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好きの手前と、さよならの向こう  作者: 茶ノ畑おーど
〇序章【始まりと予感】
20/107

2節~ほんの数秒のためらいに~ 5

「はいはい! 振ったとか振られたとか、飲み会で湿っぽい空気は厳禁!!」


場が落ち着きかけたその瞬間、倉本が立ち上がる勢いで声を上げた。


「ほら、中町! お前が悪い! 罰として飲め!」


「ふざけんな、お前が飲め」


「はい! 飲みます! すみませんでした!!」


威勢よく宣言すると、倉本は一気にグラスの中身を煽る。

喉を鳴らして飲み干す姿に、周囲からはどっと笑いが起きた。


「……なんだそのノリ」


「いやほんと、体育会系?」


「いやぁ、どっちかっていうと自爆系? でもちょっと笑っちゃったでしょ?」


ちひろが呆れながらも笑い、すみれは「空気読むのだけは得意だよね」と肩をすくめた。


「読んでるっていうか、濁してるっていうか……かき乱してるっていうか」


しおりの辛辣なひと言に、再び笑い声がテーブルを包む。

ほんの少しだけ沈みかけていた空気が、いつの間にか明るく戻っていた。



「そういえば、進捗の件さ」


テーブルのテンションが落ち着いてきたころ。

その隙間を縫うように、ヒロトと麻衣の対面に座る佐久間が、ふと真面目なトーンに戻る。


「来週の提案、どこまで進んでるんだっけ?」


「構成は固まってます。ビジュアル案があと一段階必要ですかね」


ヒロトが答えると、しおりが記憶をたどるようにして確認する。


「……たしかに。プレゼン映えする構成にしたいなら、もう一手あると安心かもですね」


「ほ~ん。俺がやろうか? 中町の代わりに最終デザイン設計!」


「やめとけ。クライアントが絶対に不安になる」


「え〜!? 俺の『ゆるフワ地球くん』がダメだって言うんですか!?」


「当たり前だろ、商品が水処理システムなんだぞ」


「いやいや、水と地球って親和性高くない!?」


「倉本さんが言うと説得力ないです」


と、ちひろが吹き出す。


「でもまあ、真面目にやるなら、イラスト案もちゃんと詰めたいね」


すみれが落ち着いた声で続けると、麻衣がうんうんと頷いた。


「そのへんは後で調整するとして……あ、そうだ」


麻衣がヒロトのほうを向いて、少しだけ真面目な声になる。


「企画書、明坂ちゃんに任せていい? 本人もやる気だったし、勉強させたくて」


ヒロトは一瞬だけ眉を上げた。


「……量、多くないか?」


「まあね。量自体はあるけど、内容的には明坂ちゃんなら大丈夫かなと思って」


「そうか……」


手元のグラスをくるりと回しながら、ヒロトは少しだけ考える素振りを見せた。


けれど、その目にはすでに答えがあるようにも見える。


「ああ、いいんじゃないか? 今回のクライアントは馴染みのとこだし、よっぽどのことがなきゃ平気だろ」


「うん、そう思ってた。じゃあ、よっぽどのときは、助けてあげてね。……先輩?」


「……あいつが素直に頼ってきたらな」


麻衣が「ふふっ」と笑う。

ヒロトも、それに小さく笑い返す。


「おっ、中町! いまちょっといい空気出たよ!? このまま恋バナ展開いくか!?」


「いかねぇよ。飲んどけ」


「はーい! 飲みまーす! おかわりお願いしまーす!!」


すぐさま店員を呼び始める倉本に、今度は佐久間までが「調子いいな、こいつ」と笑って肩をすくめた。


にぎやかな笑い声のなか、ヒロトは再び、テーブルの奥――

あの空いている席に、最後のチームメンバーが座っている光景を想像した。


今は、別のテーブルで笑っているその子が、同じ輪にいてくれる日が来るのかどうか。


「……まあ、素直になってくれたらな」


口に出さず、もう一度だけ心のなかで繰り返した。


その夜の飲み会は、まだ始まったばかりだった。

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