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54.水路に潜むもの

 はしごを下りると、水路の横に人間ふたりが辛うじて通れるほどの狭い通路があった。通路は石造りとなっているが、湿り気があって滑りやすい。辺りには、濡れた岩石のような土臭さが蔓延(はびこ)っている。

 目の前には、カルニアの背があった。


「広い、ですね。誰もいないのに」


 歩を進めつつ、ウィリアムはつぶやく。


「この水路は城中に張り巡らされてる。城の全部の井戸に通じてんだ。出入り口もひとつやふたつじゃない」


 前を向いて歩きながら、カルニアは語った。


「城中って……どうして、そんなに?」


「貯水槽の水が城全体に行き渡るようにしてんだ。ここら辺は近くに川がないから、水源は貴重なんだよ」


 説明した後、カルニアは足早に歩き始めた。

 彼女の持つランタンがなければ、真っ暗闇で何も見えなかっただろう。かすかな明かりに照らされ、壁から欠け落ちた石ころやへばりつく苔が見える。

 道が一直線に伸びているので、帰りは困らない。だが、城のどのあたりを歩いているのか見当もつかなかった。


(ユナ、この地下のどこかにいるのかな?)


 進むたびに足取りが重くなる。不安に押しつぶされそうだ。

 物憂げな気分で足を進めていると、ぼんやりとした明かりが見えてきた。


「あれは……」


「ろうそくの光だ。誰かいやがる。ユナティアーナかもしれん」


 ひそめた声でカルニアは早口に言った。

 その燭台の光によって、水路をはさんだ反対側の通路が、ここからでも見える。道の曲がり角となっている箇所から光が漏れ出ているようだ。

 どうやら地下水路の壁の各所には燭台が取りつけられ、人の手によって明かりを灯せるらしい。つまり、向こうに何者かがいるかもしれない。


「ユナ! そこにいるの!?」


 とっさにウィリアムは叫ぶ。その声は石の壁に大きく反響した。


「いったいこんな場所で何してんだ! ユナティアーナ!」


 しかし、返事はない。

 どこからか落ちた水滴がポツンと音をたてた。

 徐々に不安が押し寄せる。


(ユナはあの向こうに……? 答えがないってことは、もしかしたら倒れてるのかも……)


 長らく沈黙が続く。悪い考えが次々と頭の中に沸き上がる。

 そうして光の方へ歩を進めていると、カルニアが唐突に足を止めた。危うく彼女の背にぶつかりそうになり、とっさに石の壁に手をつく。


「おっ、とっと……。どうしました?」


「見ろ、プレッツェル卿」


 カルニアがかざしたランタンによって浮かび上がったのは、石の壁を削るように乱雑に掘られた穴だった。人間ひとりが通れそうなほどの大きさであり、行き止まりは見えない。


「何これ……どこに繋がってるんですか? この穴」


「さあな。だが、1年前のあの暗殺者は、ここから入ってきやがったのかもしれん。あんたが言ってたみたいに、この穴が城の外と繋がってたら城内にこっそりと入れるってわけだ」


「ここからクリフォード殿下を殺したあの騎士が!?」


 もしこの穴が城壁の外側にまで繋がっているとすれば、掘るのに途轍もない時間がかかっているはずだ。


「違うといいがな。悔しいが、他にこんなとこに穴を掘る意味が思いつかん」


「それはたしかに……。だったら、ユナはこの先を進んだんじゃ?」


「さすがにそこまで考えなしじゃないと願いたいが、ないとは言い切れんな。だが、まずはあの明かりの向こうを確認するぞ」


「……分かりました。急ぎましょう」


 ――それは、ウィリアムがうなずいた瞬間に来た。

 何か大きな影がこちらに跳んできたのだ。

 重い音を立てて前方に着地する。


「何だっ!?」


 ウィリアムはびくりと体を跳ねさせた。驚きのあまり、態勢を崩して足を滑らせる。危うく水路に落ちそうになった。


何処(いずこ)より来られたのか?」


 聞き覚えのない声が、唐突に響いた。

 カルニアは黙ったまま剣の柄に手をかけていた。声の主は彼女も知らぬ人物であるらしい。

 おそらくこの人は、反対側の通路から跳躍してきたのだろう。


「そっちこそ、誰なんだよ!? どうして、ここにいるの?」


 ウィリアムは相手に叫び返した。

 しかし、それ以降の返答はなかった。淀んだ冷気に肌をなでられ、ぞくりと鳥肌が立つ。


「団長さん……どうします?」


「さっきの声には敵意を感じなかったか?」


「同感、です。隠れて何かしてるのかも」


「ユナティアーナに害を成す人間なら、容赦なく斬り捨ててやる」


 彼女の声からは静かな怒気を含んでいた。

 想像もしたくないが、ウィリアムも同じ心づもりだ。

 身構えていると、通路の前方から騎士らしき男が姿を現した。40代ほどの貫禄ある男だった。彫りの深い顔立ちが厳めしい。上半身には鎧をまとっている。

 ウィリアムも思わず剣を抜く。


「その方、女王陛下に仕える騎士とお見受けするが?」


「だったらなんだ? あたしは王国騎士団の教官長、メラニー・カルニアだ!」


「左様か。これは驚愕の至り。かの気高き剣豪殿とこのような場でお会いすることになろうとは……」


「そう言うお前は城で見たことない騎士だな。どこのどいつに仕えてやがる!?」


 今にも食いつかんばかりに、カルニアは相手に叫ぶ。


「……恐れながら、主君の名は明かせませぬ。ここで引き返せば、命までは取らぬと約束いたしましょう」


「引き返すだって? ふん、誰に向かって言ってやがる」


 半ば呆れたように、カルニアは一笑に付した。


「どこの誰だか知らないけど、教えてくれ! ユナは……女王陛下はそこにいるのか!?」


 ウィリアムは迫るように問いかけた。手に汗を握りながら相手の返答を待つ。

 不気味な間があってから曖昧な答えが返ってくる。


「いない、と申せば、信じてくれましょうか?」


 煮え切らない口ぶりが、全身に悪寒を感じさせる。


「あんた……何か知ってるんだな!? ユナをもし傷つけることがあったら、絶対に許さない!」


 カルニアの前に出て、ウィリアムは騎士の男を睨みつけた。

 ここは道幅の狭い通路だ。足下も不確かであり、久方ぶりの対戦にしては最悪の場と言える。だが、逃げるつもりは毛頭ない。

 体の震えを感じながら柄を握った。そのまま敵の下へ歩み寄る。

 しかし、後ろからカルニアに肩をつかまれた。


「待て、プレッツェル卿。あたしがやる。相手はなかなかの手練れだ」


 振り向くと、低い声でカルニアは言った。持っていたランタンを押しつけるように渡してくる。

 敵の異常さはウィリアムにも分かった。剣豪であるカルニアの武勇伝は国中に知れ渡っている。おそらくこの騎士も彼女の実力は理解しているはずだ。それでもなお臆した様子がないところを見るに、相手も腕に相応の自信があるのだろう。

 しかし、ウィリアムにも剣技の心得がある。ユナを助けるためのなら、危険などかえりみない。


「オレだって戦えます! ぜったいに足手まといにはなりません!」


「そうじゃない。憎たらしいことに、お前に死なれたらあの子がひどく悲しむんだ」


「ユナ、が?」


「だからプレッツェル卿、よく聞け。たとえ肉塊になったとしても助け出せ! さもないと、あたしが代わりにあんたをずたずたにしてやる!」


「け、けど――」


「あぁもう、うっとうしい! つべこべ言うな! あたしがやればすぐ終わるんだからさ!」


 カルニアはウィリアムを押しのけて前に出た。迷いなく騎士の下に近づく。


「……警告を申す。去らねば、命はありませぬぞ?」


 騎士はおごそかに低い声を発した。


「あたしも警告してやる。このあたしに剣を向けた奴は、ただじゃ済まない」


 相手の脅しに対して彼女が返したのは、毅然とした言葉だった。


「やむを得ぬ。であらば、手合わせ願おう!」


 騎士の男は剣を高く構え、その剣先をこちらに向けてきた。

 カルニアも剣を迅速にひき抜く。


「望むところだ!」


 狭い通路を彼女は駆けた。

 その勢いに押されて騎士の男は後退する。熾烈な仕合が始まり、すぐにふたりの姿は暗がりの先に見えなくなった。

 しかし、激しく剣のぶつかる音が聞こえる。何度も。

 まるでその音に催促されたかのように、自分のすべきことが思い起こされる。ウィリアムは気がはやりすぎていた。今、何よりも優先すべきことはユナの身の安全だ。


「健闘を、祈ります……!」


 反対側の通路へ向かって、勢いよく跳躍し、水路の上を横断する。少し体勢を崩しかけたが、無事に跳び移れた。

 明かりが見える曲がり角へ向かって、ウィリアムは走った。

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