表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
好きの手前と、さよならの向こう  作者: 茶ノ畑おーど
〇序章【始まりと予感】
7/79

1節~初めまして、よろしくお願いします。~ 7

「明坂ちゃん、ここ分かりづらかったら、あとで一緒に見ようか」


「うん、無理しないでね? 私たちも最初つまずいたとこだから」


「あんたは、未だにつまずいてるでしょうが」


「……はい。おっしゃる通りです」


昼休みを終え、作業を終えたしおりたち三人が、キリカの席に立ち寄って笑顔を向ける。

優しい口調。柔らかな空気。


キリカは小さく頷いて「ありがとうございます」と答える。


その声には、確かに感謝の色があった。


けれど同時に、どこか張り詰めた緊張も含まれていた。


しおりたちの親切は、悪意のないものだ。

むしろ、キリカを気にかけ、輪に入れようと努力してくれている。


……なのに、なぜか上手く馴染めない。


ヒロトは、そんなキリカの様子をデスク越しに見ながら、「きっと、あいつは気を遣われるのが一番苦手なタイプだろうな」と苦笑をこぼした。




「ここは、明坂の修正を反映して……」


「……それ、まだ修正終わってませんけど」


「あ、そうなのか」


午後の打ち合わせ。



ヒロトは進行の合間、キリカの発言をうまく拾って場に溶け込ませようとする。

だが、キリカは一歩引いたように答え、無難に話を締めくくるだけだった。


見かねた麻衣が、資料を配るタイミングで小声で耳打ちする。


「……ねえ、ちょっと構えすぎてない?」


「うん。多分、こっちが気を遣いすぎてるのも伝わってるんだと思う」


「あー……あるある。私も新人のときにやられたら、逆にきついだろうなー」


そんな会話を交わしながら、麻衣はキリカのほうをちらりと見る。

彼女の背筋は、まっすぐすぎるほどに伸びていた。



そんな状態のまま、数日が過ぎた。

ヒロトが、資料提出を終えてオフィスのフリースペースを通りかかると――


ふと聞こえてきた笑い声に、足が止まった。


ガラスを通した向こう側。

数人の社員が談笑するテーブルに、キリカの姿があった。


その顔には、珍しく自然な笑みが浮かんでいる。


卓を囲むのは、見覚えのある女性社員――確か、前のチームでキリカと一緒だったはずだ。


そして、隣にいたのは井口という名の男性社員。

その横には彼と同じチームの、石井と杉山の姿もあった。


「……あいつらか」ヒロトは脳内で毒づく。


その三人に関しては、正直、あまり関わらせたくない面子だった。

だけど、彼らの会話は妙に自然で、キリカの肩の力が抜けているようにも見えた。


井口が何か軽口を叩き、キリカが呆れたように眉をしかめ、でも口元には笑みを残している。


その姿を見て、ヒロトは無意識にスマホを取り出し、ロック画面を確認した。

何かを期待したわけではないけれど、やはり通知はなかった。


会社で誰と話そうが、もちろん自由だし、文句を言うつもりもない。

そう言い聞かせながら、ヒロトは踵を返す。

ただ、その背中には、何とも言えないもやのようなものがこびりついていた。



その晩。

麻衣がSlackに投げたメッセージがふと目に入った。


『来週金曜、プロジェクトメンバーで飲み会やるよー! 予定空けといてね!』


まだその話題は、ただの業務連絡でしかなかった。

けれどヒロトの心の中では、形容しがたい火種のようなものが、静かに燻り始めていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ