プロローグ:ようこそ、禁断の里へ
「……はぁ」
私は椿。東京でIT企業の営業職をしていた、どこにでもいるアラサー女子である。
そんな私が今、自家用車で片道八時間。携帯の電波も圏外の、秋田の山奥にいる。
理由は簡単。祖母が住んでいたこの家を、私が継ぐことになったからだ。
ここは『阿仁マタギの里』。
古い伝統が今も残り、外部の人間を容易に受け入れない、秘境中の秘境だった。
(聞いてはいたけど、本当に電波がない)
(そして、人が少ない。すれ違うのは、無骨な顔をしたおじいちゃんたちばかり)
里の入り口には、「里の掟を守らぬ者には、死を」と書かれた、威圧感のある木製の看板。
ホラーか何かだろうか。
『マタギ』とは、代々この地に住み、クマを追うことを生業とする猟師のこと。
祖母が生前、冗談めかして言っていたことを思い出す。
「ツバキ、この里の男たちは、獲物を狙う目つきをしてるから気をつけな。特に、若い男は危険だよ」
「危険ね……。まあ、都会で男に疲れた私には、縁のない話だわ」
そう思っていた、この時は。
ここが、かつて私が熱中した『乙女ゲーム』の世界観に、酷似していることに気付くまでは――。




