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36.決意と決戦

 空は大きな雲に覆われていた。

 途中で微量の食料を採取しながら半日ほど岩山を下った。地面の傾斜がしだいにゆるくなる。だが、同時に心が重苦しくなった。


「ねぇ……ユナ」


 前を歩くユナの背に弱々しく声をかけた。

 あとどれくらい彼女とこうして一緒にいられるだろう、王国騎士団の騎士たちは魔女の死をどう受け止めるだろうか。

 いずれにせよ、麓に着けば何もかもが変わってしまう。


「どうしました?」


 足早に歩きながら振り向き、ユナは答える。


「ユナはオレの魔眼が怖くないの?」


「怖くなんてないですよ。魔女様は魔眼の力を使ってたくさんの人を殺めましたが、ウィリー様はそのようなことはなさいませんから」


 きっぱりと彼女は言い切った。


「もちろん絶対にしないけど、持ってるだけで恐ろしいんだ。オレは町に戻るのも、故郷に帰るのも怖い。誰かを傷つけてしまいそうで……」


 ユナと一緒にいる今だって恐怖を感じている。今すぐこの魔眼をえぐり出したかった。それが叶わないのなら自決するしかない。

 しかし、それを知ったら思慮深いユナは止めてくれるだろう。だから、その心づもりは己の内に隠すことにした。彼女と山を下った後に手を打つ。だからこそ、麓に着くことはウィリアムにとって大きな区切りなのだ。


「心配なさらないでください、ウィリー様。もし誰かを石にしてしまっても、完全に石になる前でしたら石化を解除することができます」


「え、解除、できるの?」


 1度でも魔眼を見た人間に、助かる術はないと思っていた。

 だが、それを知ったところで、この国にはすでに魔女に石にされた人々ばかりだ。


「できます。ですから、魔女様のように悪い使い方をしない限り、危険はありません。むしろ、わたくしたちのご先祖様は魔眼の力を心強くも感じてきたのです」


「心強く? こんな何の役にも立たない力を?」


「歴代の王様が、魔眼によって国を守ってこられたからです。実際、その力を駆使して周辺国の侵攻を何度も防がれてきました。かつての、魔女様も……」


 ユナは声を沈ませる。

 あの冷血な女王も、デルボキラ人にとっては心強い存在だったのだろう。


「国を守る、か。だから、みんな、魔眼が神様から授けられたものだって言うんだね。この山で……」


 黒聖山(こくせいざん)にはデルボキラの守護神が眠っていると言われている。

 しかし、そう思えないほどに寂れた岩山だった。どこにも生命の息吹や気配が全く感じられないのだ。山の中腹部であるこの辺りにも、ごつごつとした岩々や、枯れた針葉樹と灌木(かんぼく)があるだけだった。


「はい。わたくしもそう信じていましたが、今では魔眼の力に甘えすぎていたように思えます。これからは、人間たちの手で国を繁栄に導いていくべきなのです。だって、未来をつくるのは神様ではなく、人の意志でしょう?」


「はは、神様のいる聖地なのに、すごく大胆な発言だ」


「ウィリー様が教えてくださったではないですか。神様は見えないところで見守っている存在だと。わたくしはその教えを信じます」


「何だかその言い方だと、オレは宗教の教祖様みたいだね」


「ウィリー様はわたくしにたくさんのことを気づかせてくださいました。わたくしにとっては、教祖様と言っても過言ではありません」


「救世主様の次は教祖様か。そんな柄じゃないのに」


 ウィリアムは苦笑交じりに言った。


「いえ、ウィリー様はそれほどに偉大な御方です。今のわたくしがあるのだって、ウィリー様のおかげですから。

 だから貴方様に……この決意を聞いていただきたいのです」


 ユナは立ち止まり、ウィリアムにまっすぐと視線を向けた。細い首元にかけた花形の首飾りを外し、握りしめている。


「決意?」


「はい。わたくし、女王になります。魔眼がなくても、デルボキラは豊かな国になれると示します。それが今のわたくしの信じる道ですから」


 宣言の一言一句には、確固たる思いが宿っているように聞こえた。

 決然とした姿勢には、本物の高貴さを感じる。長らく一緒に旅をしてきた彼女がますます遠ざかったようで、何かが体からすっと抜けた気がした。

 けれども、それ以上に嬉しかった。並々ならぬその覚悟に畏敬の念を覚える。実現して欲しいと心から思った。


「ユナ……君なら成し遂げるよ。絶対!」


 思わず目元が熱くなってきたが、努めて満面の笑顔をつくる。ウィリアムは胸の前で拳を小さく握りしめて見せた。


 ――しかし、その時だった。上空から声がした。


「それは決して叶わぬ」


 地響きのような低い声のした方を向くと、女性がいた。宙に浮かぶ岩の上に乗っている。黒いドレスに身を包み、白い顔のところどころには(あざ)があった。


「魔女っ……!」


 顔から血の気が引いていく。ウィリアムは大きく目を開けた。


「未熟な息子よ。()が死したとでも思っていたか?」


 魔女はにやりと口元を歪ませる。


「どうして! あそこから落ちて助かるはずが!」


 いくら王族の体が丈夫でも、無事では済まないはずだ。彼女が崖から落ちた時、死を確信していた。


「崖の石を使って空中に足場を作ったのだ。お前も今後、そうやって落下の衝撃を軽減できるであろう」


 不敵に魔女はあざ笑った。

 浮遊している岩から悠々と跳び、地面に静かに降り立つ。


「信じられない……あんなに高いところから落ちたのに……」


「驚くには値せぬ。体の傷は随分と癒えている。お前が降りて来るのを長々と待つ間にな。しかし何故(なにゆえ)か場違いの者もついて来たようだ」


 今度はユナに目を移し、鋭く睨む。


「お母、様……」


 ユナは身動きせずに魔女をただ見つめていた。


「余はお前の母ではない。誰の許可を得て、お前は聖地であるこの場にいるのだ?」


「お母様……いえ、魔女様、わたくしは生まれてから信じてきました。魔女様がわたくしの母であると。貴方様の教えが正しいと……。それなのに、わたくしを20年間も騙していたのですね?」


 とがめるようにユナは魔女を睨みつけた。


「何だ? その反抗的な眼は。余に怒りでも覚えたか?」


「いいえ。失望しました。そして、貴方様を信じこんでいた自分を恥じました」


「ほぅ。唯々諾々(いいだくだく)としていた人形が、随分と憎たらしくなったではないか。恩を仇で返すとは正にこのことだな。余が拾ってやらねば、とうの昔に死していたであろうに」


「ユナを拾った、だって?」


「そうだ。ゴーフェルドが異国の騎士に(さら)われたあの悪夢のような日に、余は森で捨てられていたお前を見つけたのだ」


「わたくしは……捨子、だったのですか?」


「ああ。お前のようなつまらぬ娘には、生み親も興が覚めたのであろう」


「でも、ならどうして……? 身代わりなんていくらでもいるでしょう? どうして魔女様はわたくしを偽物の娘に選んだのですか?」


 1歩2歩と踏み出し、ユナは魔女に詰め寄る。


「余と顔立ちが朧気(おぼろげ)に似ていたからだ。その上、平民の捨て子となれば、貴族共と違って欲深く育たぬと見込んだ。……だが、大きな誤りであったな。今のお前の眼には実に忌々しい光が渦巻いている。腹立たしい限りだ」


「そうですか……。両親の記憶が全くありませんでしたから、薄々とそうではないかと思っていました。やはり、わたくしは、いらない子供として生まれてきたのですね」


 目を伏せてユナはうつむく。


「違う! 君はいらなくなんかない! 森で会った商人、村にいた子、シェリック……たった数日の間にも、君に救われた人はたくさんいる! オレがその代表だ!」


 ウィリアムは自身の胸に拳を当てて叫んだ。


「いいや。お前は無価値な人間だ。そんなお前を偽りであっても神聖なる王族として認めてやったのだ。感謝されようとも、失望される覚えはあらぬ」


「違う! 人の価値は自分が決めるものだ! 誰かに決められるものじゃない!」


 ウィリアムは魔女を鋭く睨みつけて怒鳴った。

 その言葉に呼応するかのように、ユナは顔を上げる。


「……魔女様、わたくしを育ててくださったこと、大変感謝しております。ですから、わたくしは貴方様に仇ではなく恩を返しましょう」


「殊勝な心掛けだ。なれば去れ。お前は神聖なこの場にふさわしくはない」


 眉ひとつ動かさず、魔女は冷たく言い放った。


「いいえ! わたくしが女王となって、魔女様の愛するデルボキラ王国を素晴らしい国に変えて見せます!」


「何? 今のは寝言か? ユナティアーナ。魔眼を持たぬお前に王位継承権はない。お前の役目は終わったのだ」


 無機質な眼差しをユナに向け、魔女は告げる。


「役目も魔眼も必要ありません。そのようなものがなくても、この国を変えられます!」


「あり得ぬ。お前が王になったとて、すぐに貴族連中の陰謀に巻き込まれて無様な死を遂げるだろう。力なき者は王になれぬのだ」


「それでもなって見せます! わたくしは、わたくしの思うようにやらせていただきますから!」


 ユナは魔女に向かって強く断言した。恐れる様子はまったくない。この国の真の救世主たる姿がそこにはあった。


「はっ、愚かな娘だ。今までの貢献に報い、王国騎士団にでも配属させてやろうと思っていたが、王位強奪とは不敬も甚だしい。この場で神罰を与えねばならぬようだ」


「させるか!」


 魔女の魔眼が開くのを見て、ウィリアムは慌ててユナの前に飛び出した。彼女を庇うように両手を水平に広げる。


「どけ、ゴーフェルド! そこの小娘は王座を狙う穢れた反逆者だ! 始末せねば、王国に災いをもたらすであろう」


 真っ白な顔をいびつに歪め、魔女は鋭い目で睨みつけてくる。


「災いをもたらすのはあんただよ! ユナを石にするなんて、オレが許さない!」


 ウィリアムは眼帯を取った。

 周囲に無造作に散らばる石たちをかき集め、剣を形づくる。神果(しんか)によって呪われてしまった心臓が、耳障りなほど高鳴った。

 完成した剣を構え、魔女を睨み返す。


「お前まで、余に逆らう気か……! いいだろう。息子への教育も母の責務だ」


 魔女も魔眼を光らせた。周囲の石をたぐり寄せ、1本の大剣を形成する。それを両手でつかみ、こちらにめがけて叩き下してきた。

 ウィリアムもユナもすかさず避ける。体勢を立て直した。


「せいっ!」


 相手の間合いに入る。ウィリアムの剣と魔女の重厚な剣がぶつかり合う。岩と岩が軋むような音が立った。


「ゴーフェルドぉぉ!!」


 魔女は目をむき出しにしている。凄まじい形相は、とても同じ人間と思えない。一瞬でも気を抜けば、相手の大剣がこの身を両断するだろう。

 荒れた息を整え、ウィリアムは唇を噛みしめる。


「オレはゴーフェルドじゃない! 師匠にもらったウィリアムっていう大事な名前があるんだっ!」


 剣を俊敏に動かし、ウィリアムは魔女の隙をうかがう。

 交戦していると、ユナが魔女の背後を取って襲いかかる。

 魔女はそれに気づき、さらに1本の剣を一瞬のうちに作る。片手に持ったその石の剣で、ユナの攻撃を受け止めた。ユナの方を向いて魔眼を発動させようとする。今まで見てきた紫色ではなく、その目は銀の光を帯びていた。

 それを見てしまったユナの腕や肩はすぐさま石と化していく。


「ユナぁぁ!!」


 視界までもが石の色に染まった気がした。身が裂けそうなほどの絶望がこみ上げる。


「ウィリー様っ! 早く魔眼を!」


 苦悶しながら叫ぶユナの声を聞き、彼女が語っていた話を思い出す。完全に石になる前ならば魔眼によって石化を解けるのだ。

 平静を取り戻したウィリアムはすぐさまユナを直視した。


(頼む! ユナを! ユナを救え!)


 一心不乱に念じる。目が焦げるほどに熱い。

 彼女の石になりかけていた手や首元は元に戻った。

 それを見て、そっと胸をなでおろす。

 しかし、ユナに気をとられている間に、魔女がウィリアムの背に向けて石を飛ばした。当たる寸前で気づいてしゃがむ。だが、側頭部に直撃した。


「いっっ!」


「ゴーフェルド、直ちに下がれ! これ以上は余も容赦はできぬ」


 魔女は声を荒らげた。

 ずきずきとした痛みが頭部を襲う。魔女が加減したのだろう。悔しいが、そうしてくれなければ死んでいた。


「っ! 許しません! ウィリー様を傷つけないで!」


 ユナは怒気に満ちた声を出した。握りしめていた黒尚石(こくしょうせき)の首飾りを、魔女の頭部に勢いよく投げつける。

 魔女は剣をひと振りして、それを斬りはらった。

 しかし、生まれたその合間を縫うように、ユナは魔女に迫る。素早い剣撃を繰り出す。


「ぐっ!?」


 肩にユナの剣が当たると、魔女は詰まらせた声を短く出した。

 ふたりから距離を取るために後退する。


「ユナティアーナ……さすがはカルニア卿に鍛えられただけのことはある。(いた)し方あるまい」


 (なまり)色の血でにじむ肩を押さえ、魔女は歯を食いしばった。その言葉の後、魔眼が強い紫光(しこう)を放つ。周囲の石が次々と浮き上がり、それらが魔女の下へ引き寄せられていく。


「ぐはっ……」


 魔女の魔眼や口から、おびただしく血が流れ出た。

 不穏なことが起きる――己の鼓動がそのような予感を騒々しく知らせていた。


「魔女様、降伏なさってください!」


 同じく危機を察したのか、ユナは魔女の下へ駆ける。

 だが、魔女に吸い寄せられていく数多の石に遮られた。それらは彼女の体を覆っていく。

 魔女を包みこんだ石の(かたまり)は大きな音を立て、いびつな形へ変化する。塊から4本の腕のようなものが伸び出た。腕の先端から、不規則な方向に、爪が形づくられていく。上部には獣のような顔が現れる。

 最終的には、巨大な石の狼のようなおぞましい姿となった。紛れもない怪物の姿だ。


「こうフくダと? ダれに言ってイるのダぁァァ?」


 くぐもった魔女の声が、石の狼の内部から聞こえてくる。

 石の狼はこちらに突進してきてきた。左右の巨大な爪を暴れさせる。地面が激しく揺れた。砂塵(さじん)と小石が巻き上がる。

 ウィリアムもユナも慌てて退いた。


「余はデルボキラヲ守り、はんエイをモタラす! それマデは誰にモ降伏ナドせぬ!」


 石の狼は動きを止めた。全身が紫色を帯び始める。大きく口を開いて周囲の石をさらに吸いこみ始めた。

 ウィリアムは怪物を形成する石の塊を見て「砕けろ!」と命じた。

 だが、一部分しか崩れない。


「くそっ! 魔女が石を制御しているからなのか!?」


 ウィリアムは歯ぎしりをして狼の怪物を睨みつけた。歴然たる魔眼の力の差をひしひしと感じさせられる。

 石の狼はユナの方を向く。


「逃げてください! 魔女様の狙いはわたくしです!」


 ユナはウィリアムから離れながら叫んだ。


「逃げるもんか! 未来の女王様を死なせるわけにはいかない!」


「で、ですが、ウィリー様!」


「大丈夫、大丈夫。オレもオレの思うようにやらせてもらうよ!」


 ウィリアムは魔眼を発動させた。体の芯が燃えるような熱を感じながら、微量の石を周囲から集めて平たい岩をつくる。その岩に乗り、狼の頭部へ接近する。


「うぉぉぉぉ!」


 手に持っていた石の剣を盾に変えた。石をさらに集めて、身を覆うほどの巨大な盾にする。

 直後、狼は口元から勢いよく大量の小石を吐き出した。

 ウィリアムの盾がどうにかそれを防ぐ。

 食い止められなかったいくつかが肩や腕、頬など至る箇所に当たるが、痛みなど気にする必要はない。自らの身も盾にする覚悟で石の嵐を受け止めた。


(頼む! 耐えてくれっ!)


 次第に、吐き出される勢いが弱まってきた。

 怪物を形成している石も少しずつ砕け落ちて、形が崩れると、ドレスを着た魔女の姿が、怪物の胴体部分に捉えられた。

 ウィリアムは下にいるユナに叫ぶ。


「今だ! ユナ!」


「はい!」


 姿が露わになった魔女を目がけてユナは急ぐ。彼女の剣が迫る。

 しかしその刃が届きかけたところで、魔女は怪物をかたどっていた全ての石を一斉に崩して退いた。

 砕けた岩石によって大量の砂が巻き上がる。その中に見えたのは、土や砂を降り被った魔女の姿だった。右目が血で染まっていて、おぞましい面相を成している。


(化け物め……! このまま追い詰める!)


 ウィリアムは乗っていた岩と盾を崩し、再び石の剣を作った。それを手に持ち、砂塵の中にいた魔女に急接近する。

 間合いに入ったところで、力強く踏み込んだ。相手に目がけて勢いよく剣を突く。

 魔女は身を(ひね)った。すれすれのところで刺突を(かわ)される。

 その刹那、ウィリアムに大きな隙が生まれた。


「おのれぇぇ、ユナティアーナぁぁ!」


 必死の形相でこちらを睨みつけ、魔女は斬撃を繰り出した。

 ウィリアムは上体を倒して()けるが、右目にその剣先が当たる。


「ぐっ!?」


 鋭い痛覚が右目を突き抜けた。体中へと痛みが走る。


「ゴーフェルド? ゴーフェルドぉぉ! ああぁ、お前の魔眼が……この国を守るお前の神器が……!」


 魔女は手に持っていた剣を落とした。砂埃(すなぼこり)に遮られた視界と血塗られた目により、ウィリアムをユナだと誤認したようだ。

 この瞬間を逃すわけにはいかない。激痛に構わず、健在である左目を見開く。


「魔女ぉぉぉ!」


 無防備となった魔女の胸に剣を突き刺す。奥深く、刻みこむように。

 風の音が止まった。まるで、世界が静止したかのように思えた。


「かっ……ぁ……」


 苦悶に引きつった面持ちがこちらに向けられる。

 ウィリアムは柄を握ったまま、動けずにいた。


「ウィリー様……! 魔女様……」


 ユナは、こちらを見ながら息を呑んでいた。

 だが、魔女は彼女には目もくれなかった。目を細めてウィリアムだけを見つめていた。


「はは……戦では1度たりとも敗北などなかったのに、息子には2度も、敗れるとはな……」


 自嘲気味に魔女は笑って両腕を力なく垂らした。その表情に(かげ)りはなく、どこか晴れ晴れとさえしていた。


「魔女……」


「お前の剣は……大地を揺るがせるほど勇猛だ。魔眼を失おうとも、必ずや……名君となるであろう……」


「あんたに褒めて欲しくなんてない! 名君になんてなるものか!」


 今、突き刺したのは、数多くの人々を不幸にしてきた怪物だ。だというのに、なぜこの女はこうも満足気なのか。どうして苦痛の悲鳴を上げないのか。

 魔女は震えた手を伸ばし、ウィリアムの頬にそっと触れた。


「愛する……息子よ……。どうか我が国を……!」


 そう言って、ほほ笑んだ。まるで、親が子を褒めるような優しい笑顔だった。

 この国を苦しめていた女王は、穏やかに目を閉じていった。冷たい純白の手が、ウィリアムの頬からするりと離れる。


「魔女のくせに……! 父さんを殺したくせに! たくさんの人を殺したくせに! そんな目でオレを見るなよぉ!!」


 良心の痛みを振り払うかのように、勢いよく魔女の胸から剣をひき抜く。

 彼女はぱたりと静かに倒れた。

 再び、立ち上がることはなかった。


「はは……この手で殺してやったよ、師匠、父さん。今度こそ上手くやった。しっかりとこの手で……たくさんの命を奪った極悪人……オレの母親を殺してやったよ……?」


 乾いたように笑い、ウィリアムは曇り空を見上げた。砂埃がひらひらと踊るように宙に舞っている。まるで何かを祝福しているようだ。

 体中にどっと疲れが押し寄せ、視界が朦朧としてくる。

 耐え切れず、魔女のとなりに倒れた。意識を失う前に、ユナの声がぼんやりと聞こえた気がした。

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