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42.思いがけぬ再会

 ウィリアムとリックは子供たちとしばし戯れた後、村を去った。今日はもう1か所の領内の村を回る予定だ。

 その村までの道中には木々が多かった。日差しに照らされた灰色の葉が、まるで銀のような光沢を放つ。小動物が草を揺らす音や、鳥の鳴く声が辺りをにぎわせていた。

 道は砂利や土で舗装されている。4年前に旅した未開の森とは大違いだ。


「馬、使った方が早いんじゃないっすか?」


 後ろを歩くリックがふと提案してきた。


「だめだめ、最近は剣の素振りぐらいしか運動してないし。ちゃんと足は鍛えとかないと」


 それに、こうして歩くのは、村と村を繋ぐ道の通りやすさや、盗賊などの怪しい人間がいないかを確認する意味もある。


「それはそうっすけど……」


 リックは不満そうに口をとがらせていた。


「リック、4年前は黒聖山(こくせいざん)まで歩いて行こうとしてたのに。いつから、そんなに軟弱者になったの?」


「あのときは仕方なかったんす! 無我夢中で!」


「じゃ、今も無我夢中になって歩いてよ」


「何でっすか!? 僕は閣下の心配をしてるんすよ?」


「オレの心配?」


 ふり返ると共に、ウィリアムは額に眉を寄せながら尋ねた。


「閣下の予定は山積みっす。移動時間を短縮できれば、閣下のお暇が増えるじゃないっすか」


 案じるような口調でリックは答える。


「あっ、そういうことか。はは、心配してくれてありがとう。でも平気だよ、リック。オレ、この時間が好きなんだ。デルボキラの地を散歩するのがね」


 呪われた国だと昔から嫌っていた。

 だが、今では故郷と同じぐらい気に入っている。無機質な国に少しずつ活気が宿るのを見ると、胸の奥が温もるのだ。まるで温かい手に触れられた石が、そっと熱を帯びていくように。

 いつの間にか散歩は日々の楽しみになっていた。清涼な空気を肌で感じながら、自然の音色に耳を傾けるのが心地よい。


「でも、君の負担を増やしているのは悪いと思ってる。次行くときからはひとりで行くから、今日は付き合って」


「そういうことなら、今後もお供させていただくっすよ。僕もお城の中にずっといると、息が詰まるっすから」


「はは、違いない。なら次も……おっと」


 歩いていると、前方から馬車が走ってきたので、道の端に移動した。

 車体の前部にはふたり乗っている。

 すれ違った瞬間、乗っていた一方の人物と視線が合わさった。見覚えのある顔だった。

 その人物は勢いよく手綱を後ろに引いた。馬がいななき声を上げ、馬車は減速していき、静かに止まる。

 馬車からひとりの男が降り立ち、こちらに歩み寄ってきた。


「ウィリー、か?」


 目と耳を疑った。懐かしい姿と声だ。

 かつては兄のように慕っていた仲間であり、騙して傷つけた人物であった。


「ザン先輩?」


「閣下、お知り合いですか?」


 リックが強張った声で訊いてきた。


「うん、まあね」


 息を詰まらせながらウィリアムは答える。まだ現実味が湧かない。彼と会うのは故郷の砦を追い出されて以来だ。まさかこの国で再会するとは夢にも思わなかった。


「生きて、いたんだね。その目はどうした?」


 彼はウィリアムの眼帯に覆われた右目を指さした。


「これは……転んで岩にぶつけてしまって」


「そうか」


 ザンは小さく言った。かつての怒りはうかがえない。ただ、ウィリアムと同じく、衝撃を受けている様子だ。


「ザン先輩、いったいこの国で何を?」


「仕えている領主様からのご依頼だ。彼のご友人である行商人の護衛任務についているのさ。けど、まさかこうした形でデルボキラに来ることになるとはね」


 彼は微笑した。

 馬車から降りたもうひとりの男が、ザンの後ろに立っており、軽く頭を下げていた。

 国交のないソスからデルボキラに入るには、他の国を経由しなければならない。彼らもそうして入国したのだろう。


「そう、でしたか……」


「ウィリーの方は?」


「オレは……色々とあって、この土地の領主をやらせてもらってます」


「りょ、領主だって? いったい、何をどうしたらそうなるんだ?」


 ザンは目を見開いた。混乱するのも無理ない。今の地位があるのは、奇跡のようなものだ。


「閣下は偉大な御方です。ゆくゆくは大貴族にまで昇りつめるでしょう」


 得意げにリックは胸を張った。

 ほめてくれるのは嬉しいが、それに値する領域にはまだ達していない。今は身分の低い貴族だし、昇進する予定もなかった。


「そう、か。本当に領主になったんだな。いや、失礼。ウィリアム殿とお呼びするべきですね」


「いえいえ、そんな! 昔のままでいいですよ。敬われるのは落ち着かなくて」


「ふ、そうだったのか。だが、ウィリーには驚かされるばかりだね」


 ザンは微笑を漏らした。

 彼はウィリアムがデルボキラで生まれたと知っている。いや、知られてしまったのだ。

 彼の顔をじっと見つめるうちに、憎悪と悲壮に歪められたあの夜の表情が、記憶によみがえってくる。それは重苦しい圧迫に変わり、心にのしかかった。


「ザン先輩……」


「ん? どうした? ボクの顔に何かついているか?」


 凝視し続けていると、彼は不思議そうに自分の顔に触れた。

 4年も経ったから既に忘れたのかもしれない。けれども、彼を目の前にすると、良心の痛みに抗えなかった。謝罪の言葉が自然とついて出る。


「……すみません。何度謝ったところで許されないって分かってるけど、昔からずっと騙してて、先輩の厚意に裏切るようなことをして!」


 拳が力なく震えてきた。

 父をデルボキラとの紛争で失った彼は、この国に住む人々を強く憎んでいる。

 だから、ウィリアムはずっと隠したままでいた、自分がこの国から来た人間であると。

 勇気を出して早く明かしていれば何かが変わっていただろうか。いや、いまさら考えても遅い。

 ウィリアムがうつむいていると、ザンは穏やかに口を開く。


「もう、そのことはいいさ。むしろボクの方が謝るべきだ。今じゃ、あの日を後悔している」


「後悔? どうして先輩が?」


「仲間をいたぶるなんて、あの日のボクはどうかしていた。後になって自分のしたことが怖くてたまらなくなったよ……。すまなかった、ウィリー」


 深く深く、その頭は下げられた。


「ちょ、やめてくださいよ! 先輩たちからしたら怒るのも当然です。悪いのは全部オレ、なんですから」


「いや、あの頃は考えが足りなかった。今日この近くの村を寄ったんだが、親切に接待してくれて、デルボキラのことを色々と教えてもらった。故郷にいる人たちと変わらない、いやそれ以上に優しい人たちだった」


 4年前にこの国の温かい部分に触れたとき、ウィリアムも似た感想を持った。だからこそ彼の心境は分かる。


「そうですね。ソス王国と同じように、凶悪な輩もいれば、心優しい人々もたくさんいますから」


 呆然とこちらを見守っているリックに、ウィリアムは目をやった。


「まったくさ。生まれ変わったと噂のこの国に来て、やっと自分の偏見に気づいたよ」


「魔女がいなくなって、デルボキラは変わったんです。日に日に豊かになってます」


「だそうだね。けど、正直なところ、まだこの国が怖くて……憎くもある。簡単には好感が持てない」


 ザンは肩をすくめた。


「そう、ですよね」


「だからこそ、しっかりとこの目で国を見て回るつもりさ。ソスの脅威となる国か、それとも手を取り合うべき国なのか。知りたいんだ」


「後者に当てはまれるように、オレも貴族の端くれとして頑張ります」


「はは、あの小さかったウィリーが立派になったもんだね。師匠もお喜びになるだろうさ」


 彼は満足げに笑った。


「そうですか? でも、オレなんてまだまだひよっこですよ」


「いやいや、ずいぶんと謙虚にもなったみたいだ。……それじゃあ、お達者で。ウィリー」


 こちらに背を向けて、ザンは軽く片手上げた。

 彼は悠々と馬車の方へ歩き出す。


「はい。先輩こそ、お元気で!」


 ウィリアムも、去っていく彼に向けて大きく手を振った。

 馬車の前座に上ったザンは再び手綱を握り、馬を駆けさせる。

 段々と遠ざかる馬車に向かって、ウィリアムは両手で口元を囲み、叫んだ。


「いつかまた手合わせしましょう、ザン先輩!」


「もちろん! 望むところさ!」


 彼の返答を聞いて、懐かしさに胸が熱くなった。

 互いの環境や立場が変わっても、永劫に失われない何かがある。その確かさがとても貴重に思えた。

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