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好きの手前と、さよならの向こう  作者: 茶ノ畑おーど
〇序章【始まりと予感】
2/66

1節~初めまして、よろしくお願いします。~ 2

「じゃあ、新しく配属された子、紹介するね」


朝会の終わり際、塚原麻衣の声がオフィスに響く。

ヒロトはモニターから視線を上げ、前に立った人影を見た。


黒髪を高く束ねた小柄な女性。

その目は、まっすぐに前を見ているのに、どこか遠くを見ているようだった。


「明坂キリカです。今週から、こちらのチームに配属になりました。よろしくお願いします」


それだけ言って、彼女は小さく一礼をする。

そしてそのまま新しく用意された、ヒロトの隣の席に腰を下ろした。


笑顔もなければ、付け足す言葉もない。


会議室に、わずかな間が落ちた。

――あれ?


誰もが言葉にしなかったその一瞬の違和感を、ヒロトは少し遅れて理解した。

空気が止まりかけたのを感じて、とっさに歓迎の拍手を送る。


「じゃあ、明坂ちゃんをよろしくね」


困ったように笑う、麻衣の自然な声色と拍手。

それに釣られるように、他のメンバーも「よろしくね!」と言葉と自己紹介を重ねていく。


彼女は、その間もずっと無表情のまま席に座っていた。

かけられる声と、情報に、小さく会釈をするだけだ。

――だが、その膝の上で揃えられた指先が、ほんのわずかに動いたのを、ヒロトは見逃さなかった。


……緊張してるだけ、か?

それだけの感想だった。


だけどそのとき、彼女の名前が、頭の中に奇妙なほど残ったのは――なぜだったのだろう。

もちろん、ヒロトにそんな違和感の正体がわかるはずもない。



昼下がり。

プロジェクトの進捗確認を兼ねて、ヒロトはチームメンバーのデスクを順にまわっていた。


最後に、明坂の席の前で足が止まる。

彼女は集中した様子で、真剣な表情でモニターを見つめていた。


少し迷ってから、声をかける。


「明坂、いまちょっといい?」


彼女はピクリと肩を動かし、怪訝な様子でヒロトを見上げる。

その表情には、驚きでも緊張でもない――淡々とした、野生動物が発する警戒心のようなものが滲んでいた。


「……はい。なんでしょうか」


「進捗、確認したくて。午前中のレビューのあとで何か進んだ?」


「レビューのあとに、特別な進展はありません。資料通りです。読んでいただければ分かることだと思いますけど」


斜向かいのデスクから「わぁお」と、小さな声が漏れ聞こえてきた。

ヒロトは思わず苦笑する。

それは一見、生意気で、人によっては反感を覚えるような態度だったが――


「……俺、なんか嫌われてる?」


ぽつりと、冗談混じりに問いかけてみる。

彼女は数秒だけ目を伏せてから、顔を上げた。


「別に。先輩がどう思おうと、私の進捗には関係ありませんから」


そう言って、再び視線をディスプレイに戻す。

その態度にムッとするほどの圧はない。むしろ、壁を作っているような慎重さだった。


ヒロトは、小さく息を吐いて、「じゃあ……なにか問題あったら共有だけ、頼むな」と返して席を離れた。

キリカの小さな頭がほんの少しだけ縦に揺れる。


誰がどう見ても、チームに馴染めない新人に気を遣った先輩社員が撃退されただけの時間。

けれど、ヒロトの中で、彼女の声色や眼差しが、妙に記憶に引っかかっていた。


理由は、まだわからない。

でも――この小さな違和感は、たしかに今朝までの彼にはなかったものだ。



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