表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/57

26.草原で会った少年

 朝が来るともに、馬に乗って町を出た。

 もう辺りに木々はなく、草原を横切る土の一本道が続いている。自分で歩く必要もないので足も疲れない。体が軽くなった気分だ。


「あとどれくらいなの?」


 前を走る馬に乗ったユナへ、ウィリアムはたずねた。


「3日以内には着くはずですが、寝坊したわたくしのせいで、予定より遅れています。急ぎましょう」


 地図を見て、彼女は答えた。

 凛然としたその姿は、酔っていた昨日とは大違いだ。珍しく朝遅くまで眠っていたが、昨日のことはあまり覚えていないらしい。

 しばらく走っていると、ユナは手綱を引いて馬を止めた。

 ウィリアムもそれにならう。


「どうしたの? ユナ」


「あそこに子供がいます」


 草原にまばらに存在する岩々の中のひとつを、彼女は指さした。

 目を向けると、背の低い赤毛の少年が座りこんでうつむいていた。


「近くに住んでいる子とか? いや、それにしては……」


 見渡す限りの範囲には建物がない。彼はどこからやって来たのだろうか。少し奇妙にも思える。


「何か困っているのかもしれません」


「でも……」


「ウィリー様、少々お待ちください」


 馬から降りたユナは、少年の下へ駆けていく。風にあおられた長い髪が美しくなびいていた。

 その姿を見て、ウィリアムは自分を恥じた。見ず知らずの少年を助けている間にも魔女が黒聖山(こくせいざん)から移動するかもしれない。だから、ウィリアムは彼を助ける判断が瞬時にできなかった。

 魔女の娘だと明かしたあのときもそうだ。ユナは自分の不利益を考えず、目の前にいた人の命を助けた。だというのに、ウィリアムは彼女の正体を知った途端、彼女を一方的に責め立てた。


(オレって身勝手だな。ずっと魔女に会うことしか、考えてない……)


 深いため息をついていると、ユナが赤毛の少年と共に来た。彼は高貴な衣服に身を包んでいて腰に剣をたずさえている。


「ウィリー様……この方、昨日から何も食べていないようで……」


「昨日から? そりゃ大変だ。すぐあげるよ。少ししかないけど」


 さぞかしお腹を空かせているはずだ。

 ウィリアムも馬から降りて、今朝方に町で購入した干し魚と肉を渡した。


「あ、あ、ありがとうございます!」


 赤毛の少年はかぶりつくようにそれらを食べ始める。


「この方は、地方から5日間かけて遥々とひとり旅をされてきたそうなのです」


「5日もひとりで!?」


 つい大声を上げてしまった。


「はい、どうやら黒聖山へ行こうとされているらしく……」


「あなた方、騎士っすか? だったら、頼むっす! なんでもするから、その馬であの山に連れて行ってほしい! お願いっす!」


 干した魚と肉を食べ終わった少年は、ウィリアムにすがりつく。


「ちょ、ちょっと、落ち着いて。どうしてあそこに行きたいの?」


 少年をなだめようとする。

 黒聖山は魔女たちがいる極めて危険な場所だ。子供が行くような所ではない。


「父上は高潔な貴族なんす! 今、この国の自由のために、魔女たちと戦ってる。だから僕も戦いに行きたいんす!」


 ウィリアムは耳を疑った。彼は10歳を過ぎた辺りだろう。まだ本格的な剣の練習も許されていないはずだ。

 彼はウィリアムたちから離れ、(さや)から抜いた剣を空中に振るった。剣さばきは、たしかに少年にしては卓越している。


「君の実力と勇気は認めるよ。数年後には立派な騎士になると思う。でも、今は行っちゃいけない」


 ウィリアムは彼の方を向き、首を横に振った。


「どうして!? 今の貴族軍は少しでも兵力が欲しいはずっす!」


 少年は剣をしまい、身振り手振りで主張してくる。


「いえ、戦いは終わったかもしれません。魔女様のお力と王国騎士団の戦力を合わせれば、反乱はすぐに鎮圧されるでしょう」


 ユナは淡々と言った。彼女は魔女を支持する立場だから当然だ。

 しかし、そのような言葉をこの少年にかけるべきではない。

 その意図をこめた視線をユナに送る。

 察したようで、彼女の表情に動揺が浮かんだ。


「じゃ、もう貴族軍は、父上は魔女に石に……?」


 少年の顔から血の気が引いていく。手足は小刻みに震えていた。彼の感じているおぞましい恐怖が伝わってきて、ウィリアムも胸を焦がさずにはいられない。


「魔女様は……いえ、魔女様はきっと彼らにお慈悲をかけられます」


 視線が降りつつあったが、ユナは迷いを振り切るように顔を上げた。


「戦いが終わっても捕虜とかになってるんじゃないかな」


 ウィリアムも口ではそう言ったが、妙な胸騒ぎがする。あの村で見た残虐な騎士が思い出されたからだ。魔女も反逆者には、間違いなく容赦しない。


「捕まったなら、僕が助けないと! お願いっす! 連れて行ってください!」


 熱心に頼んでくる少年を見て、ウィリアムは彼を後悔させたくなかった。家族に会える可能性があるのなら会わせてあげたい。


「君、名前は?」


「シェリック! シェリック・シュトレインっす!」


 目元ににじむ涙をぬぐい、少年は元気よく名乗った。


「オレはウィリアムという名の……騎士みたいなもんだよ。こっちのお姉さんは旅人のユナさん」


 少年は不思議そうに、ユナを見上げる。


「わたくしは別に旅人では……」


「自分でそう名乗ったんじゃないか。孤独な旅人なんでしょ?」


 ウィリアムは微笑して目を細める。

 ユナは不満げにしていたが、返す言葉が見つからなかったのか、結局はこくりとうなずいた。


「はい。わたくしはある人を探して旅をしているのです」


「その人は黒聖山にいてね。だから、オレたちはあそこを目指してるんだ」


 ウィリアムは付け足して、シェリック少年に説明する。


「じゃあ、ちょうどいい! その馬に乗せてってくれ!」


「だめだ、シェリック君。戦いが終わってても、そうじゃなくても、黒聖山に行くのは危ない」


「それでも、父上が戦ってるなら何かしたい!」


「だけど、家の人は心配してるはずだよ。ご家族はどうしてるの?」


「母上と、姉貴がいるっす」


「そっか……。君にもできることはある。お父さんの代わりに家を守ることだ。戦争から帰ってきたお父さんが疲れを癒せるようにね」


 ウィリアムは少年の頭にぽんと手を置いた。

 彼だけではなく、道中で会った騎士たちにも家族や友人がたくさんいるはずだ。戦は人に喪失と疲弊を残す。だから、誰かが癒しを与えねばならない。


「父上のために……」


「そうだよ。シェリック君……リック君って呼んでもいい?」


「みんなそう呼んでるからいいっすけど?」


「ありがとう、リック君。自分の弱さを認められる人間は立派だ。君と同じぐらいの歳だったとき、オレはそれを頑なに認めようとしなかった」


 苦笑いしながらウィリアムは頭をかく。

 師匠には頑固な小僧だと、よく注意されたものだ。


「シュトレイン様、どうかご安心ください。万が一のことがあっても……わたくしが魔女様に貴族軍への配慮をお頼みしますから」


 ユナはリックに声をかけた。


「ほ、ほんとっすか? いや、でもお頼みするって……まさか旅人のお姉さん、魔女の手下なんすか?」


 リックに疑念に満ちた目を向けられ、彼女は「それは……」と返答に詰まる。

 彼にとって、魔女は父親の敵だ。ユナが魔女の実子であると知れば、この少年は彼女に斬りかかるだろう。かつてのウィリアムがそうしかけたように。


「実はね。このお姉さんはとっても強い騎士なんだ! オレなんかじゃ到底かなわない。魔女より強いよ!」


 両手を上げて、ウィリアムは笑った。


「そんなに!?」


 リックはまじまじとユナを見つめる。


「いえ、おそれ多いです。わたくしなど、まだ研鑽が足りません」


「はは。謙虚だし、優しい人なんだ。……だから魔女の手先なんかじゃない。この人とオレが必ずリック君のお父さんを助けに行く」


 ウィリアムはリックの目をまっすぐと見据えた。


「分かりました。僕、故郷に帰って屋敷と家族を守るっす!」


 リックは大きくうなずいた。その目からは強い決意が感じられた。


「いい子だ、リック君。家まではどれくらいかかるの?」


「1週間くらい歩けば着くっす」


「1週間って……」


「平気っすよ。誰かの馬車を見つけて乗せてもらいます。来るときもそうしましたから」


 ウィリアムの憂慮を察したようで、リックは明るい声を出した。頼もしい限りだが、このご時世であるため気がかりが残る。

 どうにかならないかと思い悩んでいると、ユナが口を開く。


「お待ちください、シュトレイン様。馬術の御心得はありますか?」


「え? そりゃあ僕も貴族ですから、普通に乗りこなせるっすけど」


「でしたら、わたくしの馬をお渡しします。この子に乗って帰られれば少しは安全ですし、その方が早く着くでしょうから」


「えっ、でも……」


「いい考えだ! オレたちがふたりでこっちの馬に乗ればいい」


 ウィリアムは自分の馬の体を柔らかく叩いた。


「ほんとにいいんすか? ぼ、僕はどうお礼をしたら……」


 いきなり話が決まってリックは慌てふためく。


「お礼なんていいのです。遠慮なさらずに乗ってください」


 ユナは自分の馬の手綱を引き、リックに差し出した。


「その通り。ただ、ひとつだけ約束してほしい。必ず君は無事に帰るんだ」


「……分かったす。その約束、絶対に守るっす!」


 リックはウィリアムの目を真剣に見返す。


「そりゃ、オレの方こそ!」


 ウィリアムは彼に笑いかけた。

 その言葉にうなずいた後、リックは慣れた手つきで馬にまたがった。

 彼の背が遠ざかっていくのを見届け、ウィリアムは再び馬の上に乗る。

 魔女に会うための理由がまたひとつ増えてしまった。早く魔女を止めなければならない。そうすれば、この国に住む多くの人々が救われるはずだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ