第2話:クマと、絶対的なヒーロー
里に来て三日目の昼下がり。
私は里長から言われた「絶対入るな」と言われた山には入らず、集落に隣接した裏の畑で、祖母が残した草を刈っていた。
(ふう。慣れない作業で、すぐに汗だくになる)
都会の喧騒とは違う、鳥の鳴き声と風の音。
平和だ。なんて平和なんだろう。
――その時。
バリバリッ!
畑の向こう、鬱蒼とした森の境界で、大きな音がした。
まるで、太い木がへし折られるような音。
(え……?何か、大きな動物が走ってる?)
次の瞬間、私の目に飛び込んできたのは、畑の柵を軽々と乗り越え、こちらに向かってくる黒い巨大な影だった。
「ひっ……!」
クマだ。
しかも、集落の間近まで来ている。ありえない。
私は腰を抜かし、その場に座り込む。
逃げなきゃ。そう思うのに、恐怖で体が動かない。
クマは立ち上がり、私に向かって「ウオオオオオオ!」と咆哮した。
(あ……ダメだ。私、ここで死ぬんだ……)
(なんでこんな里に来たんだろう。最期がクマに喰われるなんて、最悪すぎる!)
恐怖で目を閉じ、死を覚悟した――その時。
「動くな!」
低い、それでいて鼓膜を震わせるような、鋭い声。
同時に、私とクマの間に、影が一つ立ち塞がった。
ズン、と。
私が里長の後ろで見た、あの分厚い背中。
鹿革の装束を着た、あのマタギだ。
彼は私の方を振り返りもせず、クマに向かって立ち尽くす。
その手には、まるで最初からそうであったかのように、一丁の銃が握られていた。
「里に近づいた獲物は、すべて俺の獲物だ」
そして、私に告げた。
「お前は、俺の縄張りに迷い込んだ。だから、俺の所有物だ。勝手に死ぬな」
(え? 縄張り? 所有物?)
(まって、今、クマから助けられてるのに、このセリフは……ドSイケメン攻略対象のやつ!?)
私の視界には、恐怖よりも、目の前の男の圧倒的なカリスマ性が映り込んでいた。
彼の名は、阿仁・冬真。
この物語の、【メイン攻略対象】だった。




