49.2冊目
黒聖山の山頂に魔女様とウィリー様が向かったと聞き、急いで登りました。
頂上でウィリー様とは無事に再会できました。ですが、そこでウィリー様から真実を教えられます。
わたくしは王子である彼の代わりに過ぎないというのです。魔女様はわたくしを偽りの王女として、万が一のときのために育ててきただけなのです。そのようなこと、すぐに信じられるはずがありませんでした。
しかし、ウィリー様は、周りにあった石たちを意のままに操っていました。全身から血の気が引いていくのを感じました。初めて目にする魔眼の力が、まさか彼によるものになるだなんて……。
では、わたくしは誰の娘なのでしょうか? 信じていたもの全てが崩れ去り、何もかもが虚構のように思えてきました。自身の全てを否定されたかのような衝撃を受けたのです。
あまりにも愚かでした。自分が王族であると信じて疑わなかった過去を恥じずにはいられません。
何のために生まれたか、わたくしは何者なのか、これからどうなるのか。考えるだけで、ぞわぞわと体の内側がうごめくようでした。
あまりの衝撃に耐えられず、情けないことに気を失ってしまいました……。
その間、ありがたくもウィリー様が助けてくださったようでした。それだけでなく、体を休めるようにと気遣ってくださいます。ウィリー様のなんと慈悲深いことでしょう。ご自身も大変な目にあったばかりだというのに。
ただ絶望して頭を抱えるわたくしに対し、ウィリー様はいたって落ち着いておられました。
けれど、ご自身の外套を貸していただいているので、そのときのウィリー様はとても寒そうでした。
『平気だよ。何度も言ったじゃないか、体の丈夫さだけが取り柄だって。オレは普通の人間じゃないからね……』
ウィリー様はいつも他人のことばかり。こんな素性も分からない人間を気遣ってくださるのに、ご自身のことは全く大事になさらない。
放ってはおけませんでした。少しばかり勇気を出して、彼の元に近づき、ぴったりと身を寄せました。
すると、ウィリー様の隆々としたたくましいお体をありありと肌で感じられます。だから傍にいると、彼に守られているようで、ものすごく心が安らぎました。
それに、とても温かいのです。
焚火の炎よりもずっと明るいウィリー様がそばにいると、石のように冷たい心が、温められていく気がしました。
このまま彼に溶かされて消えてしまいたい。そうすれば、不安も恐怖も消えてなくなるのに。
次の日。
目を覚ますと、この上ない衝撃を受けました!
昨日、ウィリー様に話を聞かされた時よりも、大きな衝撃です!
まず、目の前には、ウィリー様の可愛らしい寝顔がありました。彼の整った濃い眉と、閉じた左の瞼から伸びるまつ毛が、間近に見えます……!
ずっと、眺めていたくなるような壮観でした。
そして。
わたくしの唇は、ウィリー様のふくよかで美麗な唇に……重なっていました。それだけでなく、ウィリー様に正面から抱き着くかのように眠っていたのです。
慌てて彼の下から離れました。幻覚かと思いましたが、恐ろしいことにしっかり現実でした。紛れもなく。
ユナティアーナ、貴方はなんてはしたないのですか!
多大なご恩を受けておきながら、彼にとんでもなく失礼なことをいたしました。恋人でもないのにこんな不埒なことは許されません。自分の行動が信じがたく、恐怖すら覚えました。もしこれが知られれば、ウィリー様に気持ち悪い女だと嫌われてしまうに違いありません……。
ああ、取り返しのつかないことをしてしまいました! 不安のせいで、どうかしてしまったのでしょうか?
それ以上は彼のそばにいるのが後ろめたくなり、すぐに洞穴の外に出ました。こっそりと、音を立てないように……。
外に出た後も、ウィリー様の体のぬくもりに名残惜しさを感じていました。まったく罪深いことです……。心臓はまだどきどきと脈打っていました。
けれど、その鼓動に耳を傾けていると、特別だと思っていたこの心臓が普通の人間のものであると実感させられました。
生まれたときから、わたくしは王の代わりとしての役目しか許されていなかったのです。その役目が終わってしまったら、いったい何を糧に生きていけばいいのでしょうか。考えてみても、すぐに答えは出ませんでした。
崖の向こうに立ったとき、ふと恐ろしい考えがよぎりました。ここから飛び降りれば、と。
でもそれは憚られました。
だって悔しいではないですか。この国をどうにかしたいのに、結局のところ、何もできなかった。それが悔しくてたまらないのです。
崖の先からお日様が上がっているのが見えます。これまで何度もお城の寝室の窓から見てきた光景です。場所が違えど、その眺めは変わりません。
わたくしが偽物の王族であっても、ウィリー様が魔眼を得ても、魔女様がいなくなっても、お日様だけは昇り、この王国を照らします。ときには雲に隠れている日もありますが、あのお日様がお顔を出すように、平穏な1日が毎日欠かさず訪れるとしたら、きっとそれは素晴らしいことでしょう。
それを実現させたくて、だから何かしたいと強く思いました。
魔眼がないわたくしには不可能ですが、ウィリー様であれば優しい国王様となり、王国を正しく導いてくれるはず。
『血統なんて大事じゃない。さっきだって君はオレに理想の王国を語ってくれた。夢を語ってくれた。その夢、叶えたいでしょ?』
ウィリー様は女王になるべきだと勧めてくれます。諦めるなと励ましてくれます。
けれど、彼の言葉を否定し続けました。わたくしを必要とする人なんていない、彼の代わりとして生きてきたわたくしに、できることなんてないと。卑屈になっていました。思い出すだけで情けない限りです……。
魔眼を持たない人間は、デルボキラの王になれない。昔、魔女様から何度も教えられたことでした。それが正しいと思ってきました。
そんな思いこみを、彼が吹き飛ばしてくださったのです。
『魔眼を持っているとか王族だとかは関係ない! いつもカッコよくて、一緒にいると心強いし勇気がもらえる。いつも真面目で頼りになるし、たまに見せる笑顔は誰よりも素敵だ。何より、誰に対しても心優しい君が……好きなんだ』
ウィリー様が……想いを告げてくださいました。
『オレはどんなユナでも好きだから。とにかく、君が愛されるべき存在であることはオレが保証する!』
わたくしを励ますための嘘なのかとも思いましたが、ウィリー様はそのような嘘をつきませんし、今の彼はいつにもまして真剣です。お顔は真っ赤になっていました。
嬉しい嬉しい、本当に嬉しいです。得体のしれないわたくしなどを、彼は愛してくださっている。受け止めきれないほどの喜びです。
膨大な勇気がみなぎってきます。ウィリー様のお言葉はまるで魔法のようです。ここまで彼に想ってもらって、諦めることなど出来ませんでした。
女王になる。そう固く誓いました。幸せに満ちたデルボキラを実現させるのです。
しかし決意を固めて間もなく、ご存命だった魔女様が現れました。
『お前のようなつまらぬ娘には、生み親も興が覚めたのであろう』
魔女様、わたくしの本当の出自を明かして殺そうとしてきます。
そのことがとても悲しく、怖くもなりました。わたくしは何の価値もない娘だったのです。
だけれど、その場に立っていられ、自分自身を見失わなかったのはウィリー様がそばにいたからです。
『違う! 君はいらなくなんかない! 森で会った商人、村にいた子、シェリック……たった数日の間にも、君に救われた人はたくさんいる! オレがその代表だ!』
彼と一緒にいれば、恐れることは何もありませんでした。役目も魔眼も必要ない。
王になる者として、ここで魔女様に屈するわけにはいかないのです。それに、傲慢かもしれませんが、わたくしの思い描くデルボキラの形を、魔女様に伝えたかったから……。
でも、ご本人にそれが伝わることはありませんでした。
激闘の末、魔女様は静かに息を引き取られました。最後までお互いに分かり合えなかったことをとても悔しく思いました。デルボキラを愛するこの気持ちは魔女様と同じはずなのに。
ですが、嘆いていてはいけません。宣言した通り、この国を明るい未来に導くのです。魔女様の統治は間違っていたと示しましょう。そう決意しました。
窮地を脱したとはいえ、ウィリー様のお体は満身創痍でした。特に魔眼だった右目に深い切り傷があります。倒れたまま動かれず、息をしていないご様子でした。
あの時は恐ろしくてたまりませんでした……。
彼ともう会えなくなるかと思うと、目から涙がこぼれてきました。いやだ。死んでほしくない。わたくしに多くのことを教えてくれた大切な人なのに。
麓にあった町まで急いで下り、真っ先に軍医様たちにウィリー様をお預けして手当をお任せしました。彼が目覚めることを願いながらも、自分のすべきことに向き合います。
王族を代表し、いくつかの重要なお話を公言しました。
理不尽に人々の命を奪った魔女様が、救世主様によって正統な裁きを受け、地に帰られたこと。不毛な争いを終えて、これからの国の在り方を見つめ直すべきであること。そのために、貴族軍の皆様と会談する場を設けるつもりであること。
最初に同意してくださったのは、お師匠様でした。『あたしはユナティアーナ王女殿下に従う!』と、ためらいもなく。その後、多くの騎士の方々が、お師匠様に続くように賛同してくださいました。
とてもありがたいことです。自信が高まり、あらためて覚悟を固めました。
さらに、お目覚めになられたウィリー様のお姿を見て、再び勇気をもらいます。彼のおかげで少しの恐れもなく会談に臨めたのです。
クリフォード様は賢明な御方でしたので、協議は円滑に進みました。深い歴史のある王家が崩れると、国がさらに不安定となるかもしれません。そのため、わたくしとクリフォード様の共同統治によって国を統治することに決めました。
重大な進歩です。デルボキラが幸福な国になるまでの大事な1歩目となるでしょう。
この1歩を踏み出せたのは、ウィリー様のおかげです。心より感謝しております、ウィリー様。




