表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

嘘吐きの嘘の恋

作者: そうや

「私は、君のことが好きだよ」

そう嘘をついた。いや、今もつき続けている。


私の恋人は病気だ。治る見込みもなく、ただただ無駄に生き続けている人間。

いつ死んだっておかしくないのに、私がそういう度に笑うんだ。


「嬉しいね。君が好きだと思ってくれる限り、僕は生き続けるよ」


悲しみのこもった声で。悲しみだけの声で、いつも。

だから変わらず冗句のように返している。


「じゃあ、君は死ぬことはないんだね。なら、私は君のことを好きなままでいるよ」


ごめんね。もう死んでしまうかもしれないって思ったら、好きでなくてもこんなことができるんだよ、私って。

愚かだよね。奇妙だよね。異常だよね。


――ずるいよね。


それでもさ。私の一言で喜んだり、笑ってくれたりしてくれる君を見ていると、ちょっとだけ、好きだった頃の感覚を思い出せる気がするんだ。今は無くなってしまったはずの感覚なのに。


君に本音を気付かれないように、毎回気を使っている私。自分の為にしか、何かをすることはできないんだよ。君の為に、なんて到底思えない。


でも、君が寂しそうに、それでも嬉しそうに笑ってくれたら、やめることはできないんだよ。そういう君を、少しでも見ていたいから。

だから、今はまだ続けている。続けられている。

だけど君が笑わなくなったり、私が飽きてしまったりしたら、きっとやめて、多分言ってしまうと思う。


「ごめん、実は君のこと、好きでも何でもないんだよ」

本当は君の入院が決まったときにつたえるつもりだったんだけど。


こんな風にだらだらしてしまっているのはどうしてだろう。

君は死んで、私は新しい恋人でも見つけるつもりだったのに。

今考えてる君の事だって、ただの思い出にするはずなのに。

これまでの感謝ってことで、最後くらいは君に幸せでいてほしいのかな。

よく分からないよ。


今日もこの病室に来るまでに、家から駅に向かって、そこから電車に乗って、ここから一番近い駅からバスに乗ってきた。

覚えてるかな。君と一緒に電車に乗って出かけたことがあったよね。バスで偶然会った、なんてこともあった。


人が一人、生死の境目にいるっていうのに、いつも通りにバスが動いてた。みんなの日常は変わらないみたいだってことだよ。だからやっぱり普段と同じように、二時間くらいしか掛からなかった。

でもその間に、いろいろと考えた。いつもとは違うことを。


やっぱり君に早く言いたくて、君を解放したくて――いや、私自身が解放されたくて、伝えられないままに死んでもらっては困る。私は早く次ぎに進みたい。

望んでなんていないんだ、こんな束縛。


何に、かは分からないのに、縛られている。何かが、私を捕まえて話さないんだ。

――違う、縛っているのも、縛られているのも私なんだ。

こういうのって、不思議な感覚。まるで首吊り自殺だ。


階段を上りながら思う。

君の病室は、変わらず二階。飛び降りても、打ち所が悪くなければ死ぬことはなさそうな高さ。

もしかしたら君が、今日にでも死んでいる、なんて可能性を考えずにはいられない自分が、少しだけ面白おかしかった。


踊り場を過ぎて、独特な匂いのこもった廊下を歩く。

すれ違う人々の顔はいつだって疲れている。

それでも何故か、私は笑顔だ。顔に貼付けただけの笑顔ではあるんだけど。


ネーム・プレートを一瞥し、名前を確認する。理由もなく、やけに自分の鼓動が高まるのを感じた。

病室の扉を開く前に、軽く深呼吸。そしてノックを二回。


「私だよ。お見舞いに来た」


返事が無いのは押さえておくべき基本事項。だから扉をくぐるのに躊躇はしない。

あ、でも、何処かに行っているなんてこともあるのかな。

――いや、そんなことは無いか。君はこの病室から出たがらないから。


やっぱりいた。個室のベッドの上に、その痩せこけた体を乗せて。

仰向けになったまま、横目で私を見た。


「やぁ、君か」


視線を、私から病室の天井へと移した。君は笑顔だった。無理をして、いっぱいいっぱい、って笑顔。ここまでだと笑顔とは言わないのかもしれない。表情の中には絶望だけが詰まっているみたいだ。


――笑顔と呼べないのなら、それは私も同じことか。

気付かれないように、そっと、笑顔を作り直しておく。


少し近づき、ベッド横のパイプ椅子に腰掛ける。ベッド脇の台の上には、相も変わらず真っ赤なドライフラワーがおいてある。私が君に頼まれて買ってきたものだ。

普通はそんなことしない。ちゃんと生きている花を普通は置いておく。

わざわざ普通の花を避けたのは、水をやるのが億劫だからなのだと、私は思ってる。


何故だろう。唐突に、君はこのドライフラワーと似ているような気がした。

ただそこにいる、というだけの存在。飾りにしかならないもの。

死を待つだけの君、生きることすら叶わないドライフラワー。

似ているというのは勘違いなのかもしれない。

だが、皮肉なものだ。


「調子はどう?」


いつものように、会話を始める。


「そこそこ、だよ。大したことはなかった」


肩をすくめ、やはり天井を見つめたまま君は言った。いつも通りの、当たり障りの無い返答だった。

だから私は、いつも通りに返すんだ。


「そういう曖昧な君が、やっぱり好きだよ」


私は笑顔で。君も笑顔で。

なんと君の悪い告白なのだろう。

この繰り返す言葉と日常は、いつまで続くのだろう。


言葉はいつも通りだった。

けれども君は、いつもと違って何かを言うようだった。


「残念だ」


私の目をまっすぐに見た。


「君が好きだと言ってくれる限り、僕は生き続けてしまうよ」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ