表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/57

35.変わらないもの

 陽の光で目を覚ました。

 体を起こすと、となりにユナの姿はなかった。ウィリアムには2着の外衣がかかっている。ほんのりとした彼女の体温と芳香が残っていた。


(どこにいったんだろ……?) 


 漠然とした不安がこみ上げてくる。急いで洞穴から出た。朝日に照らされながら、ウィリアムは周りを見回す。誰の姿もない。

 不安は募って焦りに変わる。いつの間にか呼吸を荒くして走っていた。不安定な山道のあちらこちらを探しまわる。

 すると、ついにユナの後ろ姿を見つけた。

 彼女は、ワンピースドレスのみしか着ておらず、崖の端に立っていた。崖は荒々しい岩石で形成されており、今にも崩れそうなほど脆そうだ。


(まさか……)


 昨日に見た魔女の最期が思い返され、背筋が冷たくなる。あそこから彼女が飛び降りようとしているように見えた。


「待って! 早まらないで!」


 ウィリアムは叫んだ。

 彼女はこちらに振り返り、目を大きく見開く。


「ウィリー、様? ……どうされたのですか?」


「考え直すんだ! 自分が誰だか分からないのは怖くて耐え難いかもしれない。でも、死んだら絶対にダメだ! 死んじゃったら、何もかもが無意味になるよ!?」


 早口でまくし立てた。ウィリアムはユナへ駆け寄って、彼女の身に黒い外套を羽織らせる。


「誤解です、ウィリー様! わたくしはここから飛び降りようなんて考えていません」


「え、そうなの? じゃあ、いったい……」


「朝日を見ていたのです」


 ユナは再び崖の先に視線を向けた。


「朝日?」


 ウィリアムは彼女のとなりに立って、同じ方向を見つめる。

 澄み切った東の空には、日が昇り始めていた。小さく見える町々、遠くの山や森。何もかもが、うっすらとした金色をまとっていた。


「お母様がいなくなっても、わたくしが王女ではなくても、朝日は変わらず上るのだと思って、何だか安心してしまったのです」


「安心……か」


「わたくしの望むデルボキラ王国はそのような国なのです。毎日、日が登ると共に起きて、夜が来たらご家族やご友人たちと一緒に美味しいご飯を食べられる。そういった平和と幸福がいつまでも続く国なのです」


 そう言って、ユナはほほ笑んだ。


「最高な国だね。ユナが王様になるのが楽しみだ」


「この国の国王様となるのはウィリー様ですよ?」


「オレなんかより、君の方がずっとふさわしい。この国の女王様に」


「わたくしが? いえ……身分も知れない人間が統治者になれば、国民の皆様を不安にさせてしまうでしょう」


 朝日に照らされたユナはうつむく。騎士団長に凛々しく立ち向かったときの姿は、見る影もなかった。


「そんなこと、言わなかったら誰も不安にならないし、問題ないよ」


「無理です。王族でないわたくしには……」


「ユナ、君は言っていたじゃないか。人々を虐殺する魔眼なんかいらないって。あんなものがなくても、女王になれるって」


 ウィリアムは彼女にほほ笑みかけた。

 魔眼など必要ない。むしろ魔眼を持つ人間が王になることの方が大問題だ。


「あのときは、まさか自分が王族でないなんて……思わなくて……!」


 彼女は顔をうつむけて、手を握りこんでいた。

 震えるその小さな拳を手にとり、ウィリアムはそれを両手で包んだ。


「血統なんて大事じゃない。さっきだって君はオレに理想の王国を語ってくれた。夢を語ってくれた。その夢、叶えたいでしょ?」


「もちろんです! わたくしは、この国を絶対に変えたいんです……女王となって直接この手で変えたい。それが叶わなくとも、デルボキラがよりよい未来を歩んでいけるように、何かしたいのです!」


 彼女は視線をこちらに上げて、訴えかけるようにまくし立てた。それは心の底からの叫びのように思えた。


「うん。だったら、やっぱり君が女王になるべきだ」


「で、でも、できないんです。デルボキラ人は古来から魔眼に頼り続けていました。この国には魔眼を持つ君主が絶対に必要で……!」


「魔眼なんかなくても、ユナは優しい女王様になれる。みんなから愛される王様になれる。それはオレが保証するよ!」


「わたくしが愛される、ですか。いえ、わたくしが王族でないと知れば、誰もが見る目を変えられます」


「そんなことない」


 ウィリアムは首を左右に振った。


「なぜ言い切れるのです? ウィリー様はわたくしを高く評価してくださいますが、わたくしは……」


 か細い声でつぶやくと、ユナは目を伏せた。ウィリアムが高く評価しているのではなく、彼女が自身を過少評価しているのだ。

 だから。


「オレが君を好きだからだよ!」


 胸が焦げそうなほどの愛を、声の限りに叫んだ。

 彼女は目をそらさずに何度もまたたいた。

 その瞳の奥へ、まっすぐと視線を注ぎこむ。

 見つめ合ううちに、周りの山に反響した自分の声が聞こえた。顔が熱くなる。


「……ウィリー様が、わたくしを?」


 まだ瞬き続けているユナは、小首をかしげる。

 この際、彼女自身が気づいていない魅力を教えてあげよう。そうすれば少しは自信を持ってくれるはずだ。

 ウィリアムは深く深く息を吸いこんだ。


「魔眼を持っているとか王族だとかは関係ない! いつもカッコよくて、一緒にいると心強いし勇気がもらえる。いつも真面目で頼りになるし、たまに見せる笑顔は誰よりも素敵だ。何より、誰に対しても心優しい君が……好きなんだ」


 早口でウィリアムは想いをまくし立てた。我慢できずにユナから顔をそむける。恥ずかしくてもう彼女の目を見られない。

 困っているのか、ユナは黙ったままだった。


「ウィリー様……本当に……わたくしなどを? 身分も出自も何も分からないわたくしを?」


「身分や出自なんてどうでもいい! オレはどんなユナでも好きだから。とにかく、君が愛されるべき存在であることはオレが保証する!」


「ほんと、ですか?」


「当然だよ! オレは何があっても君の味方だ」


「……ありがとう、ございます。でも、少しお答えを考えさせてください」


「い、いや、返事はいらないよ。オレはユナに自信を持って欲しかっただけなんだ」


 到底、叶う恋だとは思っていない。

 かえってユナを困らせてしまっただろうか。この想いは胸の内に留めておくべきだったのかもしれない。

 悔恨の念に駆られていると、彼女は口を開く。


「いえ、しっかりと考えてからお答えを出したいのです。ウィリー様がわたくしのことをそれほど想ってくださっているのですから」


 両手を重ねて胸に置き、ユナは目線を下にする。


「け、けど……」


「時間はかけません。ウィリー様がおっしゃっていたように、わたくしはわたくしの意志で選びたいのです」


「選ぶ?」


 再び彼女は顔を上げた。固い決意が感じられる面持ちだった。


「はい。女王になれるのか、なるべきかどうか。慎重に考える必要がありますから。わたくしが何者であっても、自分の信じる道を歩みます」


「あ、そっちか……」


 ウィリアムはかすかな声でつぶやく。

 何を期待していたのだ。彼女がウィリアムをどう思っているかより、王国の命運の方が何倍も、何万倍も重要だろうに。


「……?」


 聞こえなかったようで、ユナは眉をひそめていた。


「いや、なんでもない! 君がどんな道を選んだとしても、オレは応援するよ!」


「ありがとうございます……。とにかく、まずは山を下りなければなりません。じきに貴族軍が麓の町までやってくるでしょうから」


「貴族軍、か」


 たしかに、彼らも黒聖山(こくせいざん)を目指していると言っていた。

 この山に彼らが来れば、再び王国騎士団と交戦することになるだろう。無意味な血がまた流れてしまう。


「わたくしはしっかりと彼らと話し合いをすべきだと思います。ですから、お母様に代わり、わたくしが王家の代表として、彼らとの和解を図ります。この国の人たちが争い合うところは、もう見たくもないですから」


「オレも同じ意見だけど……クリフォードさんたち、話し合いに応じてくれるかな?」


「彼らは理解のある方々です。ですが、王国騎士団は違います。魔女様が亡くなった後も戦い続けるでしょう。王家を信仰する人々は彼ら以外にもたくさんいます」


「え……じゃあ、どうしたら……」


「王女であるわたくしが命じて、騎士団の方々を止めます」


 ユナは崖の先に目を向ける。

 決然とした彼女の横顔が朝日の光に照らされた。見る者を信じさせる凛とした表情だ。


「そうだね。分かった。オレも手伝うよ! 麓まで急ごう!」


「はい!」


 ユナはしっかりと首を縦に振った。

 彼女の体調には心配が残る。せめて黒聖山を下りるまでは一緒にいたい。騎士団長らが彼女に害をなす可能性もあった。

 いや、本当はそれだけではない。少しでも長くユナと一緒にいたかったのだ。


(魔女に似て自分勝手だな、オレって……)


 肩を落としてため息をついた。

 ウィリアムは崖から離れ、とぼとぼと歩きだす。

 だが、ユナに呼び止められた。


「あ、あの、ウィリー様、待ってください!」

 

「ん? どうしたの?」

 

 振り向きながら尋ねると、彼女は深く頭を下げていた。


「昨夜は、大変失礼いたしました……! わたくし……昨夜はどうかしていて……その……」

 

 しどろもどろになりながら、ユナはうつむいて黙りこむ。耳元は赤くなっていた。

 一瞬、何のことか分からなかったが、昨夜といえばユナと肩を寄せ合って眠った。

 彼女の体温を思い出すと、顔が火照る。

 

「い、いや、気にしなくていいよ! 昨日は冷えこんでたから、むしろ一緒に寝て正解だった」

 

「……はい、一晩中そばにいてくださって本当に感謝しています。ですが、そうではないのです! そうではなくて、わたくし、いつの間にか……」

 

 そこまで言いかけてユナは黙りこむ。うつむいて考える素振りを始めた。

 再び昨晩を思い返す。何か、他にあっただろうか。ウィリアムの頭には疑問ばかりが浮かび、気になって尋ねようとする。

 その前に彼女は首を横に振って、口を開く。

 

「いえ、なんでもありません。……早く行きましょう」

 

 ユナは速足にウィリアムの横を通り過ぎた。


「え? 何? 何を言いかけてたの?」


「忘れてください。大したことですが、大したことではありません」


「どっちにしたって気になるんだけど」


「お気になさらないでください……。あ、そうでした! ウィリー様、長らく何も口にしていないのでは!?」


 肩にかけていた小袋から、硬焼きパンや干肉を慌ただしく取りだし、彼女はそれらをウィリアムに強引に押しつけてくる。


「わ、どうしたの、これ?」


「麓で王国騎士団の方々からもらった保存食です。さあ、遠慮なく召し上がってください。食べながら急いで山を降りましょう!」


 ユナはすたすたと遠ざかっていく。


「ちょ、ちょっと待ってよ、ユナ!」


 駆け足で彼女の背を追いかけた。なぜだかは知らないが、いつにも増して活力にあふれているように見える。

 何にせよ、ユナを少しでも元気づけることができたなら、それ以上の喜びはない。大好きな人の救いに少しでもなったのなら、忌々しき魔女の子でも生まれてきた意味があったのだと思える。

 朝になると日が昇るように、ユナの温かい心と凛然とした姿がいつまでも変わらずにいて欲しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ