第1話:ホワイトな人生への退職願
あとがきに大切なお知らせがあります!
煌びやかなシャンデリアが輝く、王宮の晩餐会。 その中心で、私の婚約者である第一王子ジュリアンは、いつものように「彼女」を抱きかかえていました。
「ああ、フローラ! 大丈夫か? 顔色が悪い。すぐに別室で休ませないと……!」
ジュリアン様が必死な形相で介抱しているのは、彼の幼馴染であるフローラ様。彼女は「病弱」を自称し、ことあるごとにジュリアン様を呼び出します。
そしてジュリアン様もまた、私との約束をすべて放り出して、彼女のもとへと駆けつけるのです。
私はその様子を、壁際で冷めた目で見つめていました。 手元には、飲みかけのぬるくなったシャンパン。
(……ああ、これ。前世でも見た光景だわ)
私、アリシア・フォン・グレンヴィル公爵令嬢には前世の記憶があります。
かつては日本のブラック企業で、連日の徹夜と休日出勤、そして無能な上司の尻拭いに追われていた社畜でした。
当時の上司はよく言っていたものです。
「お前の代わりなんていくらでもいる」「会社のために尽くすのが当たり前だ」と。
そして今の状況はどうでしょう。 私は王太子の婚約者として、膨大な公務をこなし、ジュリアン様の失態を裏で根回しして消し、王家の威信を保つために身を粉にして働いてきました。
それこそ、かつての社畜時代を超えるような労働密度で。 それなのに、功績はすべてジュリアン様のものになり、当の本人は私に目もくれず幼馴染の看病に夢中。
(……これ、完全に「搾取」よね)
投資に対するリターンが絶望的に低い、超絶ブラック案件。 そう結論づけた瞬間、私の中で何かが「プツリ」と音を立てて切れました。
「ジュリアン様」
私は静かに、けれど通る声で彼に歩み寄りました。
「……なんだアリシア。今はフローラが大変なんだ。君とのダンスは後にしてくれ」
ジュリアン様は鬱陶しそうに私を睨みます。周囲の貴族たちが、憐れみの視線を私に投げかけました。 「また放置されている」「可愛げのない公爵令嬢」――そんな陰口が聞こえてきますが、今の私には心地よいBGMにすら聞こえません。
「いいえ。ダンスのお誘いではありません。本日、この場をもちまして、私はジュリアン・ド・アルメリア王子との婚約を解消させていただきたく存じます」
会場が静まり返りました。 ジュリアン様は耳を疑ったように目を見開きます。
「……は? 婚約解消? 何を言っているんだ。たかが幼馴染への嫉妬で見苦しいぞ」
「嫉妬、ではありません。純粋な『損益計算』の結果です。私はこれまで、あなたの婚約者という『役職』に対して多大なるコスト――つまり時間、労力、そして私財を投じてきました。しかし、経営者であるあなたからの報酬はゼロ。それどころか精神的苦痛という負債だけが積み上がっています」
私は一気にたたみかけました。社畜時代、理不尽な取引先に契約解除を突きつけたあの時のように。
「さらに言えば、そちらのフローラ様。先ほどから『胸が苦しい』と仰っていますが、脈拍も安定していますし、何よりコルセットの締めすぎによる貧血です。看病が必要なのは医者であって、王子であるあなたの仕事ではありません」
「なっ……! フローラを侮辱するのか!?」
「事実を述べているだけです。もう限界なんです。私、本日をもってこのブラックな婚約を退職……いえ、破棄させていただきます。どうぞ、その方と末永くお幸せに。私の代わりはいくらでもいるのでしょう?」
私は深々と一礼しました。 そして、あまりの衝撃に言葉を失っているジュリアン様と、勝ち誇った顔から一転して青ざめたフローラ様を背に、会場の出口へと歩き出しました。
一歩、会場の外へ出るたびに、身体が軽くなっていくのを感じます。 テラスに出た瞬間、私は誰もいないことを確認して、思い切り両腕を突き上げました。
「っしゃあああ! 退職(婚約破棄)完了!! 明日から有休……じゃなくて自由だー!!」
思わずガッツポーズ。前世でも成し遂げられなかった「自分からの決別」に、心からの爽快感が突き抜けます。
もう、王子の機嫌を伺う必要も、深夜まで及ぶ書類仕事も、嫌味な幼馴染の相手も必要ありません。 これからは辺境の領地で、のんびりとスローライフを満喫するのです。
「……面白いものを見せてもらった」
不意に、暗がりの柱の陰から低い声が響きました。
ビクリとして振り返ると、そこには一人の男が立っていました。 漆黒の礼装に身を包み、冷徹な美貌を月光にさらしているその姿。 間違いありません。
今夜の晩餐会に賓客として招かれていた隣国の王太子、フェリクス・フォン・ノイシュタット殿下です。
「あ……フェリクス殿下。お見苦しいところを……」
「いや、素晴らしい決断だった。あの愚か者のために、君のような有能な人材が磨り潰されるのを見るのは忍びないと思っていたからな」
彼は音もなく私に近づくと、私の手を取って、その指先に恭しく唇を落としました。
「アリシア・フォン・グレンヴィル。君のような『宝石』が自由になったというのなら――今度は私が、全力で口説かせてもらおう」
「……はい?」
彼の瞳には、これまでの「冷徹」という噂とは正反対の、熱を帯びた執着の色が宿っていました。
……ちょっと待ってください。 私は自由を求めて「退職」したんです。 次に待っているのが、隣国の超エリート王太子による「超過保護な溺愛」だなんて、そんな求人募集、聞いていませんよ!?
こうして、元社畜令嬢の「本当の戦い」が幕を開けたのです。
これから面白くなるので、ブクマをもらえると嬉しいです!




