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好きの手前と、さよならの向こう  作者: 茶ノ畑おーど
〇1章【すれちがいと夜】
39/124

1節~先輩~ 2

窓の隙間から差し込む光が、薄いカーテンを透けて、部屋の空気を白く染めていた。

それは穏やかな光だったが、キリカには、ただ無遠慮なものに思えた。眩しいと感じるほどの余裕は、今の自分にはなかった。


キリカはベッドの中で、毛布にくるまったまま天井を見つめていた。


朝のアラームが鳴り終わって、何時間が過ぎただろう。

スマホの通知は、気づけば数件。

しおりからのLINEには『大丈夫? 心配してます』とだけ書いてあった。

それを開いて既読をつけるだけで、指先のエネルギーをすべて使い切ったような気分になる。


「……休んじゃった」


かすれた声が、自分の部屋でやけに大きく響いた。

喉が乾いている。水を飲もうと、上半身を起こそうとした。

でも、体が動かない。


重いわけじゃない。だるいわけでもない。

ただ、世界に手を伸ばすこと自体が、恐ろしく億劫だった。


熱があるわけでも、風邪をひいたわけでもない。

ただ、気持ちが空回りしていた。


昨日まで「行こう」と思っていたのに、今朝になったらその気持ちは砂みたいに崩れ落ちていた。

気づけば、指が勝手に『お休みします』とだけ打ち込んでいた。

絵文字やスタンプをつける余裕なんて、最初からなかった。


——中町先輩は、気づいてるだろうか。


二次会のあとのこと。

先輩たちに助けられたのに、お礼ひとつ言えなかったこと。

誰にも話さなかった。話せるような言葉にならなかった。


……信じた自分が、ただ愚かに思えた。

そんな自嘲が、頭の中でぐるぐると回り続ける。


けれどすぐに、誰も責めていないという事実が、逆に胸を締め付けた。

しおりも、麻衣も、みんな優しくて、あたたかい。


その優しさが、刃のように突き刺さる。

怖かった。受け止めきれない。


それなのに、そんな優しさから目を逸らしてしまう自分こそが、いちばん情けなくて、いちばん嫌いで……いちばん、愚かだった。


ヒロトのせいじゃない。

……そう分かってはいる。

分かっているのに、心は違う顔をする。


思い出すのは、あの夜。

差し伸べられた手に、ほんの一瞬――自分だけへのぬくもりを感じてしまった。


あれは、特別だと信じたくなった。

期待したくなった。


自分でも笑えるくらい、安堵してしまった。

その小さな錯覚が、今になって針のように胸を刺す。


——違う。


彼は、きっと誰にでもそうするだろう。

麻衣でも、しおりでも、他の誰かでも。

困っていれば、あの人はあの顔で、あの声で、淡々と助ける。

きっと、それが、あの人の本質だ。


わかってしまった途端、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。


「……バカみたい」


喉の奥で笑おうとしたが、吐き出された声は、涙に濡れたみたいに掠れていた。



こんなふうに休んだって、何も解決しない。

分かってる。

分かってるのに。


——明日は、行かなきゃ。


その言葉が呪いのように、キリカの胸に重くのしかかった。

逃げたかった。けど、逃げ続けることもできない。


毛布をかぶり直して、目を閉じた。

もう一度だけ、眠れたら。

目が覚めたとき、何かが変わっていてくれたら。


そんな子どもみたいな願いを、心の中でそっと抱いた。

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