や周囲の反応も……


(もしかして、あれが殿様?)


 急いで鍋を洗い、裏口に放り出して、適当な物陰に身を潜め様子を窺う。ざわめきの中から会話の断片が届いた。


 厨房から火が? それは災難で……いや、小火(ぼや)で良うございました……大したものはございませんが……畏まりました、すぐに……


 どうやら館の厨房が焦げて料理を作れないから、外へ食べに出てきたらしい。ほとほと運のない殿様である。だが当人は特に堪えていないらしく、いまいち感情のわからない顔で、連れの兵士と机上の盤を指して何やら話していた。


「久しぶりにどうだ」

「よしましょうや、勝負にならんでしょ」


 兵士が苦笑して応じ、相席する。どうやら領主は館でもぞんざいに扱われているらしい、とサームは少し呆れた。いくら不運といっても領主なのだから、もっと仰々しくされても良いだろうに。

 どうだ、と領主が言ったのは簡単な遊戯盤だ。セルのように先を読み合い戦略的に駒を動かす勝負ではなく、骰子サイコロを振り牌を揃えて運試しをする類のもの。客同士が茶飲みがてら、その日の勘定をどちらがもつか、程度の賭けをして気楽に遊ばれている。


(しめた! 殿様もあれ、やるのか)


 実のところサームもちょくちょく見知らぬ他人に奢らせており、強運には自信があった。ましてや兵士に「勝負にならない」などと言われてしまう不運領主が相手なら、勝てないはずがない。負けるとわかっていて一勝負もちかけた殿様のお心は謎だが、今日のサームの食事はこれで決まりだろう。


 さて、なんと言って賭けを持ちかけるか。連れを誘って断られた後だから、いきなり声を掛けても乗ってくれるかもしれないが、それは相手が大人であればの話だろう。ふむと思案したサームの目の前に、またしても不思議な光景があらわれた。


 鉤尻尾が、よたよたおぼつかない足取りで領主のそばまで行き、にゃぁ、と鳴いたのだ。警戒心が強くてサーム以外の人間にはめったに近寄らないのに。

 大丈夫かな、とサームははらはらしながら見守った。何しろ鉤尻尾は、いかにもみすぼらしい。身体は小さくやせっぽちで、泥にまみれたような斑色の毛はバサバサ。顔つきも、子猫の可愛らしさなどまったく無い。どころか、敗残兵のなれの果てぐらいの渋い趣だ。


 シッシッ、で済めば良いほうだろう。蹴られやしないかな、とサームはそわそわする。だがこれまた意外なことに、領主は怪訝そうにじっと猫を見下ろし、戸惑いながらも手を伸ばしてちょっと頭を撫でたのだ。


「すまんな、おまえにやれるものは何もないぞ」

「にゃぁ」

「なんだ、ほかに用があるのか?」

「なぅ?」

「猫と会話せんでくださいよ……まさかこいつを連れて帰るつもりじゃないでしょうね」

「いや、そこまで決めてはいないが」

「せめてもうちょっと元気そうなやつにしましょうや」

「ふむ……」

「にゃぅ」


 なんだか妙に鳴き声と噛み合ってしまう会話に、周囲の客が笑いを押し殺す。サームは物陰で変な顔になった。


(鉤尻尾のやつ、まさか人間の言葉がわかってるのか? いやいやそんな馬鹿な……っていうか今の流れ、あれってつまり殿様は猫を飼いたいってことだよな)


 これはとんでもない幸運ではないのか。

 サームは思わず握り拳をつくった。やっぱりおれは世界一ツイてる!


 彼が閃くのを待っていたように、鉤尻尾はこてんと首を傾げたのち、くるりと向きを変えて戻ってきた。サームは急いで物陰に引っ込み、領主に見られないよう縮こまる。

 鉤尻尾はいつもなら少年の懐に潜り込もうとするのだが、今日はそうせず、路地裏でくつろいで念入りに毛繕いを始めた。そして、まるで「おまえの番だぞ」とばかりにちらりと視線をくれる。


「よし、行ってくる。ここで待ってろよ」


 サームは笑顔で言い置くと、しゃんと立って上着の裾を引っ張り、えへんと咳払いして頭の中で予行演習した。

 そうしてわざとらしいほどそっくり返り、猫の仕草を真似てもったいをつけながら領主のほうへ歩み寄った。


「おい、そこのおまえ!」


 さすがにそう呼びかけるのは度胸がいったが、『殿様』だとか呼んでは台無しである。驚いた様子の客達や、不審げな兵士のまなざしに怯まぬよう、サームはさらに胸を張った。


「さっきはおれが話しかけてやったのに、わからないようだから仕方ない。姿を変えて出てきてやったぞ。我こそは猫王国の英雄、鉤尻尾である!」

「……は?」


 胡乱な声を漏らしたのは兵士ほか客数人。当の領主は不思議そうに目をしばたたいただけで、無言かつ真顔でじっと少年を見つめるだけだ。追い払われないうちにと、サームは芝居を続けた。


「聞けばおまえはとんでもない不運の星を持つそうだな。だからおれが、幸運をわけてやりに来たんだ。おれを連れて帰ればいいことがあるぞ」


 いくら皆が知っている話といっても、本人に向けて言うべきではない。顔見知りの客が慌てて口を挟んだ。


「おいサーム、何やってんだ馬鹿。失礼はよせ」

「サームというやつはあっちで鍋を洗っている。我は姿を借りているのだ」


 名前をばらされてサームは一瞬焦ったが、すぐさま理由を捻り出して堂々と開き直る。

 やりとりを聞けば子供の悪ふざけだと判りそうなものだが、領主はふむと思案するそぶりを見せた。


「おまえはそれほど幸運なのか」

「信じないなら見せてやろう。勝負だ!」


 乗ってきた! サームは意気込んで領主の対面に遠慮無く座り、遊戯盤を据える。骰子を取って見せた少年に、領主は「ちょうど相手が欲しかった」などと微笑で応じた。

 横で天を仰いだ兵士に構わず、領主は牌を配り骰子を振る。サームは遠慮容赦なく勝ちに行ったが、強運を自負する彼自身さえ予想しなかったほどの結果になった。


 十戦十勝。もちろんサームの勝ちで。


 こうまで見事に勝ち続けてしまうと逆に不安になってしまうが、サームは当然だという態度を装い続けた。領主は残念がるでもなく、淡々と牌を揃えている。負けてばかりなのに楽しいんだろうか、とサームは訝しんだが、それを訊くより先に領主のほうが問うてきた。


「なるほど確かに、おまえは強運の持ち主らしいな。だが、ならばその足はどうした」

「これは……」


 まさかそんな突っ込みを入れられるとは思っておらず、サームは慌てた。鴉に、と言いそうになって急いで飲み込み、猫王国の英雄にふさわしい物語をでっち上げる。


「運が悪かったからじゃない、これこそ幸運のしるしだ! 怪物バハールを知ってるか? 空を半分隠すぐらい大きくて、目はふたつの太陽みたいに燃えている真っ黒な鳥だ。そいつと戦って、おれはこの足とひきかえに奴を倒したんだぞ」


 ほう、と領主が面白そうな顔をする。サームはとにかく話を大きくして煙に巻いてしまえと、英雄猫・鉤尻尾の冒険をどんどん繰り広げていった。

 まともな物語を聞いた経験などろくにないが、実のところ日頃からさまざまな想像で退屈を紛らせていたのだ。他人に話すことがなかっただけで、頭の中ではいつも、サームは世界を駆け回る冒険者だった。


 つじつまが合わなかろうが、時間や場所や関係が飛び飛びになろうが、かまわない。

 猫王国の悪者大臣、美しい姫、恐ろしい怪物。勇敢な仲間たち。

 魔法の道具に金銀宝石。空を飛び、水に潜り、火をくぐる。


 領主をごまかすという目的はすっかり忘れ、いつしかサーム自身が夢中になって、椅子の上に立ち上がって身振り手振りをまじえて熱弁を振るっていた。

 横からそっと領主の前に食事が並べられ、やがて片付けられたことにも気付かない。熱意と勢いは、合理や現実といったつまらないものを忘れさせる。まわりの客も次第に引き込まれ、誰も止めようとしなかった。

 そうしてすっかり、鉤尻尾という猫は聴衆を虜にしたのである。


 やんやの喝采で話をしめくくり、サームは満面の笑みで誇らしげに胸を張る。領主が軽く拍手してから、相変わらず落ち着き払った口調で言った。


「なかなか楽しかった。おまえは語り部の才能があるな、サーム」


 褒められて照れくさそうになったサームは、一拍置いて今さら慌てた。


「いや、おれは猫王国の……」

「鉤尻尾殿なら、さっきからそこでおまえの話を聞いているぞ」

「えっ」


 指差されて見下ろすと、いつの間にか鉤尻尾がやってきて、空いた椅子にちょこなんと座っている。サームが固まってしまったので、領主の兵士が笑い出した。


「ははは、こりゃいいや。シャーヒーン殿、俺はこいつが気に入りましたよ。見た目は悪いがどうやら賢い猫らしい。お望み通り、連れて帰ってやりましょう」

「にゃぁん」

「ほら、返事をした。わかってるんですよ絶対」

「そうだな」


 領主がうなずいたので、サームはほっとして肩の力を抜いた。良かったなぁ、と屈んで猫を撫でてやる。そこへ続けて領主のとんでも発言が落ちてきた。


「サーム、おまえも来るか?」

「はぇ!?」


 あまりに予想外で、すっとんきょうな声が出た。まわりの客がどっと笑う。おたおたするサームに、領主は平然と言った。


「英雄には従者が必要だろう。今のおまえに家族や仕事があって離れられないというなら別だが」

「えっ、えええ、そんないきなり」

「領主様、ちょっと待ってくれませんかね」


 横から止めたのは、意外にも店主だった。思わず縋る気持ちで振り返ったサームは、あからさまに強欲な愛想笑いを目にしてげっそりする。親切心で口を挟んだわけではないらしい。案の定、店主は揉み手をしながら言い出した。


「鉤尻尾はうちの看板猫にするって決めてたんですよ。前からサームに頼まれてましてね。ですからそのぅ、連れて行かれては……」

「サームはおまえの子か?」

「いいえ、ただの宿無しですけどもね、実質うちで世話してるようなもんで」


 よく言うよ、とサームは呆れたが、余計な口は挟まなかった。ここで店主を嘘つき呼ばわりしたら、領主が猫とサームを諦めて帰った場合、今までのねぐらが使えなくなる。仮に領主が彼を引き取ってくれたとしても、街に面倒の種を残すことになってしまう。

 サームが不満顔で黙っていると、領主はその様子を一瞥してからひとつうなずいた。


「なるほど。猫と子供を連れ帰りたくば代価を払え、というのだな」

「そんな厚かましいことは。ただ、連れて行かれては困ると申しております」

「館に来るか来ないかは、猫とサーム本人が決めることだ。しかしまぁ、別れがたいというのならば気持ちは分からんでもない。だから……」


 そこまで言い、領主は手振りで兵士を立たせ、遊戯盤を改めてテーブルの中央に置いた。


「賭けをしよう。私が勝てば、幸運の鉤尻尾が館に来たいと望んでいる証拠。おまえが勝てば、それよりもおまえの愛着がまさったということだから、見合う代価を支払うとしよう」

「――な」


 無茶言うな! と叫びかけたサームの口を、兵士が素早く塞ぐ。もがが、とサームは抵抗した。さっき十連敗したばかりのくせに、よくもそんなことを!

 店主は中で料理の用意をしていたから、勝負は見ていなかったはずだが、それでも領主の不運は知れ渡っている。ぽかんとしたものの、すぐに「よろしいので?」と念押ししながら盤に向かい合った。


(神様、骰子の神様、今だけこのトンチキな殿様に味方してください! 鉤尻尾が立派なお屋敷で暮らせるように、殿様を勝たせてください)


 サームは歯を食いしばり、両手をかたく握って祈った。瞬きもせず見つめる彼の目の前で、骰子が振られ、牌が行き来する。

 最初は、とても見ていられない、と薄目だったサームは、しかし徐々に瞠目し、最後にはぽかんと口まで開けっぱなしにしてしまった。


「揃った。私の勝ちだな」

「……そのようで」


 平凡だが間違いなく店主より強い手を揃え、領主は牌をカツンと鳴らす。見物人がざわめいたが、領主は気にせず席を立った。


「よし、帰るぞサーム」


 まるでずっとそうだったかのように少年を手招きし、ついでに兵士に支払いを命じて、店主が代金を受け取っている隙にさりげなく遊戯盤を片付ける。その時彼の手から、ひとつ余分の牌がころりと落ちてほかの牌にまざったのを、サームの目は見逃さなかった。




「まさか殿様がイカサマするなんて。どこで覚えたんだ……ですか」


 数日して驚きがおさまった頃、サームは鉤尻尾の毛を梳かしながら胡散臭げに問うた。あれは恐らく最初に牌を配る時、有利な手を組みやすいものを取って隠し、自分の手元で適宜すり替えたのだろう。よほど練習しなければ、速やかにはできない。

 当の領主は何やら書類を眺めながら、平然と答える。


「私も昔はあれでよく客の懐を軽くしてやったからな」

「えっ」

「娼館で生まれ育ったんだ。知らなかったか?」

「じゃあ、おれに十連敗したのは、まさか」

「それは普通に負けた」


 しれっと領主が認めたので、サームは呆れてお手上げの仕草をした。


「なのに賭けを挑むなんて、殿様、度胸ありすぎ。イカサマ失敗したら確実に負けるってことじゃん」

「ああ。久しぶりで上手くできるかわからなかったが、幸運の鉤尻尾殿がついているなら大丈夫だろうと踏んだんだ」

「にゃぁん」

「ほらな」


 たまたま発せられた鳴き声を都合良く解釈した領主に、サームは処置無しとばかり首を振る。そんな少年に、領主は面白そうな声音で続けた。


「だが実際、私は巷で言われているほど、自分が不運だとは思わないぞ。その辺のチンピラとつるんで暴力沙汰に明け暮れた末に早死にする人生だったかもしれないのに、ラームティン様に拾われ、今やこうして住み慣れたカルマナの地を治めるという大きな仕事を任されている」

「嫁さん来ないのはいいのか?」

「無理に結婚して夫婦お互いきつい思いをしながら暮らすよりは幸せだろう。血筋を残すことにこだわる出自でもなし、領主の地位は志と能力のある者が継げば良い。家に縛られた他の貴族らを見ていると、私は自由だと感じることがよくある」

「ふーん……」


 そういうもんなのか、とサームは腑に落ちないながらもうなずいた。本人が不運を不幸だと思っていないからこそ、この落ち着いた振る舞いなのだろう。他人から見れば不運な巡り合わせばかりでも、本人はただそれを成り行きとして受け入れている。


「ま、そっか。なんかツイてない事とか災難とか起きなかったら、冒険だって面白くならないもんな」

「なぅ」

「おっ、その通り、ってか」


 こちらも同じく都合の良い解釈をした少年に、領主がふきだす。失笑したのをごまかすように、彼はごほんと咳払いして真面目くさった顔を取り繕った。


「ところでな、サーム。鉤尻尾殿だが」

「うん?」

「たぶん雌だぞ」

「――え」


 ぎょっとなって、サームは今さら子猫を持ち上げて腹をつくづくと眺める。


「……マジかー……マジだ……英雄っつったのにどうしよう」

「いいんじゃないか? 先の内乱では今の皇妃様が男顔負けの大活躍をしたことだし」

「マジ?」

「ああ。実際、私も彼女に追い詰められて捕虜にされたからな」

「殿様……あんたほんっっとーに、ツイてないんだな……」


 思わず憐れみのまなざしを向けた少年に、領主は敢えて何とも答えず、肩を竦めたのだった。




 ともあれ、そうしてサームと猫は領主館で暮らすことになり、まともな詩人の助けを得て、鉤尻尾の新たな物語が次々と世に出ることになった。『鉤尻尾と隼王子の冒険』などは巷で大人気になり、カルマナの人々は、少なくとも娯楽に関してはずいぶん豊かになったのだ。

 おかげでいつしかシャーヒーンはその不運を取り沙汰されることもなくなり、皆に楽しみを与えてくれた愛すべき領主として人々に記憶されることになった。




(終)



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― 新着の感想 ―
[良い点] シャーヒーン殿は不憫というより色んな意味で逞しいな!って思ってたので、そのまんま逞しく生きてて嬉しくなってしまいました。運はまあ……ないかな?と思うのですが、そういうものに拘泥せずに自分の…
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