1節~初めまして、よろしくお願いします。~ 5
ヒールの音を立てないように、静かに会議室を出る。
ドアが閉まる音が背後で響いた瞬間、キリカはそっと息を吐いた。
『……なんで、あんな言い方になるんだろ』
胸の奥に、わずかな自己嫌悪が残る。
ヒロトの前では、いつも自然にトゲのある返しになってしまう。
別に嫌っているわけじゃない。
それどころか、あんなふうに誰かが向き合ってくれたのは――久しぶりで。
◆
前のチームでは、いつも浮いていた。
仕事は、ちゃんとこなした。
納期を守り、正確に処理し、上司にも褒められた。
けれど、同僚たちとの会話には上手く混ざれなかった。
「明坂さんって、すごいですね」
「いつも淡々としてるよね」
そんなふうに距離を取られ、最後には仕事だけの、面白味のない人という評価に落ち着いた。
もちろん、悪い人たちじゃなかった。
でも、自分のなかにある、プライドとか自尊心とか、下らない小さな棘のせいで、誰とも打ち解けることができなかった。
だからこそ、今回の異動は――正直なところ、ほんの少し、期待していた。
ヒロトたちのいるチームは、年齢も近い同性が多くて、雰囲気も柔らかい。
リーダーである塚原麻衣は最初から気さくに話しかけてくれたし、他の女性メンバーも賑やかだった。
『今回は、上手くやれたらいいな』
そう思っていた。
――思って準備していた、はずなのに。
◆
「先輩がどう思おうと、私の進捗には関係ありませんから」
あの言い方はなかった。
わかってる。周りも驚いていた。
でも、どうしてだろう。その一言を止められなかった。
キリカは、彼のことを、最初「ちょっと口うるさそうな人だな」と思っていた。
でも、よく見ていると、誰にでも同じように接してるわけじゃない。
目立とうとしているわけでもない。
なんというか――静かに、ちゃんと相手を見ている。
自分が見られたくないところを、見透かされてる気がして。
だから、気を張った。
強気な言葉で、自分を守ろうとした。
でも、たぶん……バレてるんだろうな――
そんな確信めいた予感が、キリカの中にあった。
あの人は何も言わなかったけど、たぶん、わかっている。
そう思うと、悔しいような、恥ずかしいような気持ちになって、また自分で壁を作ってしまう悪循環。
――……もっと、ちゃんとしたい
誰かに嫌われたくない。
前のチームと同じにはなりたくない。
そんな思いが、焦りになって、言葉をきつくする。
それでも、もし誰かがその奥にある素直じゃない自分に気づいてくれるなら――
そのときは、ちゃんと笑えるかもしれない。
小さくでも、胸の奥でそう思っている。
休憩スペースの端で、麻衣が誰かと話しているのが見えた。
もう少し近づけば、その内容が聞こえたかもしれない。
けれどキリカは、ほんの数歩手前で足を止めて、踵を返した。
今はまだ、その輪の中に入る勇気が――ほんの少し、足りなかった。