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04.厄年

 あれから2週間が経った。

 師匠の容体も悪化の一途をたどっている。昨日から目を覚まさないのだ。

 歯がゆい気持ちを胸に抱きながら、ウィリアムは今日も砦の中庭で剣の稽古をしていた。


「うわっ!」


 迫りくる剣を受け止めきれず、ウィリアムはしりもちをついた。

 真正面から相手に突撃する悪癖が治らず、視野の狭さも改善されていない。それどころか、以前よりひどくなっていて、もどかしかった。


「へへっ! やったぜ! ウィリーに勝ったぞ!」


 小太りの青年が、天に向かって剣を突き上げる。彼はウィリアムと同じく騎士を目指す若者だ。決して弱い相手ではないが、今まで一度たりとも彼に、そもそも同年代に負けたことはなかった。


「クソっ! もっと、もっと強くならなくちゃいけないのに! 早く一人前の騎士に!」


「ウィリー、焦って腕が落ちていないか?」


 模擬戦を見ていたザンが、ウィリアムに指摘した。

 焦り――つい先日、師匠にも注意されたことだ。


「別にそんなこと……」


「あるさ。時には剣から離れるのも大事だ。師匠の体調が芳しくないからって、騎士に焦りは禁物だろう?」


「分かってます。けど、急がなくちゃいけないんです」


 剣を支えにして、重い鎧の体を起こす。


「どうして?」


 ザンに問われ、返すべき言葉を探す。

 かつての師匠は事実を隠し、ウィリアムのことを近くの森林に捨てられていた孤児だと公言してくれた。砦内の人々は、それを信じている。

 本当の出自は、決して他人の前で口にしないよう、師匠から厳しく言いつけられている。この国の人々は、敵対国でもあるデルボキラの人々に対して、強い嫌悪感を持っているからだ。


「それは……そう! 今年が不吉な年だからですよ!」


「不吉、か。たしかに博識な領主様によれば、今年に新しい魔眼(まがん)が生まれるらしいが……」


 言い伝えでは、魔眼を持つ人間は30年周期で生まれるらしい。今年、次なる魔眼が開眼する可能性があるのだ。


「それに、デルボキラがいつまた攻めてくるかも分からないし。少しでも強くなっておきたいんです」


「あの国に住む連中は臆病者だ。魔眼がないと何もできない腑抜けたちだよ。そう焦ることもないさ。また侵略してきたら、ひとり残らず叩き斬ってやる!」


 ザンは目を鋭く細めた。その形相は、普段の彼とは一線を(かく)すものだった。

 彼の父親はデルボキラとの紛争で戦死したため、父の無念を晴らそうと闘志を燃やしているのだ。だから、彼とは共感できるところがあった。


「そりゃ腑抜けたちかもしれないですけど……剣を手離すと落ち着かなくて。先輩なら分かるでしょ?」


 最近では寝ている間も、手の届くところに剣を置いている。どこへ行くときも、まるで己の半身のように持ち歩いていた。


「……騎士によくある症状だね。もちろん良くない方の。だからウィリー、剣を手放してでも休んだ方がいい。師匠の言葉を借りるなら、休憩も修行の一環だ」


「休憩なんてしていられません。早くもう1度! もう1回しよう!」


 剣を構え直し、ウィリアムは先ほど負けた相手に視線を向ける。

 師匠に認められる実力にいち早く達するのだ。


「いいぜ、ウィリー。もう1本取ってやる!」


 相手も再び剣を構え、こちらに緊張した表情を見せた。このまま再戦へと突入するかと思われたが、震えた大声が辺りに響く。3人とも動きを止めた。


「大変だぁぁ! 師匠が! 師匠が!」


 師匠の部屋の窓から、ひとりの騎士が半身を前に乗り出して叫んだ。彼の目には涙が流れていた。

 ただならぬ事態だと悟ったウィリアムは、剣を捨てて駆けだす。


 師匠の部屋の前には、何人もの騎士たちが集まっていた。彼らを押しのけ、ウィリアムは師匠の下へと急ぐ。

 部屋の中に入り、彼のベッドに駆け寄る。変わり果てた彼の姿が、視界に飛びこんできた。

 ウィリアムはその場で硬直した。


「なんで……そんな」


 以前はまだ肌の色が残っていた彼の頭部まで、完全に石となっていたのだ。師匠の表情はいつも通り変わらず、威厳のある顔つきだった。


「残念ですが、彼は高齢な御方です。他の病も患っていましたから。その影響で体が弱ってしまって……一気に呪いに蝕まれてしまったのでしょう」


 砦に常駐している医者が、言いづらそうに口を開いた。

 ウィリアムはその場に崩れ落ちる。心に剣が突き刺さったような痛みを感じた。


「師匠……。まだ認めてもらっていないのに。お別れの言葉も言えていないのに……!」


 床に打ちつけた拳を握りしめ、ウィリアムは声を振りしぼる。

 師匠には返しきれないほどの恩を受けた。命を救われ、ウィリアムという名をもらい、今まで育ててくれたのだ。

 せめてでも、彼に認められる騎士になりたかった。そうすることで命を懸けて助けた甲斐があったと喜んでほしかった。だが、それは永久に叶わない。


「……っ!」


 ウィリアムは立ち上がり、部屋を出る。

 泣くな。騎士たる者に涙は相応しくない。唇を固く結び、目元ににじむ涙を必死にこらえた。

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