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30.王国騎士団の団長

 ここ――黒聖山(こくせいざん)(ふもと)の町には、数日前まで貴族軍が拘留していた。しかし、魔女と王国騎士団によって昨日中に完全制圧されたらしい。以後は彼らの軍事拠点と化しているようだ。


 4人の騎士たちに囲まれたまま、騎士団長のいる場所まで向かう。

 石の家が立ち並ぶ住宅密集地を歩いていると、異様な光景が目に留まった。前方に鎖に繋がれた20人ほどの人間がいたのだ。騎士たちに罵られながら彼らは歩行を強いられている。


「あれは、何?」


 自ずと言葉がこぼれた。

 拘束された人間たちは、黒聖山の方角へ向かうようだ。


「この町の者であります。もう間もなく魔女様の魔眼による2度目の裁きが行われるでしょう。それゆえ、反逆者どもを集めているのであります」


 頬に傷のあるつり目をした騎士の男が、冷たい声で答えた。


「まさか、あの人たちを、皆、石にするって言うの?」


「さようでございます」


「いったい、なぜ!? どうして、お母様はこの町に住む方々まで殺めようとするのですか!?」


 血相を変えたユナは、つり目の騎士に非難の視線を向けた。


「この町を治める諸侯貴族は反乱軍に属しております。それに従う町民たちも、反乱軍に武器や食料を提供しました。だから、魔女様は民たちをも反逆者とみなさなければならない。さぞ苦しいご判断だったでしょうね……」


 騎士の男は目を伏して答えた。


「反逆者? この町に住んでる人たちは、直接戦ってないじゃないか!」


「そうでなくとも、反徒を支持した罪が彼らにはあります。中には民兵として反乱軍と共に戦った者もいる。生かしておけば、新たな戦の火種となるでしょう。……さあ、着きました」


 話を中断し、騎士たちは足を止める。

 開けた場所に出た。

 先ほどの広場よりも一回り大きい。風に吹かれて砂が舞っている。


「団長殿は、あそこにおられます」


 騎士の男はひとりの女騎士を指さした。特殊な意匠がほどこされた黒い鎧に身を包み、剣を背負っている。


「あの人、が?」


 てっきり大男のような容姿を想像していたが、視界に見えるのは30歳にも満たないくらいの女性だった。短い茶髪を後ろで結んでいる。

 他の騎士たちにきびきびと指令を出している様子だ。


「お師匠様!」


 ユナの声に気づき、騎士団長はこちらに視線を向ける。


「……ユナティアーナか?」


 震えた声でつぶやいて彼女は目を見張った。慎重な足取りで近づいてくる。

 それが次第に駆け足に変わっていき、ウィリアムは思わず身構えた。


「ああ、あたしの愛しいユナティアーナ! 生きていたんだな!」


 歓喜の声とともに一直線にユナの方に駆け寄った。目の前にたどり着くと、団長は彼女の背に手を回した。鎧で覆われた硬い胸部を、ユナの顔に押しつける。


「わっ、お師匠様!」


「夢じゃない。本当にユナティアーナの声だ! ユナティアーナの匂いだ! ああ、神様のご加護に多大なる感謝を……!」


「は、い……わたくしは無事です。ですから、どうか落ち着いて、ください!」


 夢中になって自身にまとわりつく団長と思しき人を、ユナは懸命に押しのけようとする。

 だが、彼女の抵抗を気にする様子もなく、団長は心の底から嬉しそうに叫んだ。


「ほんとにほんとによかった! あたしのユナティアーナが生きていてくれて!」


 この場にそぐわない喜々としたその表情を見て、思わず眉をひそめた。想像していた団長像とは、大きくかけ離れている。かなり明るい印象を受ける人だ。

 先ほどまでいた騎士たちはいつの間にか去っていた。


「離れてください、お師匠様! 至急、お尋ねしたいことがあるのです!」


 もどかしそうに、ユナは身を動かしながら叫ぶ。


「いいぞ、いいぞ。なんでも言ってみな」


 ユナの頭に頬ずりしながら、ご機嫌な様子で団長は言った。


「……お母様は……お母様や王国騎士団の方々は本当に、この町に住む人々を殺めたのですか?」


 訥々とユナが問いかけるのを耳にし、ようやく団長はユナから離れた。再び顔を上げた団長の顔からは、笑みが消えていた。

 声を暗くして、彼女はゆっくりと語り始める。


「それは……仕方、なかったんだ。魔女様は奴らに身をもって教える必要があるって主張されていてな。こういう反乱が二度と起きないようにさ」


「でも、こんなのは酷すぎます! もっと他にやりようがあったでしょう!?」


「ユナティアーナは優しいな。けど、ここに住んでるのは奴隷労働者ばかりだ。異国の捕虜や犯罪者のような卑しい奴らしかいない。だからそんなに気にすんな」


「たとえ、どんな人間であっても、その命が失われていい理由にはなりません!」


 叱りつけるように、ユナは団長に向かって叫んだ。


「おいおい、落ち着け。魔女様も皆殺しをしたいわけじゃない。貴族軍に従わずにあたしらと一緒に戦った奴もたくさんいる。そいつらには怪我の手当てと食いもんをやるって」


「それでも非道な扱いを受ける人たちが大半です! ここまでの道中に立ち寄った村では、騎士団の者が小さな子どもにまで手をかけようとしていました。許しがたいことです!」


「そう、か。それは団長であるあたしの責任だ。そいつには然るべき罰を与える。……ところで、そこの男は何者だ?」


 騎士団長は鋭い目をウィリアムに向ける。


「この方は、お母様がお探しになっていた救世主様です。早急にこの残虐な争いを終わらせるため、お母様とお引き合わせしたいのです。ウィリー様、指輪をお見せいただけますか?」


「うん……オレが救世主かどうかはまだ分からないけどね」


 右手に指輪をはめて見せた。

 団長は目で貫くようにそれを凝視してくる。


「ふーん。たしかに黒尚石(こくしょうせき)の指輪だな。ご神託(しんたく)通りだ。昔に魔女様も似たようなのをつけておられた気がする」


「はい。この方はデルボキラ王国を救うために、ソス王国から遥々と来てくださったのです」


「えっ、異国人なのか。そういや、救世主様はソスから来るって話だったな」


 不快そうに言った団長は、身を一歩退いた。やはりこの国の人間は外国の人に対して、あまり良い印象を持っていないのだろう。


「魔女……様はどこにいるの? 早く会わせてほしいんだけど」


「そうです! わたくしはお母様に直接会って、抗議します」


 ユナは団長を見上げ、険しい口調で宣言した。


「抗議? 何をだ?」


「お母様の処置は明らかに間違っています。一斉処刑なんて絶対にさせません!」


「お、おい、どうしたんだよ、ユナティアーナ。あんた、さっきから一方的に魔女様を批判しすぎだぞ……? いや、待て。まさか救世主様に何かされたとか?」


 団長はウィリアムをぎろりと睨みつける。


「オレは何もしてないよ。無関係のたくさんの人たちが命を落としているんだから、誰だって文句を言いたくなる」


「その通りです。わたくしは次期女王として、お母様のご判断に異議を唱えるのです。無実な人々を殺めるなんて許せません!」


「……それって、つまり魔女様に逆らうってことか? それじゃあ、貴族軍の連中と同類だろ!」


「構いません。わたくしはわたくしが正しいと思うものしか信じませんから」


「……呆れた。まだ、あんたは魔眼を持ってないのに。そんな反抗的な態度じゃ、魔女様はあんたに神果(しんか)を食べさせない」


 騎士団長は指で額を押さえ、首を左右に振った。


「魔眼なんて必要ありません。罪もない人々を石にしてしまう魔眼なんて、わたくしは欲しくない!」


 その叫びを聞いて、騎士団長だけでなく、ウィリアムも驚いた。

 魔眼の力を神から与えられた物だと頑なに信じていたユナが、それを否定したのだ。今の彼女は、魔女の世迷言に惑わされていない。

 ウィリアムの胸には、この上ない安堵と嬉しさが広がった。


「何言ってんだ。魔眼がなきゃ王になれない。あんたはこの国の女王になるために、血のにじむような努力してきたはずだろ! 今になって、ぜんぶ無駄にするつもりか!?」


「魔眼がなくても、王様になれるよ! 外の国にいる王様は、みんな魔眼なんて持ってないんだから!」


「いいや、無理だ。デルボキラはのん気なあんたらの国とは違う。魔眼の力がなかったら、王は反逆者にすぐ殺されちまうだろうよ」


「心配無用です。お師匠様に鍛えていただいたこの剣で、王国を守ってみせます!」


「無茶だ。到底叶わない。せめてあたしより強くなってから言いな。ユナティアーナ、あんたは少し冷静になった方がいい」


 鋼鉄の籠手(こて)におおわれた手を、団長はユナの頭に優しく置いた。

 ユナはそれを片手でやんわりと払い、自らの師を鋭く見据える。


「でしたら、今……貴方に剣で勝てば認めてくれますか? わたくしが正しいと。無意味な虐殺はやめるべきだと」


「ほぅ、いいさ。やってみな。あたしと剣を交えたら、少しはあんたも冷静になるだろ」


 団長はユナの下から離れる。背から剣をひき抜いて構えた。

 その厳然とした立ち姿だけを見ただけで、不意に鳥肌が立つ。計り知れない強さが全身からにじみ出ている。


「そのお言葉、そのままお返ししましょう」


 それでもユナは恐れる様子はなく、肩からかけた小さなかばんと外套を地面に下ろし、団長と同じように剣を手にする。


「そうかそうか。なら、いつでも来るといい」


 語気に余裕をたっぷりとにじませ、彼女は微笑をもらした。

 それ以降、彼女らは互いに見つめ合ったまま動かなかった。

 この場から全ての空気が消え失せたように息苦しい。風の吹く音がやけに大きく聞こえた。


「……侮らないでください」


 小さな声でつぶやいた後、ユナは迷わず団長に目がけて駆けた。

 団長も動き、ユナに接近する。

 ふたりの剣が衝突する瞬間、大地も揺れた気がした。1度、2度、3度。目まぐるしい剣の応酬が繰り出される。鋼と鋼の激突音が鳴り止まない。


「速すぎる……」


 自ずと身がすくむ光景に、思わず息を呑む。


「成長したな、ユナティアーナ! 何度か死線を超えて来たんだろ!」


 ユナの斬撃を受け流しつつ、団長は楽しそうに叫ぶ。

 団長の言葉には応えず、ユナは黙々と攻め続けていた。だが、しだいに立場が逆転する。団長の猛攻に押され、ユナの体幹が崩れ始めた。

 いつの間にか戦いの主導権を握られ、ユナは後手に回る。


「とっ!」


 団長の高速な足払いがユナの膝を捉えた。

 彼女は転び、地面にしりもちをつく。すぐさま立ち上がろうとするが、団長の剣が首元に突きつけられた。


「そこまでだ。こっから先は手加減しない」


 少しでも身を動かせば、剣の刃がユナの首を切ってしまう。このままではいけない。

 気づけば、ウィリアムは彼女らの下へ駆けていた。


「ユナから離れろぉぉ!」


 剣を握りしめ、団長に襲いかかる。彼女は剣を真一文字にしてそれを受け止めた。


「へぇ。なかなか力強い剣だ、救世主様。でも、あたしのユナティアーナを勝手に呼び捨てにするのは、許さんぞ!」


 素早い連撃にウィリアムは押し返された。

 団長は隙のできた胴体に蹴りを叩きこんでくる。


「うぐっ!」


 ウィリアムは後方に軽く吹き飛んだ。激痛が走る腹を抱え、うずくまる。


「ウィリー様!」


 駆け寄ってきてくれたユナは、庇うようにウィリアムの前に立つ。


「いててっ。大丈夫、大丈夫だよ……。ちょっと重い蹴りをもらっただけ」


「お師匠様の相手はわたくしがします。ウィリー様は魔女様の処刑を止めてください。このままでは多くの方が石にされてしまいます!」


 ウィリアムに背を向けたまま、ユナはまくし立てた。

 たしかに、処刑は何としてでも阻止せねばならない。


「け、けど……」


 この団長の強さは人の領域を超えている。まさに剣の道を(きわ)め終えた剣豪だ。


「問題ありません。わたくしに任せてください!」


 ユナは剣を頬の横で構え、切っ先を団長に向けた。

 恐れも迷いも感じさせない。是が非でも勝つという覚悟……いや、必ず勝てるという確信を、彼女の小さな背が語っていた。

 だから、信じたかった。信じずにはいられなかった。


「分かった。すぐに戻るから!」


 うなずいた後、黒聖山の麓へ走りだした。


「行かせんよ、救世主様!」


 団長が物凄い速さでウィリアムに肉薄する。

 だが、その剣がウィリアムに届く前に、ユナが団長を食い止めた。


「ユナ!」


「心配無用です! わたくしはもう負けません!」


 団長とユナの剣が素早く交差し、何度も衝突する。

 ユナに加勢したい衝動を抑える。ウィリアムは後ろ髪を引かれる思いで、土の地面を蹴り、古びた建物の間を駆け抜けた。

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