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好きの手前と、さよならの向こう  作者: 茶ノ畑おーど
〇序章【始まりと予感】
21/107

2節~ほんの数秒のためらいに~ 6

「すみませんでしたー!!」


遠くのテーブルから、妙に通る倉本の声が響いた。

店内のざわめきの中でも、それだけははっきりと聞こえた。


「……また倉本がバカやってるよ」


隣にいた女子社員のひとりが笑いながらつぶやく。


「ほんとあの人、変わらないよね〜」


「同期の中でも、あれは異端だと思う」


笑い合うその輪の中で、キリカはグラスの水を指でなぞっていた。

……楽しそうだな、先輩たち。そんなことを心のどこかで思いながら。


視線の先――少し離れたテーブルでは、

ヒロト、麻衣、先輩の女子たちが談笑しているのがちらりと見えた。


あの輪の中に自分がいたら、ヒロトの隣で、どんな顔をしていたのだろう。

そんなことを考えた自分を、すぐに打ち消す。


自分で決めたことなのだから、とより一層の意地を張る。


「なになに〜? ちょっと明坂ちゃん、笑ってた?」


井口が身を乗り出してくる。


「……いえ。倉本先輩が声大きかったので、つい」


「おお、反応してくれた! レアだね!」


「いやいや、最近だとけっこう明坂ちゃん喋ってくれるよね」


「うん、なんかチームの頃より柔らかくなった感じ」


前のチームで一緒だった女子たちが、口々にそう言ってくれる。

その言葉に、キリカは小さく笑ってみせる。


……優しいな、と感じた。

だからこそ、前のチームで上手く話せなかったことに、どこか申し訳ない気持ちになった。


「ていうか明坂ちゃん、今のチームどう? 先輩たち、怖くない?」


「えっ、誰のこと言ってんの? まさか中町さん?」


「ちょっと無口なときあるけど、基本優しいよね〜、あの人」


「むしろ女子たちが強すぎて大変そうだけど」


そんな話題が飛び交う中、キリカは笑顔を貼りつけながら相槌を打っていた。


優しい、という彼への評価を心の中で反芻する。


たしかに、そうだと思う。


麻衣も、ちひろも、しおりも、すみれも。

それにヒロトも、自分を遠ざけようとしたことは一度もなかった。


――なのに。

与えられた優しさに、後ろ足で泥をかけて逃げ出したのは誰だ。


笑い声が響く中、グラスの中身はいつの間にか半分になっていた。

誰かが頼んだポテトの皿が回ってきて、ふと手を伸ばす。


「明坂ちゃん、なんか追加で頼む?」


「あ、いえ、大丈夫です」


そう……大丈夫、のはずだった。



楽しそうなはずなのに。


笑っているはずなのに。


キリカの耳には、なぜか別のテーブルの声ばかりが響いてくるような気がしていた。


ヒロトが笑っていた。

ちひろが何かツッコミを入れて、すみれがそれをなだめるように話していた。


何でこんなにも気になるのか、自分でもよく分からなかった。


目の前にいるはずの居心地のいい人たちよりも、あのテーブルの声が、遠くて、近い。

グラスを持つ手に、ほんの少しだけ力が入った。


でも今は、まだ笑えている。


今は――まだ、大丈夫。


ただ、その余白が少しずつ削られていく気配を、キリカ自身も、うすうす感じていた。

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