第5話:食い止められた悲劇と、隠された深手
クマ避けの鈴を押し付けた春樹が去り、私は一人、ぼんやりとしていた。
里の男たちの会話が、風に乗って聞こえてくる。
彼らは、私の命を救った冬真の行動について話していた。
「冬真のやつ、相変わらず手柄を独り占めしやがって」
「まあいいじゃねぇか。だが、よく動けるな。昨夜の『見回り』で、かなり深いのを負ったって聞いたぞ」
「見回り? あの『尺取り(しゃくとり)のゴン』を追っていたのか?」
「ああ。冬眠前のクマは凶暴だ。特にあのゴンは、里の近くで何度も目撃されている大物。冬真は里にクマが入るのを食い止めようと、単独で遭遇したらしい」
(え……?)
里の男たちの会話を聞き、私の心臓がドクンと跳ねた。
冬眠前のクマ。それは、食料を求めて人里近くに出没し、最も危険で凶暴な時期だと聞く。
そして、その相手が「尺取りのゴン」と呼ばれる、里でも恐れられている伝説の巨熊だという。
昨夜の激闘。深手。
「動くな。俺の縄張りが汚れる」と言い放ち、私の命を救ったあの瞬間。
彼は、巨大で凶暴なクマとの命懸けの戦いの直後だったというのか。
(嘘……。さっき、そんな素振り、欠片も見せなかった)
(私の命を救った時、彼はたしかに、一瞬だけ顔を歪ませたような気がした。あれは、クマへの威圧ではなく……傷の痛みだったんだ)
あの圧倒的な強さは、満身創痍の上で成り立っていた。
彼は私のために里の領域に戻ってきて、クマを追い払ってくれた。
(駄目だ。恩人なのに、重い怪我を負っているのに、気づかなかったなんて)
マタギのプライドか、里の掟か。彼は怪我をしても、誰にも頼らない。
(だけど、ここは乙女ゲームの世界観だ)
(ヒロインとして、看病ルートを黙って見過ごすわけにはいかない!)
私は決心し、祖母の家にあった薬箱と、おかゆを作るための米と鍋を抱え、里の人間が絶対に近づかない冬真の住処を探し始めた。




