表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
好きの手前と、さよならの向こう  作者: 茶ノ畑おーど
〇序章【始まりと予感】
8/108

1節~初めまして、よろしくお願いします。~ 8

「えっ……飲み会、参加必須ですか……?」


翌日。会議室の一角、進行資料の確認を終えた後。

キリカの声は、いつもより少しだけ遠慮がちだった。


「もちろん、強制じゃないよ!」


と、麻衣は笑顔で答える。

が、すぐに申し訳なさそうに続ける。


「でも……一応、明坂ちゃんの歓迎会も兼ねてるって話しちゃったから……できれば! 予定とか何もなければ、参加してほしいかなーって」


少しだけ困ったような、でも気遣うような目。

キリカはその視線を一度だけ正面から受け止め、すぐに伏せた。


「歓迎……」


頷きかけて――ふと迷う。

見かねて、麻衣が続けた。


「それに、うちだけじゃなくて。他のチーム……ほら、例えば、明坂ちゃんが前いたチームの子たちもくるみたいだし、ね?」


「……あ。そうなんですね……それなら、私だけ行かないのも、変ですよね……」


その返事に、麻衣がほっと息をついた。


会話の様子を、少し離れたところからヒロトは眺めていた。


麻衣の気持ちは分かる。キリカに、なんとかチームに馴染んでほしいという想い。

でも――


「……あそこまで『歓迎』って言われちゃうと、変に意識しちゃうよなぁ」


それならば、まだ『半強制』の空気感を出される方が、彼女にとっては参加しやすかったかもしれない。


いつもなら、そのあたりも上手くやる麻衣。彼女も、どうにかしてあげたいという気持ちが強いのだろう。


完全な善意であっても、押しつけになってしまうことはある。

キリカの微妙な表情が、それを物語っていた。



昼休み。

食堂では、日差しがやわらかく差し込む窓際の席で、いつものメンバーが笑っていた。


「明坂ちゃんも来るの? 珍しくない?」

井口が言いながら、紙パックのカフェラテを振る。


「……なんか、私の歓迎会みたいな感じで。逃げ道を塞がれたというか……」

とキリカが小さく答える。


「マジかぁ、飲み会苦手な人にはつらいよねぇ」

石井が同情するように眉を下げて見せる。


「それなら、俺らの席で飲んでればいいじゃ~ん!」

杉山が笑いながらキリカの肩を軽く小突く。


「つまらなくはしない自信あるし!」


「お前、それがもうつまんねーから」


石井のツッコミに、一同がどっと笑った。

キリカも、思わず口元に笑みを浮かべる。


正直に言えば、飲み会なんて気まずいだけだ。

けれど、騒がしいだけで、距離感を詰めすぎてこない彼らの会話は、意外と心地よかった。


言葉の奥に探りを入れてこない。

優しさじゃなく、ただの『気安さ』。

軽薄なまでの上辺感が、今のキリカには気楽だった。


――――これなら……飲み会の間くらいなら、やり過ごせるかも


彼女はそう思ってしまった。

その時、なぜか胸の奥に、ほんの少しだけ猜疑心のようなものが芽生えたのだが――

その正体に、まだ気づいてはいなかった。



廊下の向こうで、その笑い声が遠くから聞こえていた。

ヒロトはファイルを手に持ったまま、立ち止まる。


チームでは聞いたことのない、キリカの笑い声。


「……なんで、そっちだとそんな風に笑えるんだよ」


誰にぶつけるでもないその感情は、自分の中だけに、そっと沈んでいった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ