40.消えない禍根
翌日の午後は、来客との会食が予定されていた。
来客の名はチャーリー・セントリック・スミス……クリフォードの右腕として、反乱軍の中核にいた男だ。
今は広大な領土を統治下に置くだけでなく、王国の軍務の中枢を担う大貴族となっていた。人脈の広さで知られ、聖職者に、商人、薬師など多様な人々とつながりがあると言われている。
華やかな分厚いコートを着た彼を城門の前で出迎え、広々とした応接間へ案内する。何か大事な要件があるために、他の者には話を聞かれたくないらしく、リックや城にいる人たちには席を外してもらった。
「ようこそ、スミス公爵!」
「いやはや、久しぶりですな、プレッツェル卿。突然の訪問ですまない」
天井から吊り下がるシャンデリアが彼の顔を浮かび上がらせた。年相応のしわが見られるものの、鼻筋がすっきりと通っており、琥珀色の細い目には意志の炎を感じさせられる。
「いえいえ、こちらこそご足労いただいてすみません」
「気にしないでくれたまえ。貴公の治めるこの地に1度、来てみたくてね」
「ありがとうございます。スミス公爵とお食事をご一緒できるなんて光栄です! どうぞ、おかけください!」
挨拶を終えた後は対面に座り、それぞれ食事に手をつける。木製の机の上には、豪勢な肉料理や色彩豊かな果物などが並んでいる。城の料理人が腕を振るって作ったご馳走だ。
とはいえ、大貴族である彼にとっては、そこまで珍しくないのかもしれない。
「やはり、国産の牛肉は極上だね。最近では、町民も食べれるほど身近なものになったようだ」
「国が豊かになったおかげですよ」
「全くだね。しかし、まだまだ地方の村の生活水準は低い。早急に対処しなければならないだろう」
「はい、スミス閣下!」
スミスの言う通り現状に満足するだけでは足りない。よりよくする必要がある。その希求の精神を欠いてはいけないのだ。ウィリアムも彼を見習わなくては。
「して、最近のこの辺りはどうですかな?」
肉の料理をナイフで切りながら、スミスは言った。石の壁に囲まれている応接間では声がよく響く。
「風車を増やしたり、田んぼや畑を広げたりしたおかげで、農業は安定してできてます。荒事も滅多に起きなくなりました」
「さすがは、プレッツェル卿。ご立派に領主のお役目を務められているご様子だ」
「まだまだ、いたらない点ばっかですけどね」
「謙遜する必要はありませんぞ? ……おっと、ところでこの丸い果物は何かね?」
スミスは乗せられた赤い果実に目を細めた。この国では希少な品だ。
「最近ではソスの方から行商人がよく来ます。これらの果物はあの国の名物なんです!」
ウィリアムが育ったソス王国は、果実や木の実が美味しいと評判であり、ウィリアムも久しぶりに口に入れて、口内に甘味が広がる心地よさに感動した。
デルボキラとソスは今も休戦状態だが、直接の国交はない。だが、あの国から来た旅人や放浪者をたびたび見かける。ソス王国との国境からの入国は禁じられているため、彼らは別の国を経由して訪れるのだ。
「ほぅ。近頃は外国から色んなものが入ってきますな。しかし、私はあの下劣な野蛮人共の国が嫌いでね」
スミスは声を低くした。表情からは笑みが消えている。
忽然と広間の空気が張りつめ、ウィリアムは思わずフォークとナイフを置いた。
「下劣な、野蛮人?」
「ソス人は品の欠片もない奴らだ。貴公も耳にしたことはあるだろう? 武器を持たぬ者であろうと、子供だろうと、問答無用で殺す冷酷な連中だとね」
「……そう、ですね」
否定はできなかった。
ソスの国民は、デルボキラに住む人間たちを滅ぼすべき人種として認識しているのだ。かつてのウィリアムのそのうちのひとりだった。
「プレッツェル卿、私はソス王国から来た君が連中の同類だとは思いたくはない。救世主たる君は、この国を救ってくれたし、私自身も窮地を救われたからね。だが、デルボキラの貴族として、ひとつ問いかけねばならない」
スミスは小さく息を吸いこんだ。
「今の君はデルボキラ人かね? それともソス人かね?」
値踏みするかのように、スミスがじっと見つめてくる。その眼は獣のように鋭い。
答えを間違えれば、ただでは済まない。一触即発の雰囲気だった。
「オレは元々、ソスの砦で育ちました。でも、今は……陛下からこの国の領主っていう重大な役目を任せてもらってるんです。その責務を何より優先すべきだって考えてます」
「ほぉ。ならば、もしソスの野蛮人共が資源を求めて、再び攻め入って来ても、私たちと共に剣を持って立ち上がる勇気はあるかね?」
かつてのソス王国は、侵攻してきたデルボキラの軍勢を押し返し、逆に領土を侵そうとした。それは、おそらく、この国にある豊富な鉱山資源を手に入れたかったからだろう。あの国は鉱物などの枯渇に悩まされているのだ。
だが、その戦いによって、両国共に多大な犠牲が出た。2度と起きてはならない惨事だ。
「もちろんです。そのときはこの国を守るため……ソス人もふくめて戦争で命を落とす人が出ないよう、全力を注ぎます」
「そうか。いやはや、それを聞けて安心したよ。けれど、国産のものだけ頂こうか。せっかく振舞ってもらったのに申し訳ないね」
スミスは果実を乗せた食器を、自身から遠ざけた。
デルボキラ人にとってソスは敵国であり、休戦から20年以上が経った今でも彼のように嫌悪している人が多い。両国の溝の深さを実感させられ、胸が痛む。
「すみません……スミス公爵を不快にさせるつもりは……」
「いやいや、君が気にすることじゃない。しかし、ソス王国は近頃、目覚しい発展を遂げていると耳にした。君はあの国についてどこまで知っているのかね?」
「オレは砦からほぼ出ず育ちましたから……お役に立てる情報はないですよ」
果実や木の実が名産であり、周辺国との交易も盛んな王国である。国民全体の幸福を重視する温厚な王様が統治している国だ。今にして思えば、10年以上も過ごしたあの国をほとんど知らなかった。
「それは残念だ。しかし、今度あの国と戦争になれば我が国も大きな打撃を受けるだろう。その際にはプレッツェル卿、4年前の時のような勇姿を再び見せてほしいね」
「この命にかけて国を守ります。今のデルボキラ王国は、女王陛下とクリフォード殿下が作り変えた最高の国ですから」
「ふむ、その通りだ。でも、本当に……惜しい男を亡くしてしまった。最後に彼に会ったのはもう半年も前か」
スミスは目を伏せた。クリフォードと彼はよく酒を飲み交わす間柄だと聞いている。悲しむのも無理はない。
「スミス公爵は王都のお城に行かれたんですか?」
「ああ。評議会があってね」
評議会とは、定例の会議のことだ。王族と一部の大貴族、各町村の平民の代表が集って開かれる、国の重要な議題を話し合う場だった。ユナが統治を始めてから始まった仕組みだ。
「陛下とも半年ほど前に、暗殺事件の対処について対面で話し合いまして。ただ、そのときはやはりお顔の色が芳しくなく、心中も穏やかではなかったでしょうな」
「はい、そうだと思います。陛下ですら想像しなかったはずですよ。まさか、こんなことになるなんて……」
短い間しか言葉を交わしたことはないが、立派な志を持つ人だった。
4年前は彼らと共に戦わずに別れてしまったから、いつかその謝罪とこの国を変えてくれた感謝を伝えたかった。だが、もう叶わぬ願いだ。
ウィリアムはやわらかいパンを口に入れ、強く噛む。
「だね。私も完全に油断していた。デルボキラの現状や王族に不満を持つ者の仕業のやもしれない。クリフォード家の家系である貴族たちも暗殺未遂に見舞われたようですからな」
4年前からの目覚しいデルボキラの発展を目にし、多くの人間がかつての王家による圧政は間違いだったと気付いた。
しかし、王家をいまだに信仰する人間は少なからず、いる。今のこの国の何かを不服に思う人物が、暗殺を企てたとしたら……?
「十分ありそうな話ですね。オレたちも気をつけないと」
「ええ。特に、貴公は魔女に制裁を下した英雄だ。くれぐれも警戒なさられよ」
救世主の話は、スミスも知っている。4年前、彼とは黒聖山に行く途中で会っていたため、隠し通すのは難しいとユナは判断した。だから彼女が真実を教えたのだ。
ウィリアムが魔女を殺した救世主であると知るのは、クリフォードやシェリックなどの一部の人間に限られている。公では、救世主の正体は伏せられ、神格化されていた。魔女に神罰を与えて地に還ったと、大半の人が信じている。
だが、未だに魔女を崇拝する者たちからは、極悪人として恨まれていた。
「もし襲ってきても返り討ちにしてやりますよ! とっ捕まえて、クリフォード殿下の墓前で何万回と土下座させます!」
「さすがは救世主様、勇ましい。しかし、本当にお気をつけなされ。私は犯人が王国騎士団の中にいると踏んでいましてね」
スミスの目が鋭く光る。
「王国騎士団ですか?」
「そうです。特に、元王国騎士団長のメラニー・カルニア。彼女は魔女に長年仕えていた身ですから、我々を相当恨んでいることでしょう」
カルニアはユナに剣を教えた人でもあり、デルボキラで最も強靭な騎士として今も英雄視されている。
王国騎士団が是正された後、彼女は団長の座を降りた。今は教官長として騎士団員の教育に勤しんでいる。
「あの人は……暗殺なんて陰湿な真似はしないと思いますけど? ユナ……陛下への忠誠が固いですし、彼女を悲しませることはしませんよ」
「いやいや、忠誠などは嘘っぱちです。高貴な身分にいる者は、誰もが腹に一物を抱えていますしね。裏では何を考えてるのか分かりません」
大げさにスミスは手を振った。
たとえ、あのカルニアが犯人だとしても、簡単に殺されるつもりはない。そのためにも、剣の腕をさらに磨いておくべきだ。
「おっと、暗い話が続いてしまいましたな。プレッツェル卿。貴公の下を訪れたのはソスのことをお聞きしたかったからでもありますがねぇ、もうひとつ大事なご相談ありまして」
スミスは背を垂直に伸ばした。ごほんと咳払いする。
重要な要件があるとは聞いていたけれども、まだ内容は知らされていない。
「なんでしょ?」
「失礼ながら、貴公はまだ結婚相手を探されていないご様子だ。そこで、我が愛娘との縁談をさせていただきたくてね」
「え、え、縁談?? キャサリン様と、オレが!?」
ウィリアムは目を丸くする。
彼の独り娘であるキャサリンはその綺麗な顔立ちによって、多くの男性を魅了していた。一方、過保護なスミスは娘に男性をむやみに寄せつけないよう警戒しているため、婚姻に関する話は全く聞かない。
キャサリンとは、貴族同士の宴会に招待された際に、ウィリアムも一度だけ会って話したことがある。なぜかスミスに喜んで紹介され、彼女と話す機会を得たのだ。明るい人で思いのほか会話が弾み、仲良くなった。
「正直に申し上げると、かの国で育った貴公を娘の婿にするのは気が引けていたのだ。しかし、先ほど私と志を共にする御仁だと確認できた」
「でも、オレはそんなに身分が高くありませんよ?」
「身分など些末なことです。貴公はこの国に栄光をもたらした救世主。我らの関係性をより強固となれば、国の裏側にうごめく反逆者共の牽制にもなりましょうぞ」
「それは、まぁ」
これまでも他の貴族家から縁談を持ちかけられたことはあった。
だが、ウィリアム自身は気が乗らなかった。中途半端な気持ちで結婚するわけにはいかず、何度も断り続けている。
「キャサリンは亡き妻の忘れ形見であり、私の一番の宝でね。是非とも、貴公のような勇敢な男性を傍に置いておきたい」
「なぜオレなんかを? 勇敢な人なんて、他にいくらでもいると思いますけど」
「勇敢かつ信頼できる御仁は希少だ。何より、キャサリン本人が、貴公を凛々しくて素敵な御方だと恋慕しているのだよ」
「れ、恋慕? キャサリン様が、オレを?」
からかわれているのかと思ったが、スミスの面持ちはいつにもまして真剣だ。
「ええ。だから愛娘の淡い初恋を成就させたい。父親のお節介かもしれないがね」
「そう、ですか。でも、オレは……」
言いかけて、無意識に断る理由を探している自分に気づいた。このような光栄な話を拒否する理由などない、はずなのに。
「もしや、他に意中の女性が?」
スミスはゴブレットを机の上に置き、こちらをまじまじと見つめる。
意中の女性……と言われて思い浮かんだのは、誰よりも大好きな人だった。生涯で唯一恋をした相手であり、決して手に届かない人だ。
「いえ、そうじゃないです。ただ、少し考えるお時間が欲しくて。こういったことに不慣れなんです」
「おや、そうでしたか。急かすつもりはありません。ぜひとも、ゆっくり考えていただきたい」
「はい。感謝します、スミス公爵」
その後はたわいもない世間話に花を咲かせ、スミスとの対談はあっという間に過ぎた。
しかし、ウィリアムは彼の縁談には最後まで承諾しなかった。




