46.失踪
道中の宿で一泊し、王都に着いた。
馬車の窓の外に目を向けると、そびえ立つ巨大な古城に視界が覆われる。ウィリアムの住む城の何十倍もの規模があり、壮大な外壁は漆黒に染まっている。重厚な石造りの外観には、嫌な威圧感を覚えた。
無数の尖塔が天に向かって伸びており、一番高い中央の主塔には、王家の紋章である黒い花の旗が立っていた。風にあおられて不気味にはためいている。
城門を潜り抜けて、馬車から降りる。
主殿の中に入ると、広大な空間が出迎えた。内壁は年月を経た石壁で構成されており、その広間をうすく照らす松明が、いたるところに据えられている。
正面には見上げるほど巨大な階段が堂々とそびえ、上の階へと続く。
城の玄関部であるここは天井も高く、人々のせわしない足音や話し声が辺りに反響していた。なぜか騒然としているようだ。
「何か、あったんでしょうかね?」
弱々しくウィリアムはつぶやいた。
カルニアからユナの現状を知らされてからは、頭が思うように働かない。今、王城にいる実感も湧かなかった。
「昨日まで定例の評議会と晩餐会あったんだ。どこかの浮かれた貴族連中が騒いでるのかもしれん」
カルニアは舌打ちをした。
定期的に開かれる評議会では、国の重大な議題について話し合うために、名高い貴族たちが集うのだ。その後、何人かは城で一夜を過ごして宴を楽しんでから、各々の領地に帰るらしい。
「ユナも……陛下も参加を?」
「いや、してない。本人は出るつもりだったが、あたしがさせなかった。今は自分の部屋にいる」
きっぱりとカルニアは言い切った。
その懸命な判断を聞いて、ウィリアムは静かな吐息をこぼす。体を休めることの方が、今のユナには大事だ。彼女は気負い過ぎる節があるから、止めてくれる人がいてよかった。
「じゃあ今からオレたちはそこに?」
「そうだ。あいつが寝てる寝室だ。変なことしたら命はないと思え」
「……分かってます」
長くて幅広い螺旋階段を上り、女王の寝室まで黙々と向かう。
赤黒い瀟洒な絨毯のしかれた廊下が果てしなく続いていて、両脇は石造りの壁が窮屈にあった。
城内の薄暗さに不安を抱きながら歩いていると、誰かが前方から速足に近づいてくる。
「カルニア様! 大変でございます!」
壁の左右に取りつけられた燭台の光によって、その姿が映し出された。
スカートを両手でつまんだ女性が、血相変えて近づいてくる。着ている質素なドレスからして、侍女だろう。顔が蒼ざめていた。
「いったい、なんだよ? こんなときに」
目の前に立ち止まった侍女を見ながら、カルニアは苛立たし気に両腕を組む。
何か悪いことが起こったと予感し、ウィリアムも身を固くする。
「陛下の、ことでして。ですが、ここでは少し……」
息を荒げていた彼女は、ウィリアムをちらりと見て、カルニアの方に視線を移動させる。
「ユナティ、アーナの……? なら早く言え! こいつは別に害のある奴じゃない。だから、この場で今すぐ言え!」
せき立てるようにカルニアは命じた。
「はい! そっ、その……陛下のお姿が、見られないのです」
「な、に?」
「寝室にお食事をお持ちしたのですが、陛下のお姿が――なかったのです」
「え、なかった……?」
ウィリアムは目を大きく開いた。体全体に悪寒が駆けまわる。
「なら、あいつはどうした? いつもユナティアーナのそばにいる侍女だよ」
問い詰めるようにカルニアは言う。
「オリビアですね……今はどこにいるのか不明です。ただ、あの者とは今朝方に会いました。それで、そのときに陛下が今日も寝室でずっと眠られていると言っておりましたので、てっきり……」
「だとしても気づくだろ!」
血相を変えたカルニアは侍女を怒鳴りつけた。
「ど、どうか落ち着いてくださいませ、カルニア様。今はまだ貴族の方々も城内にいらっしゃいます。もしこのことが知られれば、大ごとに……」
「……ちっ。そうだったな。だが、なんで誰も見張りをつけなかった? クリフォード殿下の件を忘れたのか?」
声量を下げ、カルニアは侍女に詰め寄る。
「護衛の者は何人も配置しておりました。しかし近頃は、陛下に数を減らすようにとご命令を受けたのでございます。自分の身は自分で守れると強く主張されて……」
下を向きながら侍女は、弱々しく言った。
「そう言われたからって本当に目を離すなよ。くっ……まったく強がりな女王様だ。ろくに酒も飲めない子どものくせに」
カルニアは唇を噛みしめた。
「ど、ど、どうするんですか!?」
ウィリアムは焦燥に駆られ、カルニアの両肩を揺する。
もしどこかで倒れていたりしたら、あるいはクリフォードを殺したあの男の仲間に、命を狙われたりしたら……。悪い想像がとめどなく膨らみ続ける。
「落ち着け! あたしらが取り乱してる場合じゃない!」
容赦なく突き飛ばされ、叱られた。
その怒声が、ウィリアムは我に返させてくれる。
彼女の言う通りだった。混乱したところで、何も解決はしない。
「そ、そうでした……! 団長さん、ユナの居場所に心当たりは?」
「分からん。そもそも、あいつが自らの意志で出て行ったのか、それとも誰かに、さらわれたか……」
「さ、さらわれたって……」
包み隠さない言葉がウィリアムの胸を強く打つ。
彼女は無事なのか。深刻な病を患っているというのに。
考えるだけで、体温が一気に奪われていくのを感じた。
「いずれにせよ、まだ城内にいるはずだ。この無駄に広い城の中にな」
うずたかい天井を仰ぎながら、カルニアは額を押さえた。
城内であれば、身を置ける場所はいくらでもある。
彼女がひとりになりたいと言ったのなら、すぐに戻ってくるはずだ。だから大丈夫だ。そう幾度も言い聞きかせるが、胸のざわめきは止まらない。
「歩いて城の外に出た可能性もあるんじゃ? 考えたくは、ないですけど」
ウィリアムは顎に手を当て、顔をしかめる。
「なら門番が気づく。城壁は簡単に敵が侵入しないように作られているから、よじ登って外に出るのも難しいだろう。いや、まさか魔眼の力を使って……」
その場で行ったり来たりをくり返し、カルニアはぶつぶつとつぶやく。
「陛下は魔眼を使ってません」
ウィリアムは重々しい口調で断言した。
しかし、同時に後悔した。ユナが魔眼を持ってないと知っているのは、ユナ本人とウィリアムだけだ。これでは怪しまれてしまう。
「なぜ言い切れるんだ?」
案の定、カルニアにまじまじと見られた。
どう言い訳すべきか必死に探る。
「それは……その……陛下はきっと魔眼を嫌ってます。だから余程のことがない限り、魔眼の力は使わないはずです」
「余程のことが起きたのかもしれないだろ? たしかに、あたしもあの子が眼帯を取ってるところなんて5年前から見たことないけどさ」
「余程のこと……ですか。けど、魔眼を使ってまで外に行く理由が思いつきません。まだ、城の中にいると思います」
「城内、か。ならそのうち見つかるだろうが……そういやユナティアーナはよく中庭を散歩してるな。おい、あんた。あそこも確認したのか?」
カルニアは蒼白な顔で立ち尽くす侍女に問いかけた。
「はい。陛下は中庭の庭園をたいへん気に入られておりますから。しかし、今日はあちらの方面には行かれていないようです」
「そうか……なら、やっぱり城の中か。けど手当たり次第に探すとなると時間がかかるし、悪目立ちしちまう」
彼女の言う通り、大勢での捜索は望ましくないだろう。可能な限り、ことを荒立てずに見つけ出したいが、状況次第ではそう言ってばかりもいられない。
拳を握りしめつつ、ウィリアムはカルニアに訊ねる。
「他に、陛下がいそうな場所はないんですか?」
「思いつかん。ここ最近、あの子は寝室にいることが多かったし。……そういや、寝室に不審なとこはなかったのか?」
カルニアは侍女に目を向けた。
「特に見当たりません。ただ、寝室の枕元に何かの本が置かれていました」
「本だって?」
「そうです。おそらく何か政治に関する重要な書物ではないかと」
「んなものを寝室に持ちこむわけが……ん? 今……本と言ったな?」
「はい。3冊ほど見受けられました。おそらく陛下が所有されている書物かと思います」
「……それは多分、あれだな。いや、待てよ? あれを読めば……そうだ。あれを読めば何か分かるかもしれん!」
何度かうなずいた後、カルニアは手を打った。
「え、あれって何ですか?」
「説明は後だ。ついて来い」
短く言った後、彼女は駆けだした。
唐突な行動に、ウィリアムは困惑する。
「いいから早く来い、プレッツェル卿! あいつの寝室に行くぞ!」
少し弾んだ声でカルニアは振り返り、ウィリアムを催促した。彼女は瞬時に前を向いて再び走りだす。その背は瞬く間に遠ざかっていく。
彼女が何を思い立ったのかは検討もつかないが、ユナに会えるのなら行く他ない。ウィリアムも絨毯を蹴り、全速力で彼女を追いかけた。




