28.黒き岩山
翌日も馬を走らせていた。
すると、太陽が真上に来た頃、黒聖山がついに姿を現す。
頂上付近は黒ずんでいた。険しい岩々が不均一な起伏を成し、見る者を威嚇するような鋭い稜線を描いている。麓の付近は樹林に覆われて淡い灰色をしていた。
これほど高い山は初めて目にする。その壮大さに圧倒されたウィリアムは、しばらく言葉が出なかった。
「ウィリー様。急ぎましょう。日が暮れてしまう前に」
同じ馬に乗っているユナの声がすぐ後ろから聞こえた。ウィリアムの腰へと回した彼女の手はわずかに震えている。それを押し殺すかのように、彼女は少しだけ手に強く力をこめてきた。
「そう、だね」
禍々しい黒聖山を睨みつけながら、ごくりと息を呑んだ。馬の腹を軽くたたき、目的地へと急ぐ。
もうすぐ魔女に会える。ここからは気を引き締めなければならない。
山の麓を目指していると、町が見えてきた。
町は静かだ。戦っている様子はない。
「王国騎士団の旗が上がっています!」
ユナは明るい声を上げた。
民家の屋根の上にあった旗には、王家を象徴する黒い花の紋章が見られ、ゆらゆらとはためいていた。
見立て通り、あの町は魔女の軍勢によって既に制圧されたのだ。
「早く行こう!」
ウィリアムは手綱をゆるませ、馬を加速させる。
だんだんと町に近づいて行くにつれて、奇妙なことに気づく。静かすぎるのだ。まるで誰も住んでいないかのように。
町中に入っても人の気配はない。密集する古めかしい石造りの家々には、割れた窓や壊れた扉が見られる。地面には、血のついた剣や槍などが落ちていた。あの村と同じだ。
「ここで、戦いがあったんだ」
その事実を口にして認めた。血や鉄のような異臭がして、鼻をつまみたくなる。
「とにかく降りましょう。生きている方がまだおられるかもしれません!」
「……うん」
馬から降りて、近くにあった柵に手綱を結びつけた。
古びた町並みを見回しながら共に歩いていると、ユナが急に立ち止まる。
「そんな……嘘……」
深く沈んでいくような彼女の声を聞き、背筋がぞくりとした。
「ど、どうしたの?」
ウィリアムの問いには答えず、ユナは走りだす。
「ちょっ、ちょっとユナ!」
どうしたのだろうかと思い、彼女が駆け寄った先に目を向ける。建物の角に大きな岩が落ちていると気づいた。
いや、違う。あれは岩ではない。
……若い女性だった。
「石になった、人間……」
体中に悪寒がめぐる。
ウィリアムも馬から降りて、ゆっくりと“人間だったもの”に近寄った。
幾度も瞼をこする。その悲痛な姿が、否が応でも師匠の最期を思い返させる。
強く実感した。近くに、魔女がいるのだ。
「いや……お母様、どうして? いったい、なぜ?」
ユナはウィリアムよりも衝撃を受けているようで、石になった遺体の横に崩れるように座りこむ。色白肌の彼女の顔は、いつも以上に蒼白だった。
「この人は貴族軍の? でも……」
ウィリアムは、石になった女性の遺体にじっと目を向ける。
薄汚れた胴着は石化されておらず、そのまま残っていた。鎧をつけていないので戦闘兵には見えない。
「いいえ、この方は違います……おそらく、この町に住む町民かと」
「町民!? 魔女は一般人を殺したのか!?」
冷えきっていた体が、熱せられていく。
あの村にいた騎士と同じだ。やはり魔女たちは人間ではない。
「戦争に巻きこまれたのかもしれません。きっと、そうに違いありません」
「だとしても、ひどすぎる! この人たちは何も悪いことしてないのに!」
ウィリアムは声を荒らげた。
この国の女王は常軌を逸していた。ユナから母親を奪うのは大いに憚られるが、魔女は滅ぼすべき存在だ。今すぐにでも。
そうせねば、あの村で起こったような惨事が何度もくり返される。
「……ウィリー様、何かの間違いです。わたくしのお母様は決してこのような非道なことはいたしません。決してこんな!」
ユナは大きく首を横に振る。目の前の光景を受け入れたくないのだろう。
「間違いかどうかは本人に直接会って確かめればいい。とにかく他の人は無事か、確認しよう!」
ウィリアムは石化された女性から離れ、慎重な早足で町を歩く。
不気味な静けさの中、激しく胸を打つ音だけが耳に響いた。




