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炎と氷の誓い  作者: 須藤
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再会

 陣の外は、まだ煙っていた。焦げた草と血の匂いが、風に乗って流れていく。

 巣伏すぶせの地を越え、いまは戦の果て。


 阿弖流為アテルイは、焚き火の前に立っていた。火は小さく、静かに燃えている。その向こうに、ひとりの男が歩み寄ってくる。

 黒い直衣。腰に佩いた太刀が、陽を反射した。


 ――坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろ


 名を聞いたとき、アテルイはわずかに眉を動かした。かつて、雪山で出会ったあの男の顔が脳裏をよぎる。焚き火の赤が、その面差しを照らした。

「……おぬし、あのときの――」

 アテルイが口を開く。

 田村麻呂たむらまろは静かに頷いた。

「その節は、世話になった。共に食った肉の味。忘れてはおらぬ」

 互いに笑わない。だが、目の奥に、確かに何かが灯った。

「降伏すれば、都へ送られる。罪人としてではない。おぬしらの戦は、正しかった」

 田村麻呂の声は、低く、重く響いた。

 アテルイはしばらく火を見つめていた。

 炎が揺れるたび、彼の頬に刻まれた傷が浮かんでは消える。

「この地を守るために戦った。民を守るためにな。だが……その民が、これ以上血に濡れるのを望まぬのなら、我は剣を置こう」

 田村麻呂は深く頷いた。

「おぬしの心、都にも伝えよう」

 沈黙。

 やがて、アテルイは腰の短刀を抜き、刃を土に突き立てた。

 火の光が、銀色の線を描く。

「剣は預けよう。だが、魂は奪わせぬ」

 田村麻呂は一歩前に出て、その刃の前に膝をついた。

「その魂、我が胸に刻もう」

 焚き火の炎が、二人の顔を交互に照らしていた。それは、もう二度と同じ火を囲むことのない男たちの、束の間の光だった。


 二人の間に、風が吹いた。

 炎が大きく揺れ、灰が舞った。遠くで、鳥が鳴いた。

 戦の終わりと、静寂の始まりを告げるように。



 その後、阿弖流為アテルイ母礼モレは都へ送られた。

 田村麻呂の嘆願もむなしく、二人が胆沢いさわの地を再び踏むことはなかった。


 日はめぐり、北の山々に初雪が降った。

 その白さの奥に、燃えるような火の記憶が残っていた。

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