1節~初めまして、よろしくお願いします。~ 9
「明坂、ここの設計案なんだけど……ここだけ、コンセプトとちょっとズレてないか?」
昼過ぎのデスク。
ヒロトがタブレットの画面を見せると、キリカは一瞬だけ眉を寄せた。
「そう……ですか? 私は一貫してると思ったのですが」
「うん、構成としては合ってる。
ただ、クライアントが重視してる簡潔さって視点で見ると、ここだけちょっと複雑すぎる印象になるかもって」
「……それは、先輩の主観ですよね?」
静かな、しかし明確な反論。
それ以上でも以下でもないが、周囲の空気がわずかに張り詰める。
まるで先輩に対する言葉遣いではない。
ともすれば、喧嘩を売っていると誤解されかねない言葉の圧。
ヒロトは軽く目を伏せた。
別に責めるつもりもなかった。
むしろ、彼女のセンスは信用している。だからこそ細かく指摘を入れてしまう。
だが、どうも噛み合わないことが多すぎる。
「……わかった。じゃあ一旦、全体と照らし合わせて再検討してみてくれ。内容自体は良いと思ってるから」
「了解です」
淡々とした返事。
そこには敵意もなければ……打ち解けようという気配もなかった。
「……中町くん。らしくなくない?」
キリカとのやりとりが終わった後。
麻衣が隣でこっそり言ってくる。
「え?」
「言い方とか、トーンとか。なんかいつものあしらい上手の中町くんじゃない感じ」
ヒロトは、ほんの一拍だけ間を空けてから言葉を返した。
「……かもな」
「なにそれ。原因、わかってないの? 後輩ちゃん相手にムキになっちゃって」
「分かってたら、こんなにモヤモヤしないよ」
返しながら、自分でも驚いていた。
いつもなら、部下が自分を苦手にしていても、気にしすぎないようにやれていた。
でも――今回は、妙に引っかかる。
「はぁ。なんなんだろうな……この感じ」
あの反発も、素直じゃない態度も、理屈ではちゃんと理解できている。
それでもなぜか、彼女との間にある距離だけは、うまく埋められない気がしていた。
そんなふうに悩む自分こそ、よほどらしくないと、ヒロトは思った。
麻衣は、そんな彼を横目で見て、少しだけ口元を緩めた。
「……いいと思うけどね。そういう中町くんも」
「それ、どういう意味だよ?」
「さあ?」と麻衣は肩をすくめる。
その日の夜。
ヒロトはスマートフォンを手に持ったまま、しばらく画面を見つめていた。
親指が、ある名前をタップしそうになる――
けれど、まだその先へは動かない。
何かを問いたくなる夜は、もうすぐそこに来ていた。