表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
好きの手前と、さよならの向こう  作者: 茶ノ畑おーど
〇序章【始まりと予感】
30/108

2節~ほんの数秒のためらいに~ 15

飲み会が始まってだいぶ時間が経過したが、ヒロトたちの席は、いまだに盛り上がりの最中だった。


「いやいや、俺の学祭の女装はマジで伝説だったんだって!」


「はいはい、分かりました。次はどんな嘘を重ねるんですか? 後夜祭のバンド演奏とか?」


「ちょっ、しおりさん!? 今のは嘘じゃなくて、ちょっとした記憶の歪み……!」


「その言い訳をしてる時点で嘘でしかない……」


「お前の過去の武勇伝、全部実行委員が止めに入ったで終わるんだよな」


「……佐久間さん、地味にトドメ刺すのやめてもらっていいですかね」


笑いが連鎖し、グラスの氷がカランと響く。


そんな中、ヒロトの手元のスマホが、小さく震えた。

ちらと画面を見て、彼はすっと眉を動かすと、さりげなくスマホを持ち直す。


他人には見えないよう、角度をずらして画面を隠しながら、指を走らせた。


キリカは、なんとなくその様子を目で追ってしまっていた。


誰からだろう、なんの用だろう。

そんな好奇心よりも――もっと小さな、でも確かな感情が胸に引っかかっていた。


ヒロトはふと、その視線に気づいて顔を上げた。


「ああ、悪い。定期連絡みたいなもんだ」


ごまかすように笑うその声に、キリカは慌てて首を振る。


「い、いえ! 私こそ……ジロジロ見て……すみません……」


ぺこりと頭を下げる。

少し熱を持った頬が、グラスの照り返しに照らされていた。


ほんの数秒、ふたりの間に言葉が止まった。

周囲の喧騒が遠くに霞んで、そこだけ小さな静けさが生まれる。


ヒロトは、キリカが無言でこちらを見ているのを感じた。

何を考えているのかは分からない。だが、その視線の奥に、かすかな揺れのようなものを感じた。


けれど、それが続く間もなく――


「おい! 恋バナか!? 恋バナなのか!?」


倉本が唐突に身を乗り出してきた。


「なのか!? なのか!?」


ちひろも、目をキラキラさせて手を叩いて騒ぎ始める。


「おいおい、黙ってたけど、今そういう空気だったよなぁ!?」


「倉本さん、うるさい」


しおりが冷静に指を立てて止めに入る。


「まってくれ! 怒られるのは中町のほうだろ!? 浮気はダメだぞ、相棒」


「……誰が相棒だ」


ヒロトは肩をすくめながら笑った。


「ほんと、バカばっかだな……」


ヒロトが苦笑する。


「……ふふ」


キリカの笑みは、小さいけれど、さっきより自然だった。



少しだけ、視線を落として――キリカが言った。


「……彼女さん、いるんですね」


「ん?」


一拍置いて、ヒロトは頷く。


「あー……まぁ、一応な」


「あ、そ、そうなんですね……」


言いながら、グラスの氷が舌の上で冷たく転がる。


ほんの少しだけ、胸の奥がきゅうっとなった気がした。

でも、その感情を自分でもまだ言葉にできるほど整理できていなかった。


そのやり取りを聞いていた麻衣が、隣で「やれやれ」とため息をついた。


「言い方が卑怯なのよ、中町くん……」


「うっせ」


再び笑い声が弾け、今度は「じゃあ彼女さんってどんな人!?」とちひろが本格的に恋バナモードに入ろうとして――


すみれに即座に口を押えられた。


「はい。あんたの恋バナ好きは分かったから」


「ふごぉ……」


くぐもった声でちひろが悔しがる。


ヒロトとキリカは、そんな一連のやり取りを見ながら、自然と、また笑い合った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ