41.救世主がもたらしたもの
スミスを見送った後は城を出た。
視察のため、リックと一緒に領内の集落を訪れる。木造の家々が立ち並んでいた。あちこちから子供たちの笑い声や家畜の鳴き声が聞こえてくる。
うららかな陽気が、寒い季節の終わりを示している。田畑にいる農民たちはもう鍬入れを始めていた。
ウィリアムを見るなり、農民たちは慌てた様子で頭を下げた。
「かしこまらなくて、大丈夫ですよ。構わずお仕事を続けてください」
ほほ笑みながら、ウィリアムは農民たちに会釈した。他人から恭しく接されることには、まだ慣れない。
青空の下に続く土の道を歩いていると、リックが足を止めた。彼の視線の先には、杖で身を支えている細身の男が、ひとりの男の子に畑仕事を教える光景があった。おそらく親子だろう。
リックは彼らの姿を、黙ったままじっと眺めている。
「何だか昔を思い出して懐かしいっす。僕も父に狩りをよく教わって……」
「リック……」
彼の父親は魔眼によって石になっていた。彼の父親を救う約束は果たせなかったのだ。必ず助けると豪語した過去の自分が情けない。
右目の眼帯にそっと触れた。周りにはただの古傷だと偽っている。
この奥にあるものは今でも開かない。これからも開くことはないだろう。
「あ、また僕ったらすみません、閣下。どうか気にしないでください。僕、石になるまで戦った父を誇らしく思っているっすから」
リックは眉尻を下げて小さく笑った。
だが、彼は父親を敬愛していた。今でもときどき隠れて泣いている。
それを知るウィリアムには、彼の笑顔の裏にある心の傷が透けて見えるようだった。
「でも、オレは約束を破った」
約束を守れなかった男に、彼を臣下とする資格はあるのだろうか。リックの方は4年前に言った通り、無事に帰って成長し、こうして今、となりにいるのに。
「いいんす。あなたがいなければ、あんな風に彼らが笑いあっている姿も見られなかったでしょう」
指さす方に目を向けると、親子が楽しそうに農作業をしていた。
「今の僕らのすべきことは、あの人たちの暮らしを守ること。そうっすよね?」
真剣な表情でリックはまっすぐと目を向けてくる。この上なく前向きな目だった。
「リック……そうだね。全く、君の言う通りだ」
深く同意を示した。
リックのように4年前の内乱で家族を亡くした人、友人や恋人を亡くした人はたくさんいる。悲しいことに、故人を追って自ら命を絶った人もいると聞く。そのような悲劇的な別れは、くり返させない。必ずだ。
唇を噛みしめていると、10歳前後の子供たちが駆けよってきた。
「領主様とリック様だ!」
あっという間に、ウィリアムたちは囲まれた。先ほどまで草むしりや荷物運びをしていたのに、子供たちは元気よく飛び跳ねている。体力があり余っているようだ。
彼らが楽しそうに遊ぶ姿には、いつも心を癒されていた。
「領主様! 遊びにきてくれたんですか!?」
彼らは目を輝かせてウィリアムを見上げた。
「遊びじゃなくてお仕事だよ。みんなが不便なく元気に暮らせているか確認しにきたんだ。お、クレイ。少し見ない間にすごく背が伸びたね。ジェシカはなんか雰囲気か大人びた気がする。わっ、ジンジャー、また泥遊びしていたのかい? 顔が汚れてるよ……」
ウィリアムはひとりひとりに話かける。子供は大人よりも顔と名を覚えるのが簡単だ。誰もが個性的でよく喋ってくれるからだろう。
彼らの相手をしていると、あっという間に時間が過ぎていった。
「ねぇねぇ、領主様! 聞きたいことがあるんです!」
小さな女の子が、ウィリアムの脚にしがみついてくる。
「ん? 何かな、アンナ? 言ってごらん」
彼女の頭に、ウィリアムはそっと手を置いた。
「今年のお祭はいつですか?」
祈願祭のことだ。作物がたくさん取れるように祈る祭だった。年に1度だけ行われる行事であり、夜にはご馳走が振舞われる。子どもたちはその日を待ちわびているようだ。
改めて思うと、地方の村でもお祭りを開けるほどに、この王国は豊かになったのだ。ありがたさをしみじみと感じる。
「そうだなぁ……教会の司祭さんとお話して決めるよ。来月になるかな」
政治に宗教が密接に絡むことはなくなったが、依然として黒聖山に守護神が眠っていると大勢が信じている。黒聖山に向かって祈る人は今も多い。
「楽しみ!」「ご馳走、いっぱい食べれるかな?」「待てないよ!」
子供たちは口々にはしゃぐ。
空を見上げると、雲がゆったりと流れている。日差しは家屋や道を明るくさせていた。




