第4話:年下のツンデレと、火花の散る兄弟
クマ騒ぎから数時間後。
私は、祖母の家の玄関前で、先ほどまで足が震えていたのが嘘のように、ぼんやりと座り込んでいた。
(冬真さんに助けられちゃったな……)
(「俺の所有物だ」なんて、あのクールな顔でサラッと言われたら、こっちの心臓が持たないわ!)
このシチュエーション、完全に「難攻不落のメインキャラに、いきなりフラグを立てられた」状態だ。
乙女ゲー的には大勝利だけど、現実としては怖すぎる。
(せめて、クマ避けの鈴くらい持っておけばよかった)
そんな反省をしていたとき。
「チッ。バカの癖に命拾いか」
突然、背後から投げかけられた声に、体が跳ね上がった。
振り返ると、そこに立っていたのは、やけに垢抜けた顔つきの少年だった。
年の頃は十代後半。細身だが引き締まった体をしており、やはり狩装束を身につけている。
「あ、あなたは……?」
「……別に、どうでもいいだろ。よそ者の女が」
春樹と名乗ったその少年は、私を心底軽蔑するような目で見ていた。
(わ、分かりやすい敵意!)
(なんだろう、この子は。里の男の子はみんな、こんな感じなの?)
春樹は私の足元に、何かを投げつけた。
チリン、チリン。
それは、真新しいクマ避けの鈴だった。
「なんでクマに遭遇する女が、こんなもんも持ってねぇんだ。アンタが山を荒らすから、里の迷惑になるんだよ」
「え、あ、ごめんなさい……」
怒鳴られた私に対し、春樹はフン、と鼻を鳴らした。
「別に、アンタのために持ってきたわけじゃねぇ。里の連中にこれ以上迷惑をかけたくねぇだけだ。二度と、山には近づくな」
そう言い捨てると、彼は私から顔を逸らし、来た道を戻ろうとする。
(うわ、典型的ツンデレの教科書みたいな言動!)
(でも、やっぱり根は優しいんだ。私、ちょっと感動したかも)
「あの、ありがとうございます! 大事に使います!」
私が素直に感謝を伝えると、春樹の耳がほんのり赤くなったような気がした。
「うるせぇな! 感謝なんていらねぇ!……っていうか、アンタ」
彼は私に一歩近づき、鋭い目つきになった。
「冬真兄さんに、余計な色目使うんじゃねぇぞ。あの人は、アンタみたいな都会の女が一番嫌いなんだからな」
(えっ)
(冬真兄さん!? この子、あのクールマタギの弟だったの!?)
どうやら、春樹は冬真の実の弟、または従弟のようだ。
そして、彼が持つ私への敵意は、都会への憧れと、兄(冬真)への対抗心や尊敬が入り混じった、複雑なものだと察した。
「俺は、アンタがこの里で一番の厄介者だって、証明してやるからな!」
そう、捨て台詞のように言い放ち、春樹は足早に去っていった。
クマ避けの鈴だけが、私の手のひらで寂しく鳴っている。
(わー……)
(攻略対象、二人目登場だ……しかも、兄弟間のギスギス付き!)
(これは乙女ゲーでいうところの、隠しルートの鍵になりそう……!)
春樹に突きつけられた言葉は、主人公である椿の*「都会から来た者」としてのアイデンティティを揺さぶる、重要な要素となるだろう。
マタギの里での生活は、思っていたよりもずっとスリリングになりそうだ。




