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第2話:冷徹王太子の求人票 sideフェリクス

あとがきに大切なお知らせがあります!

【sideフェリクス】


 アルメリア王国の王宮。煌びやかで、それでいてひどく退屈な晩餐会の隅で、俺は「その時」を待っていた。

 俺、フェリクス・フォン・ノイシュタットがこの国に賓客として訪れたのは、単なる外交上の儀礼ではない。

 真の目的は、アルメリア王国の実質的な舵取りをしている「宝石」を見極めること。

 そして、あわよくばそれを我が国へと持ち帰ることだった。

 視線の先には、第一王子ジュリアン。彼は今夜も、腕の中でわざとらしく咳き込む「幼馴染」のフローラとやらにかかりきりだ。

 その背後で、冷めた瞳をして佇んでいる女性こそが、俺の狙い――アリシア・フォン・グレンヴィル公爵令嬢だった。


(……相変わらず、ひどい扱いだな)


 彼女がこの数年間、どれほどの公務を独りで抱え込み、あの無能な王子の尻拭いをしてきたか。俺の調査網はすべてを把握している。

 彼女の目は、華やかな社交界に身を置く令嬢のそれではない。かつて俺が戦地で見た、死線を越えた兵士の目……あるいは、絶望的な労働に魂を削られた者の目だ。

 彼女の立ち振る舞いには、プロフェッショナル特有の無駄のなさと、自己犠牲の精神が滲み出ていた。

 そして、その瞬間は訪れた。


「本日、この場をもちまして、私はジュリアン・ド・アルメリア王子との婚約を解消させていただきたく存じます」


 彼女の声は、会場の喧騒を切り裂くほどに澄んでいた。 驚いた。泣きつくでもなく、縋るでもない。彼女が口にしたのは「損益計算」や「コスト」といった、貴族の娘らしからぬ、けれど合理的で力強い言葉の数々だった。

 ジュリアンが「代わりはいくらでもいる」と吐き捨てた時、俺は危うく、手元のグラスを握りつぶすところだった。

 代わりなどいるはずがない。

 彼女こそが、この国の唯一の希望であったことに、あの愚か者は気づいていないのだ。

 だが、俺にとっては好都合だった。

 テラスへと逃げるように去った彼女の後を、俺は音もなく追った。 そこで見た光景を、俺は一生忘れないだろう。


「っしゃあああ! 婚約破棄完了!! 明日から自由だー!!」


 月光の下、彼女はあられもない格好で拳を突き上げ、歓喜の「ガッツポーズ」を決めていた。

  その姿は、あまりにも美しく、眩しかった。

  義務や搾取から解き放たれた魂が、これほどまでに輝くものだとは。

  彼女を我が国へ、いや、俺の隣へ迎え入れたいという欲求が、冷徹を装っていた俺の心の中で一気に燃え上がった。

 俺は影から足を踏み出し、彼女の驚く顔を真正面から捉えた。


「アリシア嬢、素晴らしい決断だった」


 彼女の指先に唇を落とした瞬間、心臓がかつてないほど激しく跳ねた。

 彼女は自分の能力を「事務処理」だの「引き継ぎ」だのと言って卑下するが、俺にはわかる。

 彼女の持つ知性と、逆境を跳ね返す強靭な精神。

 それは一国の王妃として、何より俺の生涯の伴侶として、この上なく価値のあるものだ。


「私の国に来ないか? 君のその能力を、正当に評価し、大切に育む場所を私が提供しよう」


 口では「雇用」や「待遇」のような言葉を並べたが、本音は違う。

 俺は彼女を、誰の手も届かない場所へ閉じ込めてしまいたい。

 あの無能な王子が二度と彼女の価値に気づいて追いかけてこないよう、俺の愛という名の檻で、徹底的に甘やかし、依存させたいのだ。

 「病弱な幼馴染を優先する夫」や「搾取する家族」といった不合理な存在から、彼女を完全に切り離し、俺だけを見つめさせたい。


「殿下、私は自由になりたいのですが」


 不安げに揺れる彼女の瞳。その不安さえも愛おしい。

  アリシア、君は勘違いをしている。

  俺が君に提示するのは、単なる「職場」ではない。

  一度足を踏み入れれば、二度と出ることのできない終身雇用だ。


「安心しろ。残業は……そうだな、夜に私と過ごす時間だけにしておこう」


 彼女の首筋に顔を寄せ、その香りを深く吸い込む。

 今更あの王子が「愛している」と泣きついてきても、もう遅い。

  君を最初に見出し、その魂の輝きを正当に評価したのは俺だ。 君を潰そうとした世界から、俺が奪い去ってやる。

 アリシア。君はもう、俺の手の中から逃げることはできない。

 これから君が綴る人生の全ページを、俺という男への「執着」で埋め尽くしてあげるから。

 覚悟しておけ、私の可愛い婚約者殿。


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