50.3冊目
内乱が終わってからの1年間は、慌ただしい日が続きました。
ですが、毎日が清々しく、生き生きとしていました。国がどんどんいい方向に向かって行くのが爽快で、とっても充実した日々でした。
気がかりなのは、この国の領主となったウィリー様のことです。今、どうされているのでしょうか?
彼には、地方の小さな領地を治めるようお願いしましたが、王都から遠く離れていて会えません。不用意にわたくしたちが会ってしまえば、彼の正体が露見しかねないのです。手紙でのやり取りですらも、頻繁に行うのは危険でした。残念なことです……。
でも気になって仕方がありません。だから信頼できる方に頼んで様子を見に行かせました。
ウィリー様は領民たちのために様々な政策をなされました。彼の土地はみるみるうちに住みやすくなり、良き領主としてその地に住む方々から愛されていたのです。
彼が幸せそうに笑っていたとの報告を受けて、深い喜びに満たされました。
ですが、寂しくもあります。
ウィリー様は、かけがえのない大切な御方でした。わたくしを大きく変えてくれた方でもあります。そのことを、改めてしみじみと感じます。
その頃、ふと思い返して悔やむことがありました。それは黒聖山でウィリー様の想いを知った時のことです。あの時、彼の告白へのお返事を忘れていたのです。野心に燃えていた当時、そんなことも失念していました。
誰よりも愛していると、貴方様がわたくしを愛するよりもずっと強く貴方様を想っていると。底の知れないこの想いを口にしたら喜んでくださるでしょうか? ウィリー様の唇を強奪した罪深い女には、過ぎたことかもしれません。
でも、何度も笑いかけてくださったあの明るいお声が。一緒に旅した思い出が。
今になって、とても恋しくなりました。
内戦終結から2年が経過した頃、たびたび寝こむようになりました。多忙な政務による疲労のせいだと感じていましたが、どうやら奇妙な病にかかっているようです。
博識な司教様のお話によると、魔眼を持つ人の血を飲んだ際の症状と、一致しているらしいのです。
まず魔女様との激闘が思い浮かびました。魔女様の灰色の血を知らぬうちに浴びていたのではないでしょうか? しかし、確証はありません。
次に、黒聖山の洞穴でウィリー様にしてしまった、ふしだらな行為を思い出しました。
唇を重ねてしまったあの時、たしかに血の味が薄っすらとした記憶があります。この説には大いに納得感がありました。あれほどの微量な血であったなら、瞬時に石にならずに、これまで生きてこられたことも腑に落ちます。
確信しました。きっと、彼のわずかな血が体内に残っているのです。彼の血は、長い時間を得てわたくしの体を石に変えてしまうようです。魔眼が失われた今では、治す術もありません。
ウィリー様にご相談しようかとも思いましたが、優しい彼はきっとご自身を責められます。そうなるくらいなら、この病と共に生きていきましょう。
彼のことを想えば、痛みも苦しくありません! むしろ、痛みを感じるたびにウィリー様のことを思い出してしまい、そちらの方がよほど辛いことでした。今すぐにでもウィリー様のお顔を見たい。
それからは本当に苦しい毎日でした。
これまで同じ理想に向かって歩んできたクリフォード様が暗殺され、まるで奈落に突き落とされたような心持ちになりました。許しがたい、ことです。
国内が悲嘆と不安に暮れる中、しばらくぶりに吉報が入ってきます。クリフォード様を殺めた人物が、勇敢なウィリー様によって捕縛されたのです。その報を聞いて、身が少しだけ軽くなりました。さすがはウィリー様です! 感謝と敬意をこめて、正式な形で彼にお礼状をお送りしました。
ですが、まだ釈然としませんでした。どこからあの騎士が城内に侵入したのか。それが気になってなりません。
どのようにして城門での厳しい監査を逃れたのでしょう? あるいはお城の高くて厚い壁をよじのぼって警備の目をくぐり抜けてきたのでしょうか?
いずれにせよ、クリフォード様の命が奪われてしまったのは、城の警備を怠らせたわたくしに責任があります。
この国の中には、クリフォード様のご親族やわたくしの死を望む方もまだいるようでして、外出した際に何度か襲われかけました。『殺してやる、偽物の王族め!』といった彼らの罵りを聞くと、悔しい思いでいっぱいでした。
政務の方も依然として大忙しです。眠る暇もありません。
手足が灰色を帯び始めてきました。
しかし、まだ辛抱の時です。オリビアの協力もあって、病に有効な薬が手に入るかもしれません。侍女の中でも、特に彼女には負担をかけています。容体が悪くなってからは毎日、看病してくれているのです。本当に感謝しています、オリビア。いつもありがとう。
薬がこの容態を軽くして、早く彼女の苦労をなくせることを願うばかりです。
ご多忙であるお師匠様にも、心配をおかけしています。他の侍女の方々もいつも気にかけてくださり、ありがたいようで心苦しくもありました。
このような不甲斐ない女王になりたいわけではなかったのに。ままならない自分の体が嫌で嫌で仕方ありませんでした。
『お前が王になったとて、すぐに貴族連中の陰謀に巻き込まれて無様な死を遂げるだろう。力なき者は王になれぬ』
独りになると、魔女様のあざ笑う声が聞こえてきます。
あの方の偉大さを、今になって痛感しました。
気づけば、心の中で許されない力を求め始めていたのです。あんなに嫌っていた強大な魔眼の力。あの力が国を統治するのに役立つのは、自分に害を成す人々を押さえつけられるからなのでしょう。
わたくしも結局のところは君主に向いていなかったのかもしれません。
ですが、すべきことはまだ残っています。次の統治者にデルボキラの未来を託すまで自らの職務を全うすること、かの殺人犯がお城に侵入した経路を突き止めて事件の再発を防ぐこと。
あの日の陰惨な事件の真相を全て暴くことができれば、平和を強く願っていらっしゃったクリフォード様も、少しは報われることでしょう。
ですから最期の時まで、わたくしはデルボキラの女王としてあり続けます。
『魔眼なんかなくても、ユナは優しい女王様になれる。みんなから愛される王様になれる。それはオレが保証するよ!』
くじけそうになっても、彼が心の中でいつも励ましてくださるから。
『当然だよ! オレは何があっても君の味方だ』
どんなに辛いときでも、独りじゃない。会えなくても、わたくしの救世主様が、今もこの国にいらっしゃるから。
怖くはありません。誰かに易々と殺されるつもりもありません。5年前のように自ら命を絶とうとも思いません。
たとえ治す術が見つからなくても、王としての責務を最期まで果たします。
誰よりも愛しい人の血が、わたくしを眠らせてくれるまでは。




