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好きの手前と、さよならの向こう  作者: 茶ノ畑おーど
〇序章【始まりと予感】
6/78

1節~初めまして、よろしくお願いします。~ 6

「で、ここの設計、もう一回だけ見直してもらっていいか? 仕様変更が入りそうなんだよ」


次の日の朝。

ヒロトが声をかけると、同じチームの【佐原ちひろ】が「りょーかいです!」と元気よく返した。


プロジェクト会議のあとの午前中。

ヒロトたちは、来週の中間報告に向けてタスクの再調整をしていた。


ホワイトボードの前では、【藤田すみれ】が淡々とマーカーを動かしている。

資料を確認するちひろが、「あ、ごめん。全然違うところ見てた」と指差すと、すみれが即座に無言で赤字修正。

テンポのいいやりとりに、自然と笑いが生まれる。


「……じゃあ、私はここの分担で」


遠慮がちに声を上げたのは、少し離れた席から資料を手に立ち上がったキリカだった。


その声に、会話が一瞬止まる。


「あっ……。えっと……私、その分野、前のチームでやっていたので……」


そう続けた声は、少しだけ硬かった。


「……あ、そうなんだ! じゃあお願いしよっかな? 明坂ちゃん、ふぁいと!」とちひろが答え、すぐに雰囲気を戻す。


「……ありがとうございます。頑張ります」


キリカは一礼して、そそくさと席に戻っていった。


一応は上手くまとまった。

だがヒロトは、どうしても流れる、一瞬の間のようなものが気になってしまう。

……やっぱ、まだ馴染めてなさそうだな、とヒロトは思った。


それでも彼女なりに輪に入りたい気持ちは感じられた。

だからこそ周囲も受け入れようという姿勢を見せているが……。


むしろ、それがキリカの焦りを生んでいるようにさえ見えた。



昼前。あと少しでランチタイムというときだった。

タスクをまとめたキリカが共有スプレッドに入力しようとしたとき、キリカがファイル名を間違えて、別のメンバーの進捗に上書きしてしまう。


「あっ……!」

すぐに気づいたが、時すでに遅し。


「ちょ、誰!? 上書きされてるー!」と、ちひろの悲鳴。


「……すみません。私です。すぐ直します」


キリカの声は小さく、でもはっきりしていた。


「大丈夫大丈夫。データは履歴から戻せるし、よくあることよ。ちひろ、大げさすぎ。大した進捗でもないでしょうに」


今度はすみれが、モニター越しに冷静にツッコミを入れる。「ひどいっ!」というちひろの声。


ヒロトは苦笑しながら、自席から軽く声をかける。


「まあ、誰でも一度はやるやつだな。俺なんか、同期のファイルを三日分くらい吹き飛ばしたぞ」


ちょっとした冗談に、ちひろが「え、まじ!? ヒロトさんそんなミスするんだ~!」と笑いを返す。


――だが。


「……別に、同じにしないでください」


その瞬間、キリカがヒロトを鋭く睨んだ。

一瞬、空気が止まる。


「……あ、悪い。責めてるわけじゃなくて……」


「…………すみません。気にしないでください」


キリカは小さく頭を下げ、再び画面に向き直る。

ヒロトは、しばらくその背中を見つめてから、短い息を吐く。

コーヒーの苦味が、今朝よりさらに強く感じた。



そんな様子を、少し離れたデスクから、このチームの最後の一員である【山崎しおり】が見ていて、ぽつりとつぶやく。


「……あの子、頑張ろうとしすぎて逆に空回ってるねぇ」


すみれは無言でうなずき、ちひろは口元に指を当てながら、少しだけ困ったように笑った。

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