16.帰らぬ彼女を探しに
翌日。森の中を歩いていると、たびたび集落を見かける。川で洗いものをしている人や農作業に勤しむ人がいた。誰も彼もが忙しそうだ。教会の前で会ったあの男と同じく、みんな頬がこけてやせ細っている。
彼らに泊まれる場所がないか尋ねたところ、
『見ず知らずの方を宿泊させるのはちょっとなぁ。うちも余裕がないもんで……』
と言われて遠慮がちに断られた。いざという時に戦える若い男たちが反乱軍に加わって集落におらず、過敏に警戒しているのだろう。宿泊できる場所は見つからなかった。
しかし内乱の状況について知りうる限りの情報を提供すると、村人たちは少量のパンや豆をお礼としてくれた。
『早く内乱が収まって欲しいです』
村を出た後、ユナはそうつぶやき、貧困に頭を悩ませていた。
今日は昨日よりも長い距離を歩けた。日が暮れ始め、また野宿を始める。こう何度も外で寝泊まりしていると、まるで野生の動物になった気分だ。
食事が終わり、近くの川で体の汚れを落としてからは、池の近くで暖を取りながら、ユナの帰りを待っていた。
『わたくしは池の方に用がありますので、先におやすみになられてください。すぐに戻りますから』
そう言い残して去った彼女は、日が完全に沈みきってからしばらく経過しても、戻ってこない。あれから1時間、もう間もなく2時間が経つ。何らかの事情があって、どこか遠くまで行ったのかもしれない。
横になったが、彼女のことが気になって眠れなかった。
段々と心配になってくる。昨日のユナが言っていた言葉が脳裏によみがえる。夜の森には危険が多く潜んでいるのだ。いくら剣の達人である彼女といえども、危険に変わりはない。
「ひょっとして、何かあったんじゃ……?」
不安に耐え切れず、ウィリアムは立ち上がった。
月明かりを頼りに、鬱蒼とした暗い森の中を歩いて池のある方角を目指す。狼でも飛び出してきそうだ。寒気がしてきた。なおのことユナが心配になる。
彼女の身を案じながら、池に到着した。
湖のように大きいが、辺りは闇に包まれている。水草の青々とした匂いが蔓延っていた。
青白い月光に照らされ、池の中に人の姿が浮かび上がった。
目を凝らすと、誰かがいた。それがユナの後ろ姿だと分かるまではしばらく時間がかかった。なぜなら、普段は外套に身を包んでいる彼女が、肌着もない生まれたままの姿でいたからだ。
「ユナ、さん?」
ウィリアムは小さく声を漏らした。
下半身は水の中に隠れているが、丸みを帯びた肩からはすらりとした腕が伸ばされおり、背はくびれへ向かって滑らかな輪郭を描いている。
美しい白い肌が満月の光に照らされる。まるでその身も幻想的な光を放ち、輝いているようだった。引き締まった細身は磨き抜かれた剣を彷彿とさせる。
その優美な姿に全ての思考が止まり、立ち尽くしていた。
気配を察したのか、ユナがこちらにふり返った。彼女と目が合う。
「え……」
彼女の声が静寂の中に響いた。表情は暗くてよく見えなかったが、体を硬直させている。
「うっ? ウィリー、様!? ど、どうして……!?」
今まで聞いたこともない甲高い声を出したユナは、身を抱いて池の中に肩まで浸った。そのまま背を向けて物凄い速度で水をかき分け、ウィリアムから遠ざかろうとする。
ようやく我に返って自分の失態に気づいたウィリアムは、すぐさま彼女から体を背けた。
「ご、ごめん! なかなか戻らないから心配になって……! ほんとにごめん!」
目元を両手で覆いながら、謝罪の言葉を大声で叫んだ。
まさか夜に沐浴しているとは思わなかった。日没直後とはいえ、夜の水は冷たいだろうに。
「す、すぐに戻りますので、どうかご心配なく――きゃっ!」
早口でまくし立てるのが遠くで聞こえた後、ユナの悲鳴が辺りにこだまする。
水が激しく跳ねる音が、ウィリアムの耳にまで届く。
「どうしたの? 大丈夫?」
彼女の言葉は返ってこない。
背を向けたままでは、何が起きたのか分からなかった。
「ユナさん、何かあったの!?」
再び問いかけるが、彼女は答えない。
池の中に危ない魚でもいたのかと思い、ためらいがちにふり向くと、遠くにユナの姿が辛うじて見えた。両手を激しく動かしている。
「ウィリー、様……たすけ、て! わたく、し……泳げないの……!」
彼女は水面から顔を出して叫んでいた。
その声を聞いたウィリアムは、すぐさま胴衣を脱いで池の中に駆けこむ。冷たさが全身に染み渡るが、気にしている場合ではない。水の抵抗に抗い、必死に彼女の下へ急ぐ。水面が腰まで来た後は、手足を蛙のように動かして泳ぐ。
「今、行く! 絶対に助けるから!」
無我夢中に泳ぎ、すぐユナの下へたどり着く。急に水底が深くなって驚くが、かろうじて池の底に足をつけたままでいられた。
「ウィ、リー様……」
身が沈みかけたまま、ユナは声を振りしぼる。ウィリアムよりも背の低い彼女は、水の底に足がぎりぎり届かないのだ。
彼女に背を向け、暴れるその両手の手首をしっかりとつかみ、自分の首に回す。
「もう大丈夫だ! 早くオレの背につかまって!」
言われるがまま、ユナはウィリアムの背中に身を委ねた。
彼女を背負うと、羽のように軽い体重が乗ってくる。それを確認すると、彼女の腕をぎゅっと掴んだまま岸へと泳ぐ。
浅瀬になると、ウィリアムの肩を借り、ユナはせきこみながら歩いた。どうにか、水草の生い茂る岸にたどり着く。
先ほどは気づかなかったが、丁寧に折りたたまれた衣類が水辺にあった。その1番上に置かれていた外套を取り、ユナの身を包んだ。
「ごほっごほっ……! ウィリー様……ありがとう、ございます」
声を詰まらせながら、彼女はその身を抱く。
覆いきれていない濡れた白い肌がなまめかしく感じ、ウィリアムはすぐに彼女から視線を外した。
「お礼なんていい。そもそも、オレが急に来ちゃったせいだよ。女性の入浴を覗くなんて最低だ。ごめん……」
ウィリアムは拳を握りしめた。禁忌を犯しただけでなく、彼女を危険に晒してしまった。もしこの国に神がいるのなら、それこそ神罰が下るだろう。
「いいえ。ウィリー様にご心配をおかけしたわたくしこそ、咎められるべきです。見苦しい姿をお見せしてしまい……」
「いや、全然、見苦しくなんかないよ! ただちょっと、その、刺激が……」
目をそむける。
女性の裸体を初めて目にしてしまったウィリアムには衝撃が強すぎた。なるべく見ないように気をつけていたが、一部は視界に入ってしまった。
彼女を負ぶったときに感じた温もりと柔らかい感触が頭から離れない。水浸しになった寒さすら忘れるほど、ウィリアムの体は熱くなっていた。
「おっしゃる通りです! このままではお体を冷やしてしまいます……」
ユナが憂いを帯びた目を向けてくる。
このようなときでも、こちらの身を案じてくれる彼女の優しさが、ちくりと心に突き刺さる。罪深い気持ちが胸の内に浸透していく。
「そっちの刺激じゃなくて……いや、いいんだ。急がないで。じゃ、オレはたき火のとこに戻ってるから!」
ウィリアムはこれ以上この場にいるべきではないと判断し、深い森の中へ飛びこむように駆けた。




