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好きの手前と、さよならの向こう  作者: 茶ノ畑おーど
〇序章【始まりと予感】
5/79

1節~初めまして、よろしくお願いします。~ 5

ヒールの音を立てないように、静かに会議室を出る。

ドアが閉まる音が背後で響いた瞬間、キリカはそっと息を吐いた。


『……なんで、あんな言い方になるんだろ』


胸の奥に、わずかな自己嫌悪が残る。

ヒロトの前では、いつも自然にトゲのある返しになってしまう。


別に嫌っているわけじゃない。

それどころか、あんなふうに誰かが向き合ってくれたのは――久しぶりで。



前のチームでは、いつも浮いていた。


仕事は、ちゃんとこなした。

納期を守り、正確に処理し、上司にも褒められた。


けれど、同僚たちとの会話には上手く混ざれなかった。


「明坂さんって、すごいですね」

「いつも淡々としてるよね」


そんなふうに距離を取られ、最後には仕事だけの、面白味のない人という評価に落ち着いた。


もちろん、悪い人たちじゃなかった。

でも、自分のなかにある、プライドとか自尊心とか、下らない小さな棘のせいで、誰とも打ち解けることができなかった。


だからこそ、今回の異動は――正直なところ、ほんの少し、期待していた。


ヒロトたちのいるチームは、年齢も近い同性が多くて、雰囲気も柔らかい。

リーダーである塚原麻衣は最初から気さくに話しかけてくれたし、他の女性メンバーも賑やかだった。


『今回は、上手くやれたらいいな』


そう思っていた。

――思って準備していた、はずなのに。



「先輩がどう思おうと、私の進捗には関係ありませんから」


あの言い方はなかった。

わかってる。周りも驚いていた。

でも、どうしてだろう。その一言を止められなかった。


キリカは、彼のことを、最初「ちょっと口うるさそうな人だな」と思っていた。

でも、よく見ていると、誰にでも同じように接してるわけじゃない。

目立とうとしているわけでもない。

なんというか――静かに、ちゃんと相手を見ている。


自分が見られたくないところを、見透かされてる気がして。

だから、気を張った。

強気な言葉で、自分を守ろうとした。


でも、たぶん……バレてるんだろうな――

そんな確信めいた予感が、キリカの中にあった。


あの人は何も言わなかったけど、たぶん、わかっている。

そう思うと、悔しいような、恥ずかしいような気持ちになって、また自分で壁を作ってしまう悪循環。


――……もっと、ちゃんとしたい


誰かに嫌われたくない。

前のチームと同じにはなりたくない。

そんな思いが、焦りになって、言葉をきつくする。


それでも、もし誰かがその奥にある素直じゃない自分に気づいてくれるなら――

そのときは、ちゃんと笑えるかもしれない。

小さくでも、胸の奥でそう思っている。


休憩スペースの端で、麻衣が誰かと話しているのが見えた。

もう少し近づけば、その内容が聞こえたかもしれない。


けれどキリカは、ほんの数歩手前で足を止めて、踵を返した。

今はまだ、その輪の中に入る勇気が――ほんの少し、足りなかった。

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