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桜が咲いた。
新調したばかりのスーツを着た私は、通勤途中の目黒川沿いの歩道に自転車を停め、空を見上げた。
スカイブルーの空をバックに桜が咲き誇る。
綺麗だ。
春風が柔らかく私の頬をかすめる。
女子学生の楽しそうな声が聞こえてきた。声は近くまで来ている。春の匂いに酔いしれる私に人がぶつかった。楽しそうに会話をする女子高生だ。女子高生は何も言わずに先を歩いく。
「何よ」
ぶつかってきたのに何も言わずに去って行った女子高生の背中を見て少し腹が立つ。だが、この見事な桜に免じて許してやろう。気持ちはすぐに切り替わった。
ふと、腕時計に目をやった。時計の針は八時をまわろうとしている。
「やっばい!」
私はあわてて自転車を走らせた。
自転車を停めた場所は目黒川沿いの雑居ビルの前。鍵をかけて、雑居ビルに入り二階へと駆け上がる。
「おはようございます!」
勢いよくドアを開けた先には、一人の男が散らかった事務所の中でデスクに座り朝刊を読んでいる。
「コーヒー」
低い声でかえって来た言葉は「おはよう」のあいさつではなく、朝のコーヒーを催促する言葉だった。