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20.血塗られた戦

 回り道をして崖下に降り、木々に囲まれた平野に入る。走っていると、小さな村が見えてきた。

 そこは戦乱としか言い表せない状態だった。血の色に染まった地面には騎士や馬が倒れている。

 剣と翼の紋章が記された盾や鎧を身に着けている騎士たちが目に留まった。貴族が結成した反乱軍だろう。

 もうひとつの勢力は、黒い花の紋章を塗料している。彼らが魔女に従う王国騎士団と見て間違いない。貴族軍よりも数がやや多いようだが、戦況は拮抗している様子だ。


「逃がさんぞ、(けが)れた反逆者共め!」

「穢れているのは、貴様らの方だ! 外道!」


 剣同士が衝突する音と共に、彼らは罵声を浴びせ合っていた。

 魔女はどこかと見渡していると、王国側の騎士がウィリアムに襲いかかってきた。自分たち以外は全て敵だと認識しているらしい。

 咄嗟に剣を抜き、相手の攻撃を受け止めた。


「くっ!」


 眼窩(がんか)から飛び出んばかりに目をひん剥かせ、騎士はおびただしい殺意を向けてきた。


「とぉぉ!」


 ウィリアムは彼を押しのけるように剣を払った。ひるんだ彼の兜へ勢いよく剣を叩きつける。


「うっ」


 相手は地に倒れ伏した。

 小さく息を吐いた後、混沌に満ちた周囲を見回していると、逃げまどう子供たちを追う騎士を見つけた。憎き魔女に仕える騎士のようだ。追っているのは、この村に住んでいる子たちだろう。


「なっ! なんてことを!」


 ウィリアムは醜い騎士の背後を取る。騎士はそれに気づき、こちらを振り返った。構わず剣を叩き下す。あっさりと彼は倒れた。


(くっ、一息ついてる場合じゃない!)


 子供だけではないのだ。老人や若い女性が農具を持って身を守ろうとしている。騎士たちの雄叫びや村人たちの悲鳴、さらには家畜の混乱した鳴き声も合わさり、周囲は阿鼻叫喚の場と化していた。

 襲いかかってくる王国騎士団の騎士たちを次々となぎ倒し、ウィリアムは魔女の姿を探す。何人と交戦したかは覚えていない。どれほどの時間が過ぎ去ったのかも忘れていた。


「どこだ? どこにいるんだよ!? デルボキラの魔女め!」


 剣と剣の交わる激しい音が四方八方に飛び交う中、ウィリアムは叫びながら戦場を走り続けた。仇の姿がどこかにいないか見回して。

 ふと、王国騎士団が撤退を始めていると気づいて足を止める。いつの間にか、貴族軍が優勢になっているため、分が悪いと判断したのだろう。

 呼吸を荒くする。急がねばという言葉ばかりが脳内をぐるぐると回る。

 再び走り出そうとした瞬間、名を呼ばれた。


「ウィリー様、危ない!」


 声がした方を向くと、王国側の騎士の男が目を見開いていた。ウィリアムに斬りかかろうとしている。

 その刃がウィリアムの身に触れる寸前だった。誰かの剣が彼の兜を強打したのだ。

 騎士はばたりと倒れる。彼の背後にはユナの姿があった。

 彼女が守ってくれたのだと気付くには、しばし時間がかかった。


「どうして……くっ!」


 驚いている間にも、またもや魔女の騎士が襲ってきた。剣を踊らせ、彼らと応戦する。いつの間にか敵に囲まれてしまった。

 ユナも王国騎士団に例外なく敵対視されている。彼らはユナが魔女の娘だと気づいていないのだ。

 ウィリアムはユナと背中合わせになり、互いの身を守るようにして戦う。迫りくる敵の剣を払い、死に物狂いで戦い抜く。

 ウィリアムたちに触発されたのか、貴族軍の勢いも強まる。

 また一人、また一人と敵が馬に乗って去り、ついに王国騎士団は完全に退散した。


 それを確認すると、貴族軍の騎士たちは剣を天に突きあげて、勝鬨(かちどき)を上げた。

 ウィリアムは剣を支えに地面に座りこみ、息を荒くする。もう体に力が入らない。


「ウィリー様……お怪我はありませんか?」


 ユナが近づいてきて、ためらいがちに様子をうかがってくる。


「切り傷が何か所かできただけ。そっちは?」


「わたくしも平気です」


「そっか」


 首を縦に動かした後、ウィリアムはおかしなことに気づく。なぜ仇である魔女の娘の身を案じているのだろうか。彼女がどうなろうと関係ないのに。

 しかし、ひとつだけ訊かずにはいられなかった。


「ねぇ。どうして、また助けてくれたの?」


 ユナがいなければ、ウィリアムは死んでいた。仇の娘に2回も命を救われるとは何たる屈辱だろうか。けれども、その悔しさと同じくらい拭いきれない感謝の念があった。


「この国の救世主様である貴方様に……死なれては困りますから」

 

 以前も聞いた言葉だった。ウィリアムがどれほど彼女を憎んでも、彼女の目的は変わらないというわけだ。

 いつの間にか貴族軍の熱狂的な声が静まり、辺りには重々しい空気がはびこっていた。

 曲がりくねった細い小道には、血のついた農具や剣、破壊された荷車が散乱していた。貴族軍の騎士たちは包帯を巻き、負傷した仲間や村人を手当てしている。

 その様子に心を痛めていると、金髪の騎士がこちらに近づいてきた。一部が返り血に染まった銀の鎧を着ている。


「見事な剣さばきだ。貴殿らがいなければ、この勝利は成し得なかった。心より感謝申し上げる」


 金髪の騎士は慇懃(いんぎん)に一礼した。成り行きで参戦してしまったのだから、そのような敬意を払われる必要もないのに。


「いえ、そんな! 少し、加勢させていただいただけです」


 ユナは声を上ずらせる。反乱軍の人間は彼女と敵対する相手だ。称賛されて当惑しているのだろう。


「謙虚な御方だ。立派な騎士道精神をお持ちと見える」


 金髪の騎士は頷いた。彼の一言一言には、威厳が宿っているように聞こえた。堂々とした佇まいからは並外れた風格を感じる。


「しかし、あなたは魔女に対して相当な恨みをお持ちのようだね」


 銀髪をした騎士が、その琥珀(こはく)色の目を細めてウィリアムを見た。周りを鼓舞しながら戦っていた腕利きの騎士だ。そのためか、退いた敵の誰もが彼に注意を向けていたようだった。


「そりゃ、まあ」


「おっと、心配しなくていいですぞ。我々も魔女の死を望んでいる。志は同じだ」


 この国の中にも、魔女の横暴を良しとしない人間がいるのだ。そういった人に実際に会うと、少し不安が和らいだ。

 それでも、彼らの正体はまだ知れない。油断は禁物だ。


「そうなん、ですか。ところで、あなたたちはいったい……?」


 ウィリアムは目を細めた。


「ああ、失敬。我はネルソン・クリフォード。王都襲撃隊を指揮している」


 金髪の男は一礼し、厳かな口ぶりのまま語ってくれた。


「クリフォード公爵閣下……? なぜこのような場所に?」


 ユナは訝し気に彼に問いかけた。


「我々は王都から逃げ延びて来たのだ。王都陥落の計画が失敗に終わり、追撃隊にここを嗅ぎつけられて襲撃を受けた。このような事態を招いてしまうとは至極遺憾であるな。奴らの残虐性と執拗さを甘く見ていたようだ」


 目を伏せた彼は唇をかたく結ぶ。


「失敗、そう、ですか……」


 クリフォードの答えを聞き、ユナは小さく息をこぼしていた。王女である彼女の側からすれば、それが紛れもない勝利だから安堵したのだろう。


「私はチャーリー・セントリック・スミス。冴えない男に見えるだろうが、この部隊の副隊長を務めている」


 銀髪の男は人懐っこそうに笑った。

 スミス……どこかで聞いた名前だ。記憶を辿ると、途中で見た伝令兵が、そのような名を口にしていたのを思い出した。名高い貴族なのだろう。


「英雄のお二方、我々も名を尋ねてもよいか?」


 クリフォードと名乗る騎士は問いかけてきた。

 どうするべきかウィリアムは悩む。外国から来たと言ったら、さすがの反乱軍の人たちも良い反応はしないだろう。ユナによれば、この国の人たちは異国人を嫌っているようだから。

 答えに詰まっていると、先にユナが口を開く。例の首飾りを見えなくするためか、外衣(がいい)に深く身を包み、首を縮ませていた。


「わたくしの名はユナです。こちらは……」


「ウィリアムです」


 名を告げてから、ウィリアムは彼らに向けて会釈した。


「ユナ殿に、ウィリアム殿。お二方はいかなる土地よりお越しか?」


 クリフォードと名乗る騎士は、細めた目をこちらに向ける。


「わたくしたちは、ここから北にある村の出身の者です。貴族の方々が王家転覆をたくら……いえ、王家打倒のために立ち上がられたとお聞きし、わたくしたちもお力添えすべく王都へ向かう道中でした」


 ユナは彼らに敬礼した。やむを得ないとはいえ、敵に敬意を払うのは不満だろう。

 しかし、彼女が嘘をついてくれなければ面倒な状況になっていた。感謝せざるを得ない。ウィリアムにとって、その嘘はとても温かいものだった。


「なんと! 志願兵であったか! よもや、我が国に貴殿らのような気高い民がいたとは。貴殿らの偉大なる勇気、心より敬服する」


 クリフォードは目を丸くし、大げさに両手を広げた。


「もったいなきお言葉、感謝いたします。クリフォード公爵閣下。ですが、王都は幸い……いえ、王都制圧に加勢できなかったこと、申し訳なく感じております」


「たしかに王都は落とせなかったが、君たちのような勇敢な同志がたくさんいれば再び都に攻め入ることも叶うだろうね。おふたりとも、どこで腕を磨いたのやら」


 スミスと名乗った白髪の騎士は不思議そうに目を丸めた。


「日々研鑽を積んできたのです。わたくしたちの村では、盗賊による被害に後が立たず、自衛が必須……ですから」


「そうであったか。この辺りの田舎は治安維持が杜撰(ずさん)であるからな。これも魔女の愚鈍政治のせいだ。早々に奴を王位から引きずり降ろさねば」


 額に手を当てて、クリフォードは首を横に振る。


「引きずり下ろすって……魔女が今どこにいるのか知ってるんですか?」


 ウィリアムはクリフォードに問いを投げた。


「我々の王都襲撃が失敗した後、魔女は黒聖山(こくせいざん)に向かった」


「黒聖山に?」


「ああ。黒聖山は魔女にとって要所だ。そこを制圧するべく、我々の軍が駐在している。だからこそ、我らの手からあの山を取り戻すために、奴は向かったのであろう」


「このままじゃ、あの山で次なる魔女が生まれる。それを止めるために私たちは黒聖山の辺り一帯を占領したのにね」


 今、目の前に魔女の実の娘がいるとも知らずに、スミスは肩をすくめる。なぜ魔女が黒聖山にいるとユナが言っていたのかようやく分かった。

 ユナの正体を明かせば、彼女はすぐさま殺されるだろう。しかし、助けてくれた恩も返さずにそのような真似はできない。


「ユナ殿に、ウィリアム殿。貴殿らの助けはありがたいが、残念ながら、我々は劣勢に立たされている。制圧に成功した箇所もあるが、魔女を野放しにしている限り苦戦を強いられるのは不可避。我々の側につくというなら、相応の覚悟を要する」


 クリフォードは真剣な面持ちで言った。

 打倒魔女を掲げる彼らと行動するのは悪くなかった。彼らの覚悟の強さは死に物狂いで戦っていた姿を見れば疑いようがない。

 だが、ウィリアムには魔女を葬る前にすべきことがある。


「オレはいち早く魔女に会いたい。そして、訊ねたいことがあるんです。それがオレの望みです」


「ほぉ、魔女にいったい何を訊ねるつもりかね?」


 スミスは鋭い視線をこちらに向けた。


「オレは魔女に両親を殺された。理由もなく、石にされた。だから、その訳を知りたいんだ」


「では、君のご両親は何らかの罪を――」


「それは無粋な質問だ、スミス卿」


 クリフォードはスミスの肩に手を置き、咎めるように口調を強める。


「おっと、これは失敬。こういったご時世だから、少し過敏になっていてね。お許しを、ウィリアム殿」


 スミスは軽く頭を下げた。


「ウィリアム殿、我々も魔女のいる黒聖山へ向かおうと思っている。だが、魔女は他人の話を聞く耳を持たない。交渉など不可能だ。君の願いは叶わない」


「分かってます。さっきの奴らみたいに、いやそれ以上に魔女は、凶悪だって……それでもオレは……」


「悪いことは言わない。諦めるのが利口だね。あの女が望んでいるのは、私たちの降伏ではなく破滅だよ」


 スミスが静かに首を振りながら語りかけてくる。


「その通りだ。だが我々は貴殿らに協力を強制しない。無論、仲間に加わってくれるのなら心強いがな」


 クリフォードは微笑した。

 どう答えるべきか迷い、ウィリアムは無意識にユナの方へ視線を送っていた。

 彼女もちらりとこちらに目を向ける。言葉を交わさずとも、何かが通じ合った気がした。


「申し訳ありませんが、公爵閣下。少し考える時間をいただけませんか?」


 ユナは静かに尋ねた。

 ウィリアムも同意見だ。今日は色々な出来事がありすぎて、頭も体も限界の警鐘を鳴らしていた。少しでも気持ちに整理をつけたい。


「勿論だとも。今日はこの村で夜を明かすつもりだ。良ければ、貴殿らもどうだろうか?」


「よろしいの、ですか?」


 クリフォードの申し出が意外だったのか、ユナは聞き返す。


「村人に頼んで、部屋を用意してもらおう。此度(こたび)の英雄にはゆっくりと休んでもらわねば」


「ありがとうございます。でも、オレは外でも構いませんから」


 クリフォードの厚意は非常にありがたい。重々しい気だるさを感じていたからだ。

 けれども、同郷の人の死に慟哭する村人たちや騎士たちを見ていると、のんびり休む気にはなれなかった。

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