27.未来の女王様
あれから3日が経過した。ふたり乗りのせいか馬の体力の消耗が激しく、昨日よりも速度が落ちてしまった。だが、ユナによれば、明日には黒聖山の麓に着くそうだ。
草原にある川辺でたき火を囲み、ウィリアムたちはとなり合って座っていた。
ウィリアムは周囲に生えていた白詰草を集め、輪を作ろうとしていた。明日にでも魔女に会えると思えば、何かしないと心が落ち着かなかった。今夜は眠れないかもしれない。
「ようやくだね……ようやく魔女に会えるんだね」
鼓動が早まる。胸がうずく。
長い道のりだった。たくさん歩いたからそう感じるのだろうか。
爛石の光が、草や地面をかすかに照らしている。夜空には、雲の合間に小さな星々がいくつか見えた。
「ええ……思い返してみると、たくさんのことがありましたね」
となりに腰を下ろしているユナは、小さな筆で紙に何かを書いている。太ももを下敷きにしているが、書きにくそうだ。
「あれ? もしかしてその紙、あの商人からもらったやつ?」
「そうです。これまで旅してきた日々を書き記しておこうと思いまして」
「へぇ、さっそく使ってるんだ。いろんな出来事があったから書くこといっぱいでしょ?」
「おっしゃる通りです。でも忘れてしまうのは忍びないので」
「はは、気持ちが新鮮なうちに記録するってわけだ。けどユナって書くの速いね」
ちらりと綴らせている紙をのぞきこもうとすると、ユナは瞬時に膝を胸に引き寄せた。
「み、見ないでください」
「あ、ごめん! ちょっと気になっちゃって」
「いえ……ですが、あまり誰かに見られるのは、何といいますか……気恥ずかしくて。すみません」
膝を抱えたまま、彼女はうなだれる。
思えば、彼女の手記は人に見せるものではないと、本人が言っていた。この国の文字を知らない者だとしても、いい気はしないはずだ。考えが浅かった。
「いいよ。書いてた文字は読めなかったから気にしないで。……勝手に見ようとしてごめん」
「構いません。……さあ、早く眠りましょう。明日は重要な1日となるでしょうから」
そう言いながら、彼女は紙と筆を小物入れの中に戻してしまった。
邪魔をしてしまったようで、さらに気が咎められる。
「……そうだね。でも、黒聖山に着いたらどうするの? どうやって魔女に会うの?」
「まず王国騎士団の団長、わたくしのお師匠様を探します。あの方なら、わたくしのことをご存じです」
「お師匠様、って……君に剣を教えた人だっけ?」
「はい。お師匠様にお会いできれば、お母様の下まで案内してくれるでしょう」
「そっか。でも、王国騎士団の団長、か……信用していいのかな?」
ウィリアムは眉をひそめる。
村で見た彼らの残虐な行いを思い返さずにはいられない。
「ご心配なく。お師匠様は心優しい方なのです。少々変わったところもありますが、誠実な御方です」
ユナが信じる人ならば、ウィリアムも信じたかった。
しかし、実際に会わない限り、疑念を解けない。
「もし、その団長さんが……王国騎士団が襲ってきたら、君はどうするの? あのときみたいにオレと一緒に戦ってくれる?」
「襲ってくるなど、あり得ません。騎士団の方々はわたくしに敵対などしません」
きっぱりとユナは断言した。
「もしもの話だよ。あの村にいたみたいな非常識な騎士がいないとも限らない」
「……必要に応じては、次期王として最善の判断をいたします。わたくしの最優先事項は国民の方々と、ウィリー様をお守りすることですから」
重々しく彼女は告げる。
それを聞いて、ウィリアムは安堵のため息をつく。
以前は間抜けにもユナに盛大に騙された。けれども今の彼女は信じられる。確信めいた何かが自分の心の中に形づいているのだ。彼女を信じたいという思いは、広大な草原を共に駆け抜けたこの数日の間にも、より強固になっていた。
それが良いことなのかは、まだ分からない。だが、良いことであると思いたい。
「分かった。明日は朝早くに出よう」
「はい。この戦乱を一刻も早く終わらさねばなりません」
たき火に木枝を乗せながら、ユナはうなずいた。
「うん。特にリックには、オレたちがお父さんを助けるって言ったからね。あの子を悲しませることは絶対したくない」
白詰草の茎と茎を編み合わせ、輪の形にしていく。
家族を失えば永遠に癒えない傷を心に負う。あの少年には、そのような苦しみを抱いてほしくなかった。
「やはりウィリー様は……慈悲深い御心をお持ちですね」
「そんなことない。オレは優しくなんてないよ。君の方が救世主に向いている」
「わたくしが……?」
意表を突かれたように、ユナはこちらを見て首をかしげる。
「だって、君は困っている人がいたら、何のためらいもなく、救いの手を差し出せる。君はやっぱり救世主に……いや、この国の女王に向いている」
「ありがとうございます。ですが、わたくしはまだまだ未熟者です。お母様には遠く及びません」
「及ばなくていいよ。君は君自身が望むようにするだけでいい。ユナが思い描いている理想のデルボキラ王国を目指せば」
「そのようなことはできません! 未熟なわたくしが好き勝手に統治すれば、また反乱が起きてしまいます」
彼女は大げさに頭を横に振った。
「じゃあさ。もし好き勝手に統治できるとしたら、どんな国にしたい?」
「もし、ですか。今は……貧困に多くの人が苦しんでいます。まずは租税を減らし、農業の効率化を図って食料の生産率を向上させます。暮らしが安定になれば、治安、医療や交通の面も見直さねばなりません。そもそも政治の仕方も、この国に住む人々の意向に沿えるような形に変えて……」
ユナは理想のデルボキラ王国について、時間をかけて語ってくれた。
誰もが住みたいと思う素敵な国だ。話を聞いていると、彼女のこの国と国民に対する愛情がよく伝わってくる。
「ユナなら。いや、ユナティアーナ女王陛下なら、きっと成し遂げられると存じます」
ウィリアムはうやうやしくユナの前に膝をついた。
人を殺すことしかできないと思っていた魔眼の力すらも、彼女なら誰かのために役立てるのではないか。そのような常識外れの可能性すら頭に浮かんでくる。
「おやめください……! わたくしはまだ即位していません。今のわたくしはただの旅人なのです」
「そうだね。女王様には王冠がなくっちゃ!」
ウィリアムは立ち上がって、白詰草で作った花の冠を得意げに見せる。
手渡すと、ユナは目を見開いてそっと受けとった。
「ウィリー様は非常に器用ですね。このような精巧なもの……どうやっておつくりになったのですか?」
「師匠に作り方を教えてもらってね。子供の頃に何度か作ったから、手が覚えてるんだ」
「そう、なんですか。とっても綺麗です」
壊してしまうのが怖いのか、ユナはなでるように王冠に触れる。
「頭にのせてよ。女王には冠が似合う」
期待の眼差しを彼女に向ける。
戸惑いつつも、ユナはためらいがちに花の輪を頭にのせてくれた。
「どう、ですか?」
こちらの顔色をうかがうように、彼女は問いかけてくる。
「可愛い。妖精みたいだ」
「か、かわ……からかわないでください」
ウィリアムが率直な感想を告げると、ユナは顔を赤らめてすぐに冠を取った。
「わぁぁ、待って! なんで外しちゃうの!? せっかく似合ってたのに」
「わたくしがなりたいのは妖精ではなくて、女王です」
「はは、そうだったね。君は……女王様になるんだ」
魔女を倒すことはデルボキラの将来にもつながる。己の復讐だけではない。この国に秩序がもたらされれば、ソス王国や他の国々にも安寧と平和が訪れる。
そう思うと、心に熱さがこみ上げてきた。




