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43.道に倒れ伏した人

 村での視察を終えたウィリアムたちは城への帰路についていた。空が夕焼けに染まり、道脇にある雑草や木々を茜色が照らす。

 辺りにちらほらと散在している爛石(らんせき)も、淡い光を帯び始めていた。デルボキラの一部地域で見られる希少な石だ。


「閣下、ひとつお聞きしたいんすが」


「んん? なんだい? リック」


 欠伸をしながら、ウィリアムは彼の顔に目を向けた。今日は長い1日だったように感じる。


「閣下の故郷、ソス王国ってどんなところっすか?」


 リックは遠慮がちに質問してきた。昼間、スミスにも訊かれたことだ。


「のどかな国だよ。美味しい木の実や果物がたくさんある」


「のどか、ですか。父から聞いた話とは真逆っすね」


 彼の父親はソスとの国境紛争にも参加したことがある。親が命を賭して戦った国に、あまり良い印象は持っていないのだろう。


「親父さんはなんて言ってたの?」


「殺伐とした国で、野蛮人の巣窟だと教えられました」


「……そう。ある意味では間違ってないのかもね」


「やっぱり、本当なんすか?」


「国は人みたいに色んな一面がある。醜いところもあれば、綺麗なところもある。ああいうのを見たら、一概には言えないよ」


 ウィリアムは、森の木々の合間に佇む四角い石碑を指さした。


「たしかに。ソスとの国境に近いこの辺りでは珍しくないっすから」


 4年前に歩いていたときにも何度か見た。あの石碑は紛争で戦死した一部の騎士たちの功績を顕彰するために立てられている。

 石碑だけではない。廃れた村里の残骸も何か所か残され、過去の戦を物語るものがいくつもあった。


「そうだね。だからいつか確かめてくるといい。この国とソスとの関係がよくなったらさ。結局のところ、自分の目で見たものが真実なんだ」


「はい、そうしてみたいっす。あの方も言っていたように、偏見は持ちたくありません」


「リックはオレよりも賢い。そんなことはしないよ」


「いえ、閣下には及ばないっす。さっきの集落でも村娘たちが閣下を大いにほめていたじゃないっすか。気配り上手で聡明な御方だって。僕も見習わないと」


 彼の横顔がどことなく不機嫌そうに見えたので、そっと顔色をうかがう。


「リック、もしかして嫉妬してる?」


「ち、違いますよ! 閣下に憧れてるんす」


「大丈夫、大丈夫。リックは今のままでいいよ。十分に気配り上手で聡明な人だ」


「いや、でも、僕は……」


「心配いらないって。リックはモテるから」


「だから、違いますって!」


「はいはい、分かった――」


 話していたところで、ウィリアムは口をつぐんで足を止める。

 リックも静止して剣の柄に手をかけた。


「閣下、誰かいます」


 ふいに身が硬くなる。

 道の真ん中に、何者かが、うつ伏せに倒れていた。フードに身を包んでいて髪は見えず、顔は地面に伏せられている。


「ど、どうしよう、早く助けないと!」


「そうっすね。呼びかけて、みるっす」


 重々しい小声で告げたリックと共に、そろりそろりと倒れている何者かに近づく。

 もう息絶えてしまったのではないか。悲観的な可能性が脳裏に浮かぶが、首を振ってすぐに打ち消す。


「もし。そこの方、どうされました?」


 リックが声をかけるも、返答はない。不安だ。気を失っているのかもしれない。

 考えたくもないがあるいは……。


「意識があったら身じろぎをお願いするっす」


 またもや返ってきたのは沈黙だった。最近ではほとんど見られないが、たまに放浪者が道端で餓死することもある。彼がそうではないのを願うばかりだった。

 さらに近づいたリックが、その人の肩に触れようとする。


 ――その時。


 目にも止まらない動きだった。

 倒れていたローブの何者かが瞬時に体を起こしたのだ。右手に隠し持っていた短剣を取り出した。それをリックの胸元へ迷うことなく持っていく。

 周囲の鳥が一斉に羽ばたいた。草木を揺らす音を立てて。


「リック!!」


 ウィリアムはのどが割れそうなほどの大声を上げた。

 だが、リックも騎士道の心得はある。迅速に鞘走(さやばし)り、剣を水平にして相手の短剣を受け止めた。


「ぐっ!」


 しかし、相手の勢いに押されて態勢を崩してしまう。

 剣を抜いてウィリアムも近づく。


「リックから離れろぉ!」


 ウィリアムは渾身の突きをローブの不審者に向けて繰り出した。

 不審者は瞬時に身を反らして躱す。その拍子に、頭を覆っていたローブが取れた。男の顔が露わとなる。

 彼は素早く後退し、ウィリアムを鋭い双眸で睨む。


「……お前がウィリアム・プレッツェルでありますな?」


 背筋が凍るように冷たく男は言った。頬に大きな切り傷があり、憤怒の形相をしている。どこかで見た覚えがあるが、思い出せない。


「だったら、なんだっていうんだ!」


「魔女様を殺した悪しき獣め! 眼帯で身分を隠そうとしても無意味であります。その命、この手で葬ってやりましょう!」


 ぎろりとこちらを睨み、男は懐からもうひとつの短剣を持って構える。

 口ぶりからして、彼は魔女の信仰者のようだ。


「オレのこと、知ってるの?」


「答える義理はない!」


 ふたつの小さな(やいば)が急接近する。

 ウィリアムはそれを避けつつ、相手の隙を窺う。素早い動きだ。


「やめなよ! オレを殺したところで、魔女は戻ってこない!」


「汚い口を閉じなさい! お前さえ! お前さえいなければ!」


 ひたすらに叫び、男はウィリアムに肉薄して短剣を振るう。

 その刃が届く前に、リックが後ろから男の右肩を目がけ、剣を叩き降ろした。肩を強打した男は、片手から短剣を落としてよろめく。

 その好機に、ウィリアムは男の手からもう1本の短剣を薙ぎ払った。その勢いによって男は後方に倒れ、しりもちをついた。


「はぁはぁ……何か、最後に言い残すことはあるっすか?」


 倒れた男の首筋に、リックは横から剣を突きつけながら問いかけた。

 それに対し、男は打たれた肩を押さえたまま、顔をそむけている。肩には、多量の血がにじみ出ていた。


「待って、リック! この人には聞かなくちゃならないことがある」


「そうでしたね……。おい、名前を言え! どうして僕らに襲いかかってきたんすか!?」


「名乗るほどの者では、ありません。4年前までは王国騎士団だった身であります」


 痛みに顔をゆがませ、男は言った。

 それを聞いて、ウィリアムは思い出した。彼とは、黒聖山の麓にある町で会っていた。カルニアのいる場所まで案内してくれた騎士だ。特徴的なつり目と頬の傷は、4年前と変わっていない。


「あのときの、人か。だからオレのことを知っていたんだ……」


「やっと、思い出しやがりましたか」


 つり目の騎士は舌打ちして、きつく睨んできた。


「王国騎士団の? でも、騎士様の身なりにはとても見えないっす」


 リックは眉をひそめた。

 彼のローブは薄汚れていて髪はぼさぼさだ。騎士というより、盗賊のようだった。


「こうなったのも、魔女様を殺したお前と新しい女王のせいであります! あの女王は、魔女様に臣従していたという理由だけで、我々を追い払ったのです!」


 男は拳を握りしめながら、怒鳴る。

 魔女の命令とはいえ、王国騎士団は内乱を鎮圧するために非道な行いをした。そのため、4年前に、彼らの多くは騎士団から除名されたのだ。

 だが、ユナの計らいによって、追い出した騎士たちには、貴族の私有軍や国防軍などの新しい配属先が与えられている。


「仕方ないよ。死刑にならなかっただけマシじゃないか」


「いいえ、その方が遥かによかった! 我らは魔女様に永久の忠誠を誓いました。卑しい貴族共にかしずくなど、もっての他であります! 自決した戦友も数多くいるのでありますぞ!?」


 男はかっと目を開いた。

 騎士は誇り高い生き物だ。己の矜持が許さなければ、自ら命を絶つことすらある。ウィリアムの故郷にも、敵の捕虜となれば速やかに自害するように教える騎士もいた。


「自決って……どうしてそこまでするんすか」


 半ば呆れかえった表情で、リックは男を見下ろす。


「我々には絶対の忠誠心があるのであります! 今もこの国が安泰なのは、魔女様が国を守ってきたからでありますから。それを忘れてのうのうと暮らしているお前たちなどに、生を受ける権利はない! クリフォードと同じように、この場で始末してやりましょう!」


「クリフォードさんと……? まさか君が……クリフォード殿下を!?」


 ウィリアムは顔をしかめた。


「ええ、殺してやりましたとも! 魔眼を持たぬ人間がこの国を統治するなんてばかげていますから!」


 男は頬を釣り上げて、あざ笑った。

 暗鬱とした感情が呼び覚まされる。まるで4年前に連れ戻されたかのようだ。彼の目の奥に、魔女の残像をとらえた気がした。


「なんてことを……あんたはまだそんなことを言って……。陛下とクリフォード殿下が統治し始めてから、この国はずっといい方向に向かってるのに!」


 両手を広げ、ウィリアムは男に訴えかけた。


「いい方向ですと? 笑わせてくれますね。こんな国は我々が生まれ、愛したデルボキラではありません! 今の女王……魔女様の娘は、戦を恐れる臆病者であります。デルボキラは、そのうち異国人共に滅ぼされるでしょう!」


「ユナが臆病者だって? 君の目は節穴だ」


「臆病者というより、ただの間抜けと呼んだ方がいいですね。実の母親を殺されたお前すら生かした能無しであります! あんな小娘、早く後継ぎを産んで死んでしまば――ぐっ」


 我慢ならなかった。

 ウィリアムは倒れた男の髪を鷲づかみにし、射抜くように見据える。


「それ以上の侮辱は許さない」


 辺りを震わすような低い声が、ウィリアムの口から発せられた。


「くっ、ははは! い、言い返せないのでありましょう!?」


 狂気じみた笑いを発して、男は睨み返してくるが、彼の体は小刻みに震えていた。


「オレは魔女を殺した男だ。ユナに危害を加えようとするなら、お前を殺すことだって厭わない」


 男をつかんだ手に力をこめる。そのまま握りつぶしてしまいそうなほどに。


「ぐっ……穢れています。お、お前の魂は穢れている! お前は救世主でも人間でもない、邪悪の化身であります! すぐに神罰が下る!」


 苦し気に眉を寄せ、男は叫ぶ。今にも噛みついてきそうな勢いだ。


「そうだね。否定はしないよ」


「それは違います、閣下! あなたは良き領主であり、領民たちはあなたを慕っているっす!」


 リックは激しく首を横に振った。


「ふっ……こいつのせいで魔女様の娘は毒されたのでありましょう。哀れで間抜けな女王陛下……」


 寝言のように、ぶつぶつと男はつぶやく。

 彼の耳障りな言葉に耐えかねて、ウィリアムは男の後ろ首を叩いた。

 力が抜けた男の体は、地面にばたりと倒れ伏した。気を失ったようだ。


「……ありがとう、リック。そう言ってもらえて嬉しいよ」


「閣下……」


「城から騎士たちを呼んできてくれる? この人は王都まで連れて行って、然るべき罰を与えなくちゃならない。神罰じゃなくて法に基づいた罰をね」


「……仰せのままに」


 敬礼を終えると、リックは城へ駆けていった。

 いつの間にか日はほとんど沈んでおり、辺りは暗闇に溶けこもうとしている最中だった。

 ウィリアムは気を失った男の顔に視線を向ける。


(……魔女が掲げてた正義を信じる人も、まだいるんだ)


 現在、魔女の遺体は、(ひつぎ)の中に入れられて王都にある大聖堂の地下に納められている。体中に数多の傷が残っているにも関わらず、表情に安らかな笑みを浮かべたまま魔女は事切れた。それが噂となって広まり、多くの人々の疑問を呼んでいるそうだ。


『愛する……息子よ……。どうか我が国を……!』


 魔女の最期の言葉が頭から離れない。あの人は息子が王位を継ぐと信じてこの世を去ったのだろう。この国の考え方によれば、その魂はデルボキラの地に還ったとされている。

 後悔はしていないし、むしろ正しいことをしたと今も信じている。だが、ウィリアムは英雄と呼ばれるほどの大層な人間ではない。


(そうだ。オレは魔女を……母を殺した。ただの人殺しだ。だけど……!)


 罪は決して拭えない。しかし、それでいいのだ。この国の平和をずっと守り続ける。それが、贖罪(しょくざい)になるはずだから。

 仄かに光る爛石たちに目を向けた。それらは黄土色の光を放ち、暗くなった森を包むように明かりを灯している。

 ひとつ拾って、手のひらに乗せた。普段は他の石と変わらず冷たいのに、光っている今はわずかな温度を感じる。

 認めたくはないが、それがまるで魔女の心のようだと思った。

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