25.本音
久しぶりのお酒を満喫した後は酒場を出た。
背中に温かみを感じながら、ウィリアムは夜の町中を歩く。
建物の壁に設置された松明や窓から漏れる暖かな明かりが、道を照らしてくれている。
「ウィリー様は救うのです。早くこの国を救うのです。あなたさまは救世主さまなんですから……!」
ユナは本当にお酒が苦手らしく、女主人に飲まされたジョッキ1杯だけで、まともに歩けないほど酔っていた。酩酊してまで、彼女は救世主についての話を延々とくり返している。
まさか、このような形で再びユナを背負うとは全くの想定外だ。
「ちょっと、オレは救世主じゃないから。勝手なこと言わないでよ。誰かに聞かれたらどうするの?」
ウィリアムはとっさに辺りを見回す。外を出歩いている者はほとんどいなかったが、家の中にいる町民に聞こえてしまう恐れがあった。
「大丈夫です。ここは静かな森林ですから」
「違うから、言ってるんだよ」
数日間、木々の中を歩いたせいで、彼女の瞼の裏には森の景観が映し出されているらしい。
「ウィリー様」
ユナが小さく呼びかけてくる。
気のせいか、少し頼りなさげに聞こえた。
「何?」
「わたくし、いい女王になれると思いますか?」
「いい女王か……君が思ういい女王って、まさか魔女みたいな?」
「はい。お母様は常にデルボキラのことを考えています。いつでも気高くて、強くて、愛国心があって……ああ、あんな風になれたらいいのに」
「今のユナもそうじゃないか」
彼女の口から「この国を救いたい」と何度も聞いた。剣技に長けていて、今は皆無だが、普段は凛々しくて貫禄もある。そして何より、魔女と違って、誰かを思いやれる心があるではないか。
「わたくしは違います。まだ魔眼を持っていませんから」
「そんなのなくても、ユナは十分強い。間近で君の剣を見てきたオレはよく知ってる」
「ほんと、ですか!? ウィリー様に褒めていただけるなんて光栄です……!」
嬉々とした声が、ふいに彼女の口から飛び出た。ウィリアムの首に回した手に、力をこめて強く抱きしめてくる。柔らかな感触が背に押しつけられた。
「く、首が……ユナ、やめて……! 息ができな、い!」
ウィリアムはユナの腕をたたきながら、悲鳴を上げた。ご機嫌で何よりだが、首の痛みには耐えかねる。
ほんとうに彼女はお酒に弱いようだ。自分の背にいるのが、全くの別人とさえ思えてきた。
「ふふ。すみません……つい嬉しくて」
微笑した後、ユナは腕から力を抜いた。
このか細い手にあのような怪力があるとは信じがたい。
「ごほっ! けっほ! ……ユナならどんな男でも瞬殺できそうだね」
「いいえ。今のわたくしはまだまだ力が足りません。王国を守るには、もっと強大な力が……魔眼が必要なんですよ」
魔眼は実際に外敵から国を守ってきたのだろう。
それでも、あの力によって家族を失った人間もいる。だからこそ彼女に魔眼を得させてはいけない。
「わたくしは争いをなくしたい。あの人たちが毎日、お酒を飲んで笑い合える……そんな、世の中を……つくりたいのです……」
悪くない国だ。ウィリアムはそう思った。
もうユナは眠ったようだ。旅の疲れが押し寄せてきたのだろう。ウィリアムも久々のお酒のせいか、うとうとしてきた。
「ユナ、それが君の本心なんだね」
眠る前に告げた彼女の言葉は、王族としての立場や魔女の言いつけは関係なく、純粋な本音のように聞こえた。ウィリアム自身がそう思いたかったのかもしれない。
魔眼など持つべきではない。ウィリアム が住んでいた国の王様は、暮らしの快適さと民の幸福を最重視している。おかげで、辺境の地でも難なく暮らせるのだ。力のある君主ではなく、民への心配りができる者こそが、真に優れた王だと言える。
ユナはそのことに気づいてくれるだろうか。いや、気づいて欲しかった。




