1節~初めまして、よろしくお願いします。~ 8
「えっ……飲み会、参加必須ですか……?」
翌日。会議室の一角、進行資料の確認を終えた後。
キリカの声は、いつもより少しだけ遠慮がちだった。
「もちろん、強制じゃないよ!」
と、麻衣は笑顔で答える。
が、すぐに申し訳なさそうに続ける。
「でも……一応、明坂ちゃんの歓迎会も兼ねてるって話しちゃったから……できれば! 予定とか何もなければ、参加してほしいかなーって」
少しだけ困ったような、でも気遣うような目。
キリカはその視線を一度だけ正面から受け止め、すぐに伏せた。
「歓迎……」
頷きかけて――ふと迷う。
見かねて、麻衣が続けた。
「それに、うちだけじゃなくて。他のチーム……ほら、例えば、明坂ちゃんが前いたチームの子たちもくるみたいだし、ね?」
「……あ。そうなんですね……それなら、私だけ行かないのも、変ですよね……」
その返事に、麻衣がほっと息をついた。
会話の様子を、少し離れたところからヒロトは眺めていた。
麻衣の気持ちは分かる。キリカに、なんとかチームに馴染んでほしいという想い。
でも――
「……あそこまで『歓迎』って言われちゃうと、変に意識しちゃうよなぁ」
それならば、まだ『半強制』の空気感を出される方が、彼女にとっては参加しやすかったかもしれない。
いつもなら、そのあたりも上手くやる麻衣。彼女も、どうにかしてあげたいという気持ちが強いのだろう。
完全な善意であっても、押しつけになってしまうことはある。
キリカの微妙な表情が、それを物語っていた。
◆
昼休み。
食堂では、日差しがやわらかく差し込む窓際の席で、いつものメンバーが笑っていた。
「明坂ちゃんも来るの? 珍しくない?」
井口が言いながら、紙パックのカフェラテを振る。
「……なんか、私の歓迎会みたいな感じで。逃げ道を塞がれたというか……」
とキリカが小さく答える。
「マジかぁ、飲み会苦手な人にはつらいよねぇ」
石井が同情するように眉を下げて見せる。
「それなら、俺らの席で飲んでればいいじゃ~ん!」
杉山が笑いながらキリカの肩を軽く小突く。
「つまらなくはしない自信あるし!」
「お前、それがもうつまんねーから」
石井のツッコミに、一同がどっと笑った。
キリカも、思わず口元に笑みを浮かべる。
正直に言えば、飲み会なんて気まずいだけだ。
けれど、騒がしいだけで、距離感を詰めすぎてこない彼らの会話は、意外と心地よかった。
言葉の奥に探りを入れてこない。
優しさじゃなく、ただの『気安さ』。
軽薄なまでの上辺感が、今のキリカには気楽だった。
――――これなら……飲み会の間くらいなら、やり過ごせるかも
彼女はそう思ってしまった。
その時、なぜか胸の奥に、ほんの少しだけ猜疑心のようなものが芽生えたのだが――
その正体に、まだ気づいてはいなかった。
廊下の向こうで、その笑い声が遠くから聞こえていた。
ヒロトはファイルを手に持ったまま、立ち止まる。
チームでは聞いたことのない、キリカの笑い声。
「……なんで、そっちだとそんな風に笑えるんだよ」
誰にぶつけるでもないその感情は、自分の中だけに、そっと沈んでいった。