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好きの手前と、さよならの向こう  作者: 茶ノ畑おーど
〇序章【始まりと予感】
29/108

2節~ほんの数秒のためらいに~ 14

「じゃ、明坂ちゃんも合流したことだし――」


倉本が、いつになく張り切った声でグラスを掲げる。


「改めて乾杯いっときましょーかー!」


「はーい、倉本さん、音頭はちゃんとね~」


ちひろがにやにや笑いながら突っ込む。


「音頭っ……任せろ!」


「仕事はロクに任せられないのにな…」


佐久間が小声で突っ込み、すみれがコクンと頷く。


「ほんとですよ、リーダー適性ゼロですよ、倉本さん」


「えっ……今日は俺を貶す会なの?」


「今気づいたの?」


しおりまで笑いながら乗っかってきて、テーブルにはまたしても笑いが弾けた。



「じゃあ、改めて――プロジェクトの成功と、明坂ちゃんの加入を祝って、乾杯!」


「かんぱーい!!」


グラスが重なり、乾いた音が弾ける。


その音の中に、キリカはそっとグラスを差し出していた。

視線の端に、ヒロトと麻衣が何かを言い合っている姿が見える。


仕事の話かと思えば、ただのどうでもいい雑談だったようで、ふたりとも声を殺して笑っていた。


まるで親しい友人のようなやりとり。


佐久間の低い声がテーブルの空気を支え、すみれの皮肉が軽いスパイスのように効いてくる。

その隙間を、ちひろとしおりの明るい笑い声が埋めていく。


……不思議だ。

この空気は、どうしてこんなに温かいのだろう。

笑うことすら、こんなに心地いいものだったろうか。

楽しい。――心の底から楽しいと思えてしまう自分に、驚いた。



……私も、ここにいていいのかな?

そんなふうに思えたのは、今、この瞬間が初めてだったかもしれない。


「そういえば明坂ちゃんはさー」


ちひろの声に、キリカの背筋が反射的にぴんと伸びた。


一瞬、あの井口たちのやりとりが脳裏に蘇る。

けれど――


「倉本さんが次仕事でミスしたら、どんな罰ゲームがいいと思う?」


「へっ?」


思わず間の抜けた声が漏れた。


「ちょ、ちょっと待って!? ミスすんの前提!? 罰ゲームも初耳なんだけど!?」


倉本が椅子を少し揺らしながらオーバーに反応し、テーブルには再び笑いが広がった。


「俺は、社員全員のキーボード掃除がいいな」


と、ヒロトがあっさり言う。


「なるほど。そりゃ社員全員から感謝されるし名案だな」


佐久間がグラスをくるくると回しながら、冷静に続ける。


「高森さんをさりげな〜く、名前で呼び捨てで呼んでみるとかは?」


すみれが言う高森とは、佐久間チームの紅一点の女子社員の名だった。


「えっ、それ業務に支障出ない!? 俺クビになるやつじゃん!?」


大げさにうなだれる倉本。


「高森さんは……確かに冗談じゃ済まなそうだよねぇ」

と、しおりが困ったように笑う。


そして、皆の視線が――自然に、キリカへと向いた。


「明坂ちゃんは?」


「え、私……?」


まさか、自分にも順番が来るとは思わなかった。


でも、逃げたくない。

この輪の中に、ちゃんと入っていたいと、必死に頭を回す。


「えっと……倉本さんには、次にミスしたら、えーと、毎朝玄関前で全社員に一発ギャグ……一ヶ月分……?」


「ちょっ……明坂ちゃんが一番鬼畜じゃん!! 俺のこと嫌いなの!?」


「えっ! そうですかね……? す、すみません……!」


オーバーに胸を押さえて倒れ込む倉本と、それを見て吹き出す一同。


「やるねぇ、明坂ちゃん」


すみれが、口元にだけ笑みを浮かべてニヤリとする。


「一発ギャグとは、まさかの攻め手だったね〜!」


「可愛い顔して意外と毒舌〜!? あはは、いいねいいね!」


「あ、いや、そういうつもりじゃ……」


笑いながら答えるキリカの表情は、どこかまだぎこちなさが残っていたけれど――


それでも、初めてこのチームで自然な笑顔を見せた瞬間だった。


その横顔を、ヒロトはふと見つめた。

いつもより少し柔らかく、でも少しだけ誇らしげに。


彼女が、自分の足で輪の中に歩いてきたことが、何よりも嬉しくて。


キリカの笑い声が、他の笑い声と混ざり合って、店内に、彼女にとっての新しい居場所が生まれていた。

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