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52.ユナティアーナの居場所

 長い廊下を駆けていると、両側の壁に木製の片開き扉が等間隔に並びはじめた。それらの扉のうち、ひとつが開いている。

 突如。その扉の奥から悲鳴が聞こえた。


「誰か! あぁ、誰か助けてください!」


 何ごとかと思い、ウィリアムとカルニアは急ぎ足に向かう。

 扉の前に立ち、その先の光景をのぞいた。

 部屋の真ん中に、先ほどの声の主と思われる初老の女性が、わなわなと身を震わせて座りこんでいた。寝室に行く前に会った侍女と同じく、飾り気のない長袖のドレスを着ていたため、おそらく彼女も侍女のひとりだ。

 カルニアの姿を見た途端、彼女はすがりつくように寄る。


「……あぁ、カルニア様! どうしましょう……! この子、呼びかけても意識がなくて……」


 彼女が指さしたその姿に気づき、ウィリアムは目を見張った。

 錯乱している初老の女性の後ろにもうひとり、部屋にいた。若い女性がうつ伏せに倒れていたのだ。


「意識が……?」


「おいおい……こいつはまずいぞ」


 カルニアの口から、か細い声が漏れた。その横顔からは血の気が失せつつある。


「だ、団長さん……?」


「こいつだ、プレッツェル卿」


「え?」


「こいつが、いつもユナティアーナの看病をしている侍女のオリビアだ……」


「こ、この人が!?」


 体中にしびれが走る。

 カルニアは倒れた侍女の下に近寄り、しゃがみこむ。


「……生きてはいる。だが、気を失ってる」


 彼女の首に手を当てたまま、カルニアは重々しく言った。


「とにかく早くベッドに!」


「ああ、だな……って、なんでこんなにずぶ濡れなんだ?」


 床に横たわった侍女を持ち上げようとして、カルニアは手を止めた。

 彼女の衣服には水分が染みこんでおり、濡れた長い髪が床と接して、乱雑に広がっていた。部屋の窓から差しこむ淡い光に照らされ、水気を帯びた部分が不気味にきらめく。


「分かりかねます……ここはオリビアの自室なのですが、どこかに外出してから帰ってきたようでして……」


 初老の侍女は取り乱しながら説明した。

 倒れたオリビアに目を向けると、その説明どおり、外で何かしていた痕跡があった。なぜか片足しか靴を履いておらず、スカートには1枚の赤い花びらがついている。ふくらはぎから足までを覆っている黒いタイツは、草や土で汚れていた。


「湿った土みたいな……石のような匂いがするな。雨なんか、今日は降ってないってのに」


 怪訝そうに言い、彼女は倒れた侍女を抱き上げた。部屋の中にあったベッドへ横たわらせ、毛布を被せる。

 オリビアの目元が赤く腫れた顔を見ていると、様々な疑念が湧きだした。いったいこの人に何が起きたのか。ユナと一緒にいたのか。何より、彼女がなぜ濡れているのかが引っかかる。


「オリビアさんは、水辺にでも行っていたんでしょうか?」


「この近くで水辺というと、中庭にある噴水しか思いつかんな。でも、たしかユナティアーナは今日、あそこには行ってないらしいが……」


 カルニアも、眠るオリビアの顔をじっと見ながら顎に手を当てている。


「こ、この者も今日は噴水の方へ訪れていないと思います。普段通り、陛下の寝室で看病をしていたはずでございます!」


 年配の侍女が、身を起こして矢継ぎ早に語る。


「だとしたら他に水のある場所で、こいつが行ったとしたらどこだ?」


「それは分かりかねます。ただ……」


「なんですか?」


 ウィリアムが問いかけると、年配の侍女は、一瞬だけ口をつぐんだ。先ほど会った侍女と同じく、見知らぬ人間の前で先を語るべきか逡巡しているのかもしれない。

 しかし、答えを待っているカルニアの様子を見て、侍女は言葉を続ける。


「……最近、陛下はしばしば昨年の暗殺事件で使われた侵入経路を捜索していたようなのです。それに、この者もよく同行しておりまして」


「なるほどな。こいつと一緒にどこかへ経路を探しに行ったかもしれんわけだ」


「はい。わたしめもそのように考えておりました。近頃、陛下が外出なさるのはそういった用事ばかりですから……」


 侍女は目を伏せて語った。


「経路、ですか。だとしたら、ユナ……陛下はどこに見当をつけて向かったんでしょうね……」


 ウィリアムも考えこむ。水があって外から侵入できそうな場所……すぐには思いつかなかった。


「湯浴みに行って濡れたか、汲み桶や井戸の水がかかっただけかもしれん。……あるいは噴水の下か」


「噴水の下ですか?」


「ああ。噴水の下には地下水路がある。そこに行っていた可能性もあるが……」


「地下に……? え、待ってください。だったら、ですよ? もしその水路のどこかが外に繋がっているとしたら!?」


 声を大きくして、ウィリアムはまくし立てる。


「外にだと?」


「陛下は暗殺者が入ってきた経路を探してます。地下から城内にもぐりこんだと考えたんじゃ? だから、陛下はこの人と一緒にそこへ行ったんですよ!」


「待て、待て。そんじゃあ、城に入り放題だろ。あたしは水路の構造に詳しくないが、地下水路への入り口は城内にしかないはずだ。んなのはあり得ない」


 カルニアは首を横に振った。


「でも、こまめに点検するってことはそこに何かあるんですよ」


「ただの地下水路にか? 別に水が枯渇してるわけでもないのに」


「し、しかし、カルニア様。1年ほど前、オリビアは地下水路に頻繁に出入りしておりましたよ? 恐らく陛下のご指示だと思われますが……」


 否定するのは早計と言わんばかりに、老侍女が声を震わせた。


「そういや、たしかにそんな話も聞いたな……」


「なら、なおさらですよ! 侵入した経路はないかもだけど、何か別の目的で陛下がそこへ行ったかもしれません。ちょっとでも可能性があるんですから団長さん、早くそこへ!」


 侵入経路が実在するかどうかは、今、重要ではない。もし経路を見つける目的でユナたちがその水路に向かったとしても、どこか侵入できる場所がないか確認しに行ったに過ぎないだろう。

 少しでも、ユナがそこにいる可能性があるのなら向かうべきだ。

 ウィリアムはそう言うが、額に手を当てていたカルニアも、老侍女も、黙りこんでいた。


「落ち着け、プレッツェル卿。まだ他に……」


 カルニアは頭をひねって再び考え始めた。


「他に心当たりがあるんですか? ないなら、とりあえず行ってみましょうよ! ここで考えてるだけじゃ答えは永遠に出ません!」


 もし本当にそのような場所にいるのなら、ユナの体調が悪化してしまう恐れもある。すぐにでも行動に移さなければならない。足を動かしながらでも頭を悩ますことはできる。


「があぁ! くそっ、悔しいがあんたの言う通りだ。分かった、ついて来い!」


 どこか割り切ったように叫んだ後、カルニアは勢いよく駆けだした。

 その急な行動に、老侍女は目を丸くしている。


「はい! 早くユナを見つけましょう!」


 ウィリアムも深くうなずき、彼女の背を追って走りだした。

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