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22/57

22.再び旅立つ

 翌朝。薄雲を通して朝の光が差し、絶望に満ちた村をありのままに照らし出す。

 まだ陰鬱な気持ちを引きずりながら、井戸まで水を飲みに向かっていると、ウィリアムはクリフォードに呼び止められた。


「ウィリアム殿、おはよう」


「おはようございます。朝早いんですね」


「いや、ほとんど寝ていない」


 クリフォードは首を横に振る。彼の面持ちには、疲れを少しも感じさせない厳格さがあった。


「え……お休みにならなかったんですか?」


「あの教会で仲間と夜遅くまで会議をしていたのだ。今後の、動きについてな」


「教会で?」


 ここからでも見える石造りの建造物だ。周囲の建物とは違って昨日の戦闘の影響を受けておらず、堂々とそびえ立っている。

 ユナは、今朝に会ったとき、あの教会で礼拝すると言っていた。相変わらず敬虔な人だ。


「ああ。ふ……考えてみれば、まるで冒涜のようだな。神を崇める施設の中で、魔女共を討つ計画を練るとは」


 クリフォードは乾いた笑いを浮かべた。


「公爵さまはこの国の神様を信じてるんですか?」


 ウィリアムが問うと、クリフォードは即座に首を左右に動かす。


「いやいや、まさか。この国にはいるのは守護神ではなく邪神に違いない。教典では、魔眼は国を統治するために王族に与えたものだと書かれているが、本当にそうだとしたら、デルボキラはもっと良い国になったであろう」


「……同感です。今のデルボキラは魔女が好き放題に支配してるだけですよ!」


「違いないな。魔女は無益な戦争を繰り返している。それによって、もっとも苦しむのは戦う騎士と戦税を課せられる平民たちだと言うのに」


 動かなくなった人を抱擁して泣き崩れる村人たちに、クリフォードは目を向けた。村の生存者の誰もが、重苦しい表情をしている。彼らを見ていると、ウィリアムもこの国の人たちの不憫さに同情してしまう。


「はい。昨日みたいな惨事はもう二度と起きないで欲しい……」


 ウィリアムは固く拳を握り締めた。


「起こさせぬよ。そのために、我らは剣を持って立ち上がった。魔女の首を取るだけでは何も変わらない。我々の手で未来を作るのだ」


 反乱軍は劣勢に追いこまれているらしい。それでも、彼の眼差しからは燃えるような野心が伝わってくる。

 国の未来のために戦おうとしている彼らと比べると、個人的な理由のためだけに魔女に会おうと望む自分が、どこか矮小な存在にも思えてくる。


「公爵さまはご立派ですね」


「いいや、まだまだ至らぬ。英雄グエンガン様のようにはな」


 ゆっくりと首を横に振って彼は微笑した。


「グエンガン?」


 その名を聞いて眉をひそめる。覚えのある名だが、思い出せない。


「よもや知らぬのか? 20年前、ソスの激しい攻撃を自ら先頭に立って防ぎ、国を守り抜いた偉大なる大英雄だ。我が遠い親戚でもあった」


 言われて、ふと思い出した。

 ウィリアムの故郷でも厄介な騎士がデルボキラ軍にいると噂になっていたのだ。彼の率いる隊は指揮も高かったらしく、彼らとの戦いでは多くのソス人が戦場で命を落としたと聞き及んでいる。


「その人は今、どこに?」


「亡くなられた。魔女に石にされてしまってな」


「魔女、に?」


「ああ。かつて、彼は魔女の夫であったが、魔女の統治に異を唱えたグエンガン様は、死刑に処されたのだ」


 ユナも言っていた話だった。彼女の父親にあたる人だ。

 クリフォードはグエンガンという男について詳しく語ってくれた。

 グエンガンは国を守り抜いた戦績を魅入られ、魔女に結婚を命じられた。彼は喜んでそれを受け入れたらしい。

 王族の地位を得てからの彼は、魔女にも頻繁に意見するようになった。国民の暮らしを楽にさせるため、無益な戦争を終結させる提案をするなど、様々な政策を魔女に提案した。だが、すべて拒否されたらしい。

 それでも粘り強く説得を続けていると、魔女に反逆者と見なされ、魔眼で石にされたそうだ。


「なんて……酷い」


「我も無念で仕方がない。彼の戦う勇姿は、我や一緒に戦った騎士たちを大いに励ました。そういえば、勇敢に戦っていた昨日の君の姿は彼に似ていたな」


「オレなんか全然です……自分のやりたいようにやっただけですから」


 グエンガンやクリフォードほど偉大な人間ではない。皆がついて行きたくなるような魅力もない。昨日は復讐心に駆られて戦っただけだ。


「それでよい。己の正義を信じることは肝要だ。地方の村では、宗教に浸かっていない人間は珍しいのだから」


「自分の正義、ですか」


「ああ。神よりもよほど信頼足り得るであろう。貴殿のような若者に未来を託したいものだ」


 彼は何度もうなずく。

 ユナにも切に頼まれたが、一国の未来など、ただの人間には重すぎる。


「……公爵さま、すみませんが、オレたちは村のことが心配なので、いったん戻ろうと思います」


「うむ。構わない。可能であれば早めに戻って来てほしい。援軍と合流して、我々は黒聖山(こくせいざん)に向かう予定だ」


「……分かりました」


 残念ながら、ここへは戻らないだろう。だが、この崇高な騎士と彼の軍が命を落とさないことを願っている。そのためにもウィリアムが彼らに代わって魔女を討つのだ。


「ああ、そうであった。貴殿らの出身の村は、北の方角にあるのだったな?」


 昨晩、ユナが言った嘘だが、そういうことになっていたはずだ。ウィリアムたちが目指している黒聖山も北に存在しているらしい。


「はい。そうですけど……?」


「だったら、ひとつ、頼み事をしても良いか? ある御仁を道中の町まで護衛して欲しい」


「護衛?」


「うむ。おっと、ちょうど来たようだ」


 そう言われて、ウィリアムはクリフォードの後ろに、恰幅のいいひとりの男が歩いてきていることに気づく。身なりからして、騎士ではない。首には包帯が巻かれている。

 見覚えのある男だった。


「この御仁、行商人でね。この辺りの村や町を巡っているらしい」


「お前さんだ! あのとき盗賊たちと睨み合ってただろ? そんでから、奴らを打ち負かし、俺を救って手当てまでしてくれて……」


 彼は盗賊たちに人質にとられていた男だ。中肉中背で、口ひげが流れるように顎の下まで伸びている。人懐っこそうな笑みを浮かべていた。


「ええ、まあ。それより、その首は大丈夫なんですか?」


「ほんの少し切り傷ができただけだ。この程度で済んだのはお前さんたちのおかげだ! 感謝してもしきれねぇ!」


「いえいえ、オレの方は別に大したことはしてませんよ。でも、無事でよかったです」


 ユナが賊の男を脅してくれなければ、彼は生きていなかったかもしれない。彼女の英断があったから助けられたのだ。


「そうだ! もうひとりの方は今どこに?」


「教会にいると思いますよ。今は礼拝してると思います」


「そうか。後で、あの人にも後でお礼を言っとかねぇと……」


「うむ。あの御仁にもお頼み申そうと思っていたからな」


「お頼み? それって、さっき言ってた……?」


「その通りだ。ウィリアム殿とあの方には、彼を道中まで護衛してほしい」


 クリフォードは改まった様子で頼んできた。


「そうだった! 昨日の盗賊どもはクリフォード様たちが捕まえてくれたそうだが、またあんな目にあったら敵わん……。奴らみたいな下種な野郎は森のいたるとこに潜んでやがる! でも、お前さんたちがいてくれたら心強ぇ。もちろん、相応の金は払う!」


 行商人の男は早口にまくし立てて、何度も頭を下げてくる。

 こう熱心に頼まれたら拒みづらい。


「途中までなら、いいですよ」


 ウィリアムは小さくうなずいた。

 黒聖山と同じ北の方角にある町ならば、大して寄り道にもならないだろう。


「馬を貸そう。と言っても、速い馬はこれまでの戦で何匹も失ってしまったから、安物になってしまうがな」


 彼は民家の横の柵を指さした。馬たちがつなぎ留められている。

 馬に乗れば、より早く目的地である黒聖山までたどり着けるはずだ。ただ、クリフォードたちに返せなくなるのが、彼を騙すようで気がとがめられる。

 だが、魔女に会うためにはやむを得なかった。このことを話すと、ユナも同意してくれた。


(公爵さまに受けた恩は絶対返す。そのためにも、魔女たちの虐殺を早く止めるんだ!)


 ウィリアムは固く決意した。

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