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39.暗殺事件

 魔女――アスティアーナ前女王が没してから、4年が経過した。

 公では、ソスから来た救世主が、神の意思にしたがって殺したとされている。この国の守護神が、前女王は「国に破滅をもたらした悪しき存在」であるとの判断を下したと言い伝えられていた。


 4年前の会談にて、王家の代表であるユナと貴族軍の代表であるクリフォードの共同統治が決まって両軍は和解し、内戦は終結した。

 ユナは正式にデルボキラの女王として即位し、クリフォードを王配として迎える。彼らふたりの統治によってこの国は圧政から解放されたのだ。


「今日で、内戦終わって4年、か」


 古びた石造りの壁を呆然と見つめながら、ウィリアムは椅子に背を預け、小さな独り言をもらす。


「ですね。時の流れは早いものっす」


 同じ部屋にいた彼が答えた。

 ふたりだけしか室内にいないせいか、この物静かな部屋がやけに広く感じる。


「いい国になったもんだ」


 しみじみと思い、ウィリアムはつぶやく。


「ようやく平和になりましたからね。女王陛下とクリフォード殿下が、近隣諸国との信頼を積み重ねてきたおかげっす」


 今では民が戦地に駆り出されることもない。税も減少して治安もよくなり、人々の暮らしは豊かになった。貴族議会の設立や主要道路の整備など、彼らがデルボキラに与えた恩恵は枚挙にいとまがないのだ。

 だが、政務に身を費やしていたユナとクリフォードの間に恋愛関係は全くなく、魔眼を持つ人間の再出を防ぐために、子供も設けないという。後継者はクリフォード家の血筋から選出すると予定されていた。


「けど、陛下が心配だ。大丈夫かな……?」


 憂慮の理由は、成長の一途をたどっていたデルボキラ王国を揺るがす事態が起きたからだった。

 先月、クリフォードが――暗殺されたのだ。未だに犯人は分からない。

 ウィリアムは顔を険しくさせて、窓の外を眺めていた。このままではユナの身も危うい。今すぐにでも王城に行って彼女を守りたい。


「僕たちが気にしても仕方ないっすよ。閣下(かっか)、政務にお戻りください。今の閣下はここの領主様なんすから」


 行き場のないウィリアムに、ユナはデルボキラの辺境にある小さな荘園(そうえん)の領主という地位を与えてくれたのだ。集落同士の抗争を鎮圧したり、新たな鉱脈をこの地で発見したりと、数々の功績を積み、最近ではある程度の評価を得ている。

 けれども、閣下という呼ばれ方は未だに慣れない。


「ごめん、リック。つい、陛下のことが心配になっちゃって」


 ウィリアムは、自身の近臣(きんしん)でもある赤髪の青年――シェリック・シュトレインに目を向ける。彼は黒聖山(こくせいざん)へ行く道中で会った少年だった。4年前とは見違えるほどに背丈が伸びて、顔立ちも大人びている。


「分かるっすけど、僕らが、どうこうできる問題じゃないっすよ。王都にあるお城は堅牢な守りに固められているでしょうから、滅多なことは起きません」


「それもそうだね。リックはいつも冷静だ」


「閣下の落ち着きがなさすぎるんすよ」


 主君にも容赦ない発言をしてくれる彼に、ウィリアムは頭が上がらない。焦りの多いウィリアムに対して厳しくとがめる様は、まるで師匠のようだ。まだ17歳だというのに貴族然とした品格が現れている。

 4年前の内乱では、彼の父親を含む大勢の貴族が戦死した。だから、彼のように才気のある若者が、高い地位につくことが多いのだ。この辺りは彼の出身地でもあったため、自然と今の立場になった。


「そういう性分でね」


「それじゃ困りますって」


「ごめん、ごめん。リックを見習って善処するよ……はぁ」


「閣下、言ってる傍から考え事をしないでください」


 リックは(いさ)めるような視線を送ってきた。

 ウィリアムに与えられたこの小さな古城は、故郷であるソス王国との国境の近くに存在する。

 今は城内の執務室にて政務に取りかかっていたが、いつの間にか昔に思いをはせている。古書や石造りの壁からやってくる古風な匂いが、懐古の念を誘うのだ。


「分かってるよ。さあ、政務の続きだ」


 背をぐんと伸ばし、ウィリアムは筆を走らせた。

 今となっては、この国の文字もずいぶんと綺麗に書ける。

「ウィリアム・プレッツェル」と署名した紙の巻き物の数々が、目前の机を埋め尽くしていた。プレッツェルとは、ウィリアムが統治するこの領地の名だ。


 内乱後の不況とはいえ、素性も知れない者は諸侯(しょこう)になれない。だから、ユナの助力もあって「由緒ある官僚貴族の家系の者」という偽りの出自で通している。

 就任した当初は訝しまれていたが、功績を積んでいくにつれて、次第に疑念は薄まった。

 おかげで仕事が倍になった。それが今の苦労の原因である。


「ふぁぁ、できたよ、リック」


 欠伸をしながら、ウィリアムは書類をリックに手渡す。

 政務とはつまらないものだ。変わりない国境付近の状況、兵士や武器の数量などの情報を王城へ報告するという、淡々とした作業が主な仕事内容だった。


「お疲れ様でした。では、明日にでも使いの者に持たせて、王城に行かせましょう」

 

「そうだね……あ、待って、リック」

 

「どうしたんすか?」

 

「これもさ。一緒に届けてもらえないかな?」

 

 ウィリアムは1枚の紙を差し出した。

 

「ユナティアーナ女王陛下へ? ふっ……閣下って、とことん陛下のことが好きなんすね」

 

 手を口に当ててリックは微笑した。側近である彼には4年前の出来事はほとんど話してあるのだ。無論、ウィリアムの真の出自など、ユナに不都合が起きることは誰にも教えていない。

 

「笑うなんて酷い! デルボキラに住む者として、女王陛下の身を案ずるのは当然じゃないか!」

 

「はいはい、怒らないでくださいよ。使いの者にこっそり渡しておくんで」

 

 彼女に書簡を送ったことは、この4年の間に何度かある。しかし、ウィリアムが女王と頻繁にやり取りをすることは、多忙な彼女の妨げになるばかりか、周りから不自然に思われる恐れがある。

 あくまでも、この国の地方領主が女王の身を案じる手紙として送らなければならなかった。

 

「ありがと。リックのオレに対する態度が日に日に雑になってきたって、書いておいたから」

 

「書かないでください! そもそも、僕のことなんて陛下はお忘れっすよ!」

 

 4年前に王女様と会っていた事実を、リックは後になって知った。王族の前で失礼な態度を取ってしまったと、顔を蒼白くしていたものだ。

 

「忘れてないよ。陛下の記憶力を侮っちゃいけない」

 

 ユナは1度会った相手は絶対に忘れない。それは貴族であろうと、平民であろうと変わらない。彼女が多くの人に愛されている理由でもある。だから、リックのことも覚えているはずだ。

 

「そうでしたね。顔と名前を覚えていただけただけでも身に余る光栄っす」

 

「何なら今から王都に会いに行く? 陛下も喜ぶと思うよ」

 

「行きませんよ! 午後も政務がたんまり残っているんすから」

 

 リックはウィリアムの1日の予定が書かれた紙を出して、こちらに見せた。見るだけで疲労感に襲われる。

 

「うげ、そうだったぁ」

 

「あからさまに億劫そうな顔をしないでください」

 

「だって、ほんとに億劫なんだもん。頭を使うことは苦手でさ。ずっと執務室にいると気が滅入るよ」

 

「この国が平和となった証っす。4年前までは、鎧を着て生活する貴族の方もいらしたっすから」


 そう言われて、執務室に飾られている錆びついた鉄甲冑に目を向ける。先代のこの地の領主が着ていた鎧だ。見るだけで、ずっしりとした重みがひしひしと伝わってくる。

 

「四六時中あんなのを着ていたなんて、考えたくもないね」

 

「同感っすね。争い事がなくなって何よりっす。

 さあ、閣下。しばし休憩を取られてからお仕事を再開しましょう。閣下が真面目に執務をこなしておられれば、評判が広まって陛下のお耳にも届くかもしれないっす」

 

 ユナはウィリアムの何倍も忙しい。こうしてウィリアムのように執務にとりかかっているだけでなく、国政に関わる行事にも頻繁に参加している。聞くところによれば、周辺諸国の理解を深めるために外国の語学の勉強までしているらしい。

 クリフォード殿下が死して暗殺者の脅威が差し迫る今は、特に余裕がないはずだ。ウィリアムの噂を耳にする機会も、送った手紙を読む暇も、おそらくないだろう。

 しかし、この淡々とした業務をこなすことが、わずかでも国のためになる。ともすれば、彼女の負担を和らげられる。だとすれば、弱音を吐いている場合ではない。


「だね。リックの言う通りだ! よしっ! オレも領民の名前を全員分、覚えるぞ!」


 席を立って、ウィリアムは腕を天井に伸ばした。

 今は十分に満たされた日々を送っている。身に余るぐらいだ。

 ウィリアムの生きがいは、ユナの統治するこの素晴らしい国を守り、発展に貢献することだった。

 大好きな人の役に立てる。これ以上の幸福はないのだから。

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