1節~先輩~ 2
窓の隙間から差し込む光が、薄いカーテンを透けて、部屋の空気を白く染めていた。
それは穏やかな光だったが、キリカには、ただ無遠慮なものに思えた。眩しいと感じるほどの余裕は、今の自分にはなかった。
キリカはベッドの中で、毛布にくるまったまま天井を見つめていた。
朝のアラームが鳴り終わって、何時間が過ぎただろう。
スマホの通知は、気づけば数件。
しおりからのLINEには『大丈夫? 心配してます』とだけ書いてあった。
それを開いて既読をつけるだけで、指先のエネルギーをすべて使い切ったような気分になる。
「……休んじゃった」
かすれた声が、自分の部屋でやけに大きく響いた。
喉が乾いている。水を飲もうと、上半身を起こそうとした。
でも、体が動かない。
重いわけじゃない。だるいわけでもない。
ただ、世界に手を伸ばすこと自体が、恐ろしく億劫だった。
熱があるわけでも、風邪をひいたわけでもない。
ただ、気持ちが空回りしていた。
昨日まで「行こう」と思っていたのに、今朝になったらその気持ちは砂みたいに崩れ落ちていた。
気づけば、指が勝手に『お休みします』とだけ打ち込んでいた。
絵文字やスタンプをつける余裕なんて、最初からなかった。
——中町先輩は、気づいてるだろうか。
二次会のあとのこと。
先輩たちに助けられたのに、お礼ひとつ言えなかったこと。
誰にも話さなかった。話せるような言葉にならなかった。
……信じた自分が、ただ愚かに思えた。
そんな自嘲が、頭の中でぐるぐると回り続ける。
けれどすぐに、誰も責めていないという事実が、逆に胸を締め付けた。
しおりも、麻衣も、みんな優しくて、あたたかい。
その優しさが、刃のように突き刺さる。
怖かった。受け止めきれない。
それなのに、そんな優しさから目を逸らしてしまう自分こそが、いちばん情けなくて、いちばん嫌いで……いちばん、愚かだった。
ヒロトのせいじゃない。
……そう分かってはいる。
分かっているのに、心は違う顔をする。
思い出すのは、あの夜。
差し伸べられた手に、ほんの一瞬――自分だけへのぬくもりを感じてしまった。
あれは、特別だと信じたくなった。
期待したくなった。
自分でも笑えるくらい、安堵してしまった。
その小さな錯覚が、今になって針のように胸を刺す。
——違う。
彼は、きっと誰にでもそうするだろう。
麻衣でも、しおりでも、他の誰かでも。
困っていれば、あの人はあの顔で、あの声で、淡々と助ける。
きっと、それが、あの人の本質だ。
わかってしまった途端、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
「……バカみたい」
喉の奥で笑おうとしたが、吐き出された声は、涙に濡れたみたいに掠れていた。
こんなふうに休んだって、何も解決しない。
分かってる。
分かってるのに。
——明日は、行かなきゃ。
その言葉が呪いのように、キリカの胸に重くのしかかった。
逃げたかった。けど、逃げ続けることもできない。
毛布をかぶり直して、目を閉じた。
もう一度だけ、眠れたら。
目が覚めたとき、何かが変わっていてくれたら。
そんな子どもみたいな願いを、心の中でそっと抱いた。




