第7話:陽気な次男と、ヒロインの奪い合い
小屋の中で、私は慣れない手つきで、冬真の脇腹の傷を水で清めていた。
冬真は呻き声一つ上げないが、その額には冷や汗が滲んでいる。
「……都会の女が、何でこんなことまでする」
冬真は、私から顔を逸らしたまま、低い声で呟いた。
「恩返し、ですよ」
「恩など、山に捨てていけ」
「私にとっては、命を救ってくれた大切な恩です。それに、あなたがクマと戦ってくれたおかげで、里の誰も襲われずに済んだ。里の皆も、そのことを知ったら感謝するはずです」
冬真は鼻で笑った。
「くだらん。マタギは里の盾だ。褒められるためにやっているのではない」
(うわ、完璧主義者でクール! 攻略しがいがありすぎる!)
彼の手当てを続けていると、小屋の外から、軽快で明るい声が響いた。
「冬真兄さーん! 生きてるかー!?」
ドンドン、と勢いよく戸が叩かれる。
私と冬真は、同時に顔を見合わせた。
「誰だ」
「俺だ! 秋人だよ、弟の!」
(弟!? また攻略対象!?)
(やだ、この里、イケメンの密度が高すぎる!)
冬真は舌打ちをした。
「帰れ、秋人。今は誰とも会いたくない」
「冷たいなー。珍しく兄さんが深手を負ったって聞いて、差し入れ持ってきてやったのに」
秋人は構わず、戸をガラリと開け、小屋に入ってきた。
「よう、兄さ――って、おや?」
小屋の薄暗い光の中、私と、上半身裸で寝床に横たわる冬真を見て、秋人は目を丸くした。
そして、すぐに満面の笑みになる。
「へぇ。これはこれは。都会から来た噂のツバキちゃんじゃないか!」
彼は一歩踏み出し、私の目の前まで来ると、手を差し伸べてきた。
「俺は秋人。冬真の弟で、里のムードメーカー担当さ。いやぁ、こんなところで会うなんて。運命ってやつかな?」
差し出された手は、冬真とは違い、荒々しさの中にもどこか女性慣れした優しさを感じさせる。
(きた! これがサブキャラ枠、優しく陽気な癒やし系か!)
(この顔面偏差値の高さ、やはり攻略対象に違いない!)
私は彼の手に手を重ねようとしたが、その瞬間。
バシッ!
秋人の手が、冬真の鍛えられた左腕によって、激しく払われた。
「何を馴れ馴れしい真似をしている、秋人」
「痛ぇなぁ、兄さん。兄さんの『獲物』に挨拶しただけだろ?」
秋人は目を細め、冬真を挑発するように笑った。
「兄さんは怪我してるんだ。ツバキちゃんみたいな可愛らしい女性は、優しくエスコートしないと。俺の獲物にするためにね」
「貴様に、この女に手を出す許可は与えん」
冬真の眼光が鋭くなる。
先ほどまで、傷の痛みに耐えていたはずなのに、弟が私に近づいた途端、獣のような威圧感を放ち始めた。
(うわあああ! 攻略対象同士の火花バチバチイベントきたー!)
(冬真さんが私を巡って、弟と争ってる!? 最高すぎる展開!!)
私は思わず、興奮で小さく震えた。
「へっ。相変わらず独占欲が強いな。いいか、ツバキちゃん」
秋人は冬真をちらりと見てから、私の耳元に顔を近づけた。
「兄さんは、冷たくて不器用な上に、獲物に近づく男は全て排除するめんどくさい性格だ。看病なんて、放り出して俺のところに来なよ。もっと優しく、楽しくしてあげる」
優しく、甘い言葉。
しかし、その瞳の奥には、兄である冬真への挑戦的な輝きがあった。
この里の男たちは、私という獲物を巡って、すでに戦いを始めているのだ。




