09.救世のご神託
1時間ほど歩いたが、道中には朽ちた家屋や石碑がちらほらと見られるだけで、人の気配は全くない。
目の前には、ユナと名乗る正体不明のデルボキラ人が歩いている。彼女は警戒心が強いのか、あちこちを見回していた。
「黒聖山って、どんな山なの?」
灰色の森を淡々と歩く中、ウィリアムは憎き魔女のいる岩山について尋ねた。
「山頂付近が黒い岩々に覆われた山です。頂上には古い大樹があって、30年周期でそこに“神果”と呼ばれる特殊な果実が実るのです」
「しん、か?」
「はい。王族の方々が神果を口にされると、魔眼を行使できるようになります」
「じゃ、じゃあ、それが実ったら、魔眼を持つ人が新しく現れるってこと?」
思わずウィリアムは声を大きくした。だから、ソス王国では今年が魔女の生まれる不吉な年だと言われていたのだろう。もし魔女に子供がいるのなら、魔眼を持つ者がまた新たに誕生してしまうのだ。
「そう、ですね……その通りです。王家の第1子のみが魔眼を使えます」
少し言いよどみながら彼女は答えた。
「第1子? なんで?」
「この国を繁栄に導くために、デルボキラ王家の第1子は、神様から特別な心臓を授けられて生まれてくるのです。それによって魔眼の力を発動できます」
ユナは胸元に手を当てた。
王族の心臓には、魔力を生み出して司るという潜在的な能力があるらしい。神果が王族の体内に入れば、その能力が発動して恐ろしい魔眼が使えるようになる。
そのため、黒聖山は魔眼を持つ人間が誕生する聖地とされているようだ。
「ふーん。ユナさんは魔女に会ったこと、ある?」
「わたくしは……ただの旅人です。王族の方々にお会いできる身分ではありません」
ユナはそう主張するが、彼女が身にまとっている黒い外套からは高級感が漂っている。ただの旅人には見えない。
「あれほどの剣の腕前なのに? 実はすごい人なんじゃ?」
これから1週間も共に行動するのだから、彼女のことを最低限は知っておきたかった。他に選択肢がないので、彼女について行くつもりだが、見知らぬデルボキラ人を信用などできない。
「わたくしのことについてはお話しません。今はまだ……」
冷ややかな声で言って、彼女は前を歩き続ける。
「どうして?」
「事情があるのです。ですから、たとえ救世主様でもお話しするのが難しくて。どうか、ご理解ください」
後ろめたそうにユナは語った。
「そもそもオレは救世主じゃないけど」
「いいえ。貴方様は救世主様です。その指輪は神聖な代物なのです」
「どうしてオレがそんなものを? あり得ないよ。ずっと違う国に住んでたのに」
「わたくしも詳しくは存じ上げません。ただ、救世主様はソス王国の方角からお見えになるのです」
「ソスから? どうして?」
「『石の環を持つ黒髪の青年、ソスの地より来たらん』。魔女様の受けたご神託がそう予言していますから」
ウィリアムもその条件に当てはまっているが、きっと人違いだ。
だが、やはり疑念は消えない。異国から救世主が来るという断言が、どうも引っかかるのだ。
「何にしたって、オレは救世主じゃない。ただの人間だよ。デルボキラで生まれたけど、ソスの騎士に連れられてあの国の田舎にある砦で育ったんだ。今は……騎士見習いってとこかな」
救世主と呼ばれることに違和感を覚えざるを得ない。だから自分の出自を明確に伝えておきたかった。
それに、どういう人間か知ってもらえれば、彼女も心を開いてくれるのではないか。そういう意図もあって、ウィリアムは自己紹介したのだ。
「デルボキラで、お生まれに?」
前を歩くユナは立ち止まり、振り向いた。わずかに目を見張っている。
「うん。でも、両親の記憶はほとんどないんだ。だから今日この国に初めて訪れたようなもんだよ」
「そうですか……そうですよね。あの人は外国にいけないもの……」
ユナは再び前を向き、歩き出した。
「外国に行けないって、魔女、が?」
初耳だ。この前見た夢では、騎士たちを連れて故郷に進撃してきたが、魔女が異国の地に現れたという話はたしかに聞かない。
「お忘れください。これ以上、魔女様のことはお教えできません」
彼女はきっぱりと言って、先へ進む。
「えぇ、教えてよ。気になるから!」
ウィリアムは彼女の前に回りこみ、立ちふさがる。
魔女の弱点なら是非とも聞いておきたかった。まともに戦えばすぐに石にされてしまう。現状では目をつむって戦う以外に対抗手段がないのだ。
「お答えいたしかねます。ご理解ください」
「じゃ、他に話してくれることは?」
「申し訳ありませんが、しばらく静かに歩きましょう。長く会話する機会が滅多にないものですから、話し疲れてしまいました」
「旅人なのに?」
旅をしていたら、たくさんの出会いがあるはずだ。ウィリアムがまだ旅慣れていないが、きっとそうに違いない。
「わたくしは孤独な旅人なのです」
「その割には博識だね」
疑念の視線を向けると、彼女の身が一瞬だけぴくりと跳ねた。
「……この国の人々にとっては常識です」
ユナは少し口調を強め、ウィリアムの横を素通りする。
この自称旅人が何者かは全く不明だが、このまま問いつめ続けても、彼女の口から正体が明かされることはないだろう。
どうしたらユナが話す気になってくれるかを考えながら、ウィリアムは前を歩く小さな背についていった。




