37.夢での再会
うっすらと目を開けると、緑が見えた。
空は黄金色に輝いていて、地平線までの全てが緑の平原だった。今まで目にしたことのない幻想的な光景だ。
ウィリアムは柔らかい芝生の上に腰かけていた。座ったまま眠っていたようだ。
となりに目を向けると、懐かしい人がいた。
「……師匠」
彼の姿を見て、これはおそらく夢の中なのだろうと悟った。
錆びた鎧を身に覆ったまま、彼はどっしりと腰を据えている。その懐かしい姿に鼻の奥がじんと熱くなった。
「久しぶりだな、ウィリアム」
師匠は頬をゆるませた。黄金の光が空から降り、威厳に満ちたその顔立ちを輝かせる。彼の全身はかつての石化から解かれており、健康的な顔色をしていた。
「……うん」
ここ数日には色々なことがあった。そのためか、この国に入ってからの日々がとても長く感じる。
「ここってどこなんですか? もしかして、オレは死んだの?」
芝生の草たちが風に吹かれてさらさらと揺れる。それ以外に音はない。目につくのは、平原の緑と空の黄金色だけだ。
「いいや。お前は簡単には死なん。ワシが屈強な男に育ててやったからな」
「そう……でしたね。じゃ、やっぱり夢の中か」
「ああ。そうだ」
師匠は深くうなずいた。
夢の中でもいい。こうして彼にまた会えた。話したいことがたくさんある。目が覚めないうちに、思う存分に聞いてもらおう。
「聞いてください、師匠。オレ、デルボキラの魔女を退治したんです。これで、ソスに住んでる人たちも安心して暮らせます。デルボキラもこれから変わっていくはずなんです!」
「もちろんだ。誰もが魔女に怯えていたからな」
「だけど、オレは実は魔女の……」
「魔女の息子であろう?」
ウィリアムが言いよどんでいたところを、師匠が付け足した。
「知っていたんですか?」
「ここはお前の夢の中だ。お前が見てきたことは何でも知っている」
「そっか。でも、オレは呪われた心臓と魔眼を持ってたんです。こんな男は、生きていちゃいけませんよね?」
ウィリアムは正常な人間ではない。怪物だ。
化け物には、世界に居場所がないのだ。
「お前自身はまだ生きていたいと思わないのか?」
「知ってるでしょ? オレは両親のことを知るために、師匠たちの仇を討つためだけに、今日まで生きてきました。やりたいことは終わったんです」
「仇打ちなど、ワシはお前に望んでおらん。とはいえ、魔女の死は――魔眼の消滅は、大勢に安寧をもたらしたであろう。お前はよくやった」
師匠はウィリアムの頭を優しく撫でてくれた。しわだらけだが温かい大きな手のひらだ。とても懐かしい心地だった。
「……そっか。なら、よかった」
彼に褒められるのはいつぶりだろう。本来なら飛び跳ねるほど嬉しいのだが、本当に自分が正しいことをしたのか分からない。複雑な思いだった。
「それで、お前自身は満足したのか?」
「ううん。自分が魔女の子だったなんて、知らない方がましでしたよ。実の母親を殺して、いい気分になれるわけない」
最期に見た魔女の目が忘れられない。あれは魔眼ではなくて、普通の人の目に見えた。
「だったら、いい気分になるまで生きろ。ワシが大事に育てた命だ。お前自身が満足する前に死ぬのは決して許さん!」
がしりと頭をつかんで、師匠はわしゃわしゃと髪を乱暴にかき回した。
「わぁぁ! 痛いです、師匠!」
「分かったら、早く目覚めろ。きっと、お前の想い人も心配しているぞ。あの子と添い遂げられなくてもいいのか?」
「ユナは……女王様になるんです。オレからしたら高嶺の花ですよ」
「諦めるな。口説き落とせ」
「そんなことできません! ……オレはユナのそばにいられなくてもいいんです。だけど、もし叶うのなら、彼女の変えるデルボキラをこの目で見たい」
「ちゃんと生きたいと思っておるではないか。ならば、生きろ。堂々と胸を張って生きるのだ」
師匠に指摘されてウィリアムは気づいた。このような人間でもまだ生きることが許されるのか。しかし軽々しく命を捨てるのは、師匠に対する冒とくとなる。
「師匠。でも、オレ……」
「死んだところで何も償えん。だから、もう魔眼のことでぐちぐち言うな。お前は人間として生きてよい。それはワシが認める」
師匠は握り拳をウィリアムの胸元に当てた。否定は許さないという意志が、拳から熱と共に伝わってくる。
死んだら何も残らないが、生きていれば、誰かの役に立つことがあるかもしれない。今はあまり想像できないけれども。
「……分かりました」
ウィリアムは大きく首を縦に振った。
「よろしい。なんでもいいから後悔だけはするな。あの世で再会したときに鬱屈な話ばかり聞かされるのはたまらんからな」
「うん。いっぱい土産話を持っていきますよ!」
「そうしてくれ。……ああ、そうだ。大事なことを忘れておった!」
何かを思い出したかのように師匠は立ち上がった。彼は鞘から剣を抜く。
「どうしたんです?」
「ウィリアムよ、そこに跪け。これよりお前の叙任式を行う」
「じょにん……それって……」
「そうだ。お前を一人前の騎士として認めてやる」
「師匠……!」
つい声が高くなってしまった。顔をほころばせずにはいられなかった。
「分かったら、さっさとするんだ」
「ありがとうございます、師匠ぉ!」
喜びのあまり、彼に抱き着こうとするが、片手で軽く頭を小突かれた。
「暑苦しい抱擁は好きな子にいくらでもしてやれ。さあ、早くそこに座るのだ。さもないと、式はせんぞ?」
「わぁ、待って! 分かりましたよ!」
師匠に急かされて、言われた通りに慌てて芝生の上にひざまずく。
すると、師匠は剣をそっとウィリアムの両肩に置き、儀礼を済ませた。
「これよりお前を正式な騎士と認める。だが、剣を持たずとも構わん。お前の満足する人生を歩め」
師匠はそう言って笑った。ウィリアムも自然と口元がゆるむ。
「ありがとう……師匠」
「ふぅ。これで思い起こすことはない。先に行って待っているぞ」
剣を鞘に納めた後、師匠は平原の向こうへ歩き去っていく。鎧の小さな金属音をこだまさせながら。
「ど、どこ行くんですか、師匠!?」
ウィリアムも立ち上がって追いかけようとしたが、辺りが淡く白い光に包まれる。師匠の姿はやがて見えなくなり、ウィリアムの視界はまぶしい純白に変わった。




