44.1年後、突然の来訪者
クリフォードを暗殺したあの男は王都にある法廷で裁かれたそうだ。死刑判決が下された後は、火あぶりにされたと聞き及んでいる。
彼の死後は誰もが警戒を解いていた。王都の警備体制も緩和されたらしい。
だが、王城の中庭でクリフォードは殺されたのだ。あの男がどうやって堅牢な城の中に侵入したかは分からない。そのためか王城の警備だけは依然として厳しくなっている。
事件が収束してから、早くも1年が経った。
ウィリアムの治める領地では、変わらず平穏な日々が続いている。
「閣下!」
座ったまま窓の外を呆然とながめていると、リックが勢いよく扉を開けて執務室に入ってきた。
「ど、どうしたのリック? そんなに慌てて」
無意識のうちに、ウィリアムは椅子から立ち上がっていた。
「閣下にご来客っす!」
「え? 今日って、誰か来る予定だったっけ?」
「いえ、内密にここへ来られたみたいで……」
「内密に? どうして内密なんだよ?」
怪しい匂いを感じる。まさか暗殺者の類ではないか。真っ先にその可能性に思い当たったのは、救世主の命を狙う輩も少なくないと、1年前にスミスから忠告されたためだ。
「理由は分かりません。だから何度もお帰りいただくように言ってるんすが、閣下に会うまでは帰らないと聞かなくて」
「ふーん……分かった。とりあえず会ってみるよ」
席を立ちあがると、羽織物に袖を通し、剣を腰に携えた。一瞬でも気を緩めてはいけない。相手が何者であっても。
身構えて城門へ向うと、予想だにしなかった人間がいた。
「あ、あなたは……」
「突然の来訪を許せ。プレッツェル卿」
思わぬ来客は、軽く頭を下げた。
後ろ結びの短い髪をした女性だ。衣服の上には軽い胴当てと手甲を装備しており、ベルトには鞘がかけられていた。その声は低く沈み、心なしか微妙に震えて聞こえる。
ウィリアムの体が、自然と強張る。
「頭を上げてください、団長さん。あなたがオレにどうしても会いたいだなんて……いったい何があったんです?」
王国騎士団の元団長であるメラニー・カルニア。彼女もあの男と同じく、魔女に忠誠を誓っていた騎士だ。彼女も何か恨みがあって、ここに来た可能性が高い。
慎重に様子をうかがっていると、彼女は顔を上げた。
「至急、王都の城まで来てくれ」
重い口調には、有無を言わせない迫力があった。一見すると冷静な佇まいをしているが、何かに追われているような焦りが全身からにじみ出ている。5年前に会ったときの余裕は一切見られない。
「オレが? どうしてですか?」
「ユナティアーナ女王陛下に会ってほしい」
意表を突かれた。しばしの間、カルニアの言葉が耳元でこだましていた。
「陛下に……ユナに会う?」
それはなぜか? 本当に会えるのか? そう問う前に、彼女は口を開いた。
「ここじゃ、これ以上の詳しい話はできん。随伴の者も認められない」
直接は言葉にしないものの、即座に来いという圧力がひしひしと伝わってくる。
周囲を見渡しても護衛はいない。彼女の後ろにある古い馬車に御者がひとりだけ乗っているだけだ。内密に来たというのは本当なのだろう。
彼女の様子から、ただ事ではない何かが起こったと分かる。ユナの身に危険が起こったのかもしれない。そう考えただけで、居ても立ってもいられなくなった。
「……分かりました。行きましょう」
ウィリアムは深くうなずいた。
「閣下! せめて僕もお供させてください!」
リックが後ろから近づいてくる。
手を上げて、ウィリアムはそれを制した。
「ありがとう、リック。でもひとりで行くよ。そうじゃないと、いけないみたいだから」
「……おひとりでなんて危険っす! あの方は魔女の側近だったんすよ?」
緊迫した様子のリックは、ウィリアムの耳元でささやくように言った。
「分かってる。油断はしない」
まだ彼女の真意は計り知れない。だから一時も気を緩めるつもりはない。
「でも……」
リックはまだ不満げな顔をしていた。
「何と言われようと、オレは行くよ。陛下がオレを必要としているんだから」
「止めても、だめそうっすね」
決意を固めたウィリアムを見て、リックは大きなため息をつく。
「ごめん。申し訳ついでにあとひとつ頼みたい。オレがいない間、リックには領主の代理を引き受けてほしいんだ」
「それはもちろんっすけど……くれぐれも身の安全を1番に考えてください」
彼は真剣な眼差しを向けてくる。
心配性の彼は大げさに言うが、その忠告は胸に刻んでおかねばならない。切羽詰まったカルニアの様子を見るに、危険な事態は十分にあり得る。
「うん、約束する。ありがと、リック」
軽く彼の肩を叩いた後、カルニアに近づく。彼女は両腕を組んで馬車の前に立っており、じれったそうに足を踏み鳴らしていた。
息を吸って、ゆっくり吐いた。そして、まっすぐと彼女の目を見る。
「行きましょう、団長さん」




